41話 昔話と白狼
この明治という時代は令和と違って馬車はあっても自動車がない、汽車だって走り始めたばかりで人々が一日に歩く距離は現代と比べると桁違いだ。
だからだろうか、健康診断で注意されていたポッコリお腹も引き締まった気がするし、毎日目覚めも爽やかだ。
……だから、俺が塩っけの強いおつまみを作ってしまうのも仕方がない。
頭に浮かぶ、かかりつけ医にそう言い訳をしながら甘じょっぱい豆を口に放り込んだ。うまい。
「じゃあ、飯の銭代わりに話をするぞ、んん、ごほん」
喉の調子を整えたアイヌの恰好をしたセタが立ち上がり周りを見渡した。
酒が入ると、やんややんやと騒ぎ立てる男どもはいつの時代でも変わらない。
「昔々、とある村でな、マタギの男が山で月から来たって女を拾ったんだ。その女は今まで見たことがないほど、それはもう別嬪でな。世話するうちにお互い惹かれあって恋仲になって一緒になったんだ」
ほうほう、月からとな。
ロマンチックじゃん、昔話って結構月の人が出てくるんだよな。
「だが、男が甘やかし過ぎたのか女は働きもせず、飯食って寝て屁をするだけで男のことも禿げ頭となじる始末だ、言っとくが丁髷は禿げじゃない」
セタはぼさぼさの白髪頭を撫ぜた。
周りから、そんな女追いだしちまえ! と声が上がる。
「追い出せるなら追い出してたさ、だがその女は不思議な力で男をコテンパンにできるもんで、ほとほと困った男はその地に封じられていたウェンカムイに自分の魂をやるから、どうにかしてくれと頼み込んでしまった」
頼むから帰ってくれ、かぐや姫。って感じか?
魂を渡すとか、どんだけ追い詰められてたんだよ。
「ウェンカムイは耳長お化けやら幽霊やらを女にけしかけたが、寝っ屁をしただけで追い払っちまう。しびれを切らしたウェンカムイが自ら乗り込んだが真っ青な顔をして、家から飛び出てきて男に言った。「あれは俺の手に負えない、なぜならあれは俺の姉だ」と」
昔話ってなにかと女房が屁をする話が多い気がするなぁ。
神も姉には勝てないのか、遠藤さんは妹にも勝てなさそうだが。
そう思って遠藤さんを見るとなぜか睨まれた。
「男は絶望したが同時に奮い立った、ウェンカムイから女が乗ってきたという石の船がヌタプカムウシュペにあると聞いたからだ。それを持って帰れば女房を月に送り返せると思った男は半年かけて山に挑み、数多の試練を潜り抜け、仲間のホロケウカムイと共にとうとう石の船を見つけ出し持ち帰った」
奮起しすぎだろ、そいつ。
大冒険して仲間が増えてるし、なにしてんだ。
「半年ぶりに自分の家に帰ったら、女房が怒って男に食ってかかった。そこで持って帰ってきた石の船に女房を押し込めようとしたら、逆に男が石の船に押し込められてしまった、ついでとばかりに仲間のホロケウカムイまで投げ込まれてしまった」
強すぎだろ、女房。
ついでで神様を投げるな。
酒を飲んでた男どもも、情けねぇと笑ってる。
「次の瞬間、光に包まれ男が目を開けると、一緒にいたはずのホロケウカムイがどこにもいない。ぼんやりとしか見えない目で辺りを探していると、不意に体の中から遠吠えが聞こえてきた。どうやら自分の中にホロケウカムイを宿してしまったようだ。目も慣れてきて辺りを見回せば、どこかの廃墟に立っていることに驚いた。そこでちょうど通りかかった旅人に聞けば、ここは百年前に滅びた男の集落だというではないか」
合体事故かよ、まぁ蝿じゃないだけマシか。
お前も俺と同じタイムスリップか、親近感が半端ねぇ。
神が宿るとかチートは無かったがな。
「男は高々に腕を上げて叫んだ。「これで自由になったのだ!」と」
喜びすぎだろ。
どこぞの日本のロック歌手みたいなこと言いやがって。
「だが、後ろから自分の名前を優しく呼ぶ声が聞こえてきた。恐る恐る振り向いた男の悲鳴がヌタプカムウシュペに響き渡ったとさ」
滑稽話かと思ったら急にホラーじゃん。
女房やっぱり神様か悪魔か何かやんけ。
俺の豆を横から手を伸ばして勝手に食ってる大工の棟梁が口を開く。
「その後はどうなったんだ、そいつは女房から逃げられたのか?」
まぁ気になるわな。
皆がじっと見つめるとセタがきょとんとした表情を浮かべて口を開いた。
「いや、逃げられるわけないだろ、今日も家で寝て屁こいてるよ。きっと俺がこんな美味い物食べたと知ったら折檻されるな」
その言葉を聞いて皆から笑いと口々に「お前のことかよ!」とか「惚気話かよ!」と突っ込みが入った。
セタが男たちに囲まれて酒を注がれるのを見て、俺も笑ってしまった。
なるほど、上手いな。こういう風に聞かれるのが前提な話だったんだな……やけに感情籠ってたのが気になるけど。
◇
冷えびえとした早朝、囲炉裏を囲み雑魚寝していた男たちがもぞもぞと動き出す。
井戸から水を汲み、顔を洗っているといつの間にかセタが横に立っていた。
「明けの明星が良く見える、今日は良い天気になりそうだ。昨日は楽しかったな、おかげで飯も酒も美味かったよ」
「おはよう、こちらこそ楽しい話が聞けて良かったよ。皆も喜んでたしな」
「それは重畳重畳、こんなお土産まで貰ってしまったしな」
朴葉で包んだ昨日の残りを俺に見せた。
「温めてから食べてくれ、蕎麦の皮は自分で焼いた方が美味いから作って女房にも食わせてやってくれ」
「そうだな、俺だけで食ったら大目玉だ。ああ、そうだ」
セタが俺を見て、にやりと笑うと「この時代も案外暮らしてみればいいものだぞ、じゃあまたな」と言い残し、その姿を白い毛を持った巨大な狼に変え森に消えていった。
「えええ!?」
朝日が昇り、同じく顔を洗いに来たジェーンに声を掛けられるまでずっとセタが消えた森を見て立ち尽くしていた。




