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42話 伝承と覚悟

 朝の出来事にもやもやとしている俺の心とは裏腹に旅程はベテラン揃いの男たちのお陰で順調に進んでいた。

 倒木があれば手際よく片付け、道に穴があれば迅速に埋め立て、熊の気配を感じれば数人で森に飛び込み追い払う。


 そうして気付けば峠手前の中越駅逓所まで迫っていた。

 蕎麦を打ったり、北口さんに出会ったりして半月も経ってないのに、あれから色々あり過ぎてもはや懐かしさすら感じる。


「なぁ、ジェーン。昨日まで一緒に飲んでた奴が、大きくて白いオオカミに化けたって言ったら信じるか?」


 自分でも馬鹿なことを言っていると自覚はしていたが、聞かずにはいられなかった。

 ジェーンはちょっと考えると、手を叩いて思い出したように口を開いた。


「そういえばインディアンの友達から聞いたことがあるわ、自分の中のオオカミの話」


「え、もしかして化けたりするのか」


 インディアンにもそんな伝承があるのか。

 というかジェーン、お前交友関係広いな。


「違うわよ、自分の中の良いオオカミと悪いオオカミのどっちに餌を与えるかって話。ワーウルフじゃあるまいし月の夜に化けたりしないわよ」


 ふーむ、自分の心の育てかたの話ね。

 思っていたのとは違ったけど、いい考え方だな。

 でも良いオオカミに餌を与えてるつもりでも悪いオオカミが勝手に食っちまってる時があるから、人間儘ならないんだがね。


「でもそうかぁ、そうだよなぁ、人は狼に化けないよな」


 だが、実際にこの目で見てしまったものは仕方ないし、自分を騙せない。

 これは俺の心にだけ留めておくことにしよう、他の人に言ったらおかしくなったと思われるだけだ。


「それならジェーンはどっちのオオカミに餌をやってるんだ?」


 ちょっと気になって聞いてみた。


「もちろん、良いオオカミにだけ餌を与えてるわ。あたりまえ……なによ、その顔」


 胸を張って自信満々に答えるジェーンを見て、コヨーテをオオカミと間違えて餌をやってそうだなと思っただけだ。

 気にしないでほしい。


 ジェーンとインディアンの伝承やガンマンのゲン担ぎなんかを話しながら歩き、小さく中越駅逓所が見え始めた頃、遠くからでも門の周りに人だかりができているのが確認できた。


「ん? あんなところに集まって何してんだ?」


 出店でも無かろうに、車の事故現場の野次馬みたいに何か嫌な雰囲気だな。


「ちょっと先に行って見てくるわ」


 彼女も何かを感じたのか、乗っていた道産子の横腹を蹴って駆け出して行った。


 ◇


 俺たちの一団がもう少しで到着する所までくると、先に聞きまわっていたジェーンが戻ってきた。


「シュウ! タマ(玉蔵)の村から来た人がここに助けを求めに来てるって!」


「なに!? 何があったんだ、その人には会えるか?」


 案内され、人だかりをかき分けるとそこには弱々しく門柱に寄り掛かる女性がいた。

 足は痛々しく泥と血で汚れており、腕や手は枝に擦れたように赤く線のような傷がついていた。

 履くものも履かず森の中を必死に突っ切ってきたような有様だ。


「姉さん、水だ。あと、これも飲んでくれ」


 俺は水筒に入れた水と常備薬の鎮痛剤を渡し、飲ませた。

 抗生物質は入ってないが傷の痛みを和らげるくらいにはなるだろう。


「話すのも億劫だろう、でも済まないが話を聞きたいんだ。俺が言うことが合ってれば頷いて、間違ってたら首を振ってくれ。俺は玉蔵の師匠なんだが姉さんは玉蔵の村から来たって本当かい?」


 女は水筒を握りしめたまま頷いた。


「火事とか地すべりが起きたのか?」


 苦し気に首を振る。


「じゃあ、人か?」


 頷き、そのままふっと意識を失った。

 倒れこみそうになるのを慌てて支える。


「宿舎で介抱致しましょう、私が身も清めますね。皆さん手伝ってください!」


 横で話を聞いていた凜さんの言葉に男衆が戸板を外して女性を載せる。


「ここは私に任せてくださいまし」


 そういうと凜さんは倒れた女と共に宿舎に入っていった。


「坂井さん、これはもしかして」


「ああ、あんな寒村に押し込み強盗は考えられん。誰かが俺たちと同じ目的で村に向かっていると考えて間違いないだろう。でもどうやって知ったんだ」


 遠藤さんは一緒に来た職人たちの誰かが漏らしたと考えたのか、彼らを恐ろしい顔で睨みつけていた。だが、今更犯人捜しをしても仕方ない。

 ひとまず荒事に慣れていそうな人を連れて村に向かうのが先決だ。


 俺と共に村へ向かう人たちを選抜していると、遠藤さんが荷馬車の中から取り出した鞄を俺に渡してきた。


「坂井さん、念のためにこれをお渡ししておきます。使い方はあなたならわかるでしょう」


 開けるとそこには午後の日の光を鈍く反射させる拳銃が二丁収まっていた。

 使い方って言っても、遠藤さんとの酒の席で少し触っただけだぞ、マジかよ。


「陣頭指揮は私が取ります。この分だと村に見張りが立っていることが予想されます。人死にも出ているかもしれません」


 この明治で人死にという言葉は俺の脳髄につららが刺さったような悍ましさや寒さを与えた。

 そうだ、この時代は人の死があまりにも近いのだ。

 だからか、死という言葉の重みが令和の時代とは違い過ぎて目の前がクラクラと揺れた。

 だが、脳裏に先ほどの傷ついた女の姿が浮かぶ。


 その瞬間、歯を食いしばり地面を強く踏み込んだ。


 ……いや、しっかりしろ。

 そもそもの原因が俺なら、自分で責任を取るのが筋だ。


「行こう、遠藤さん」


 右手に鞄のしっかりとした重さを感じながら、門を飛び出し険しい山道を登り始めた。

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