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40話 アイヌと秋の夜長

 予定していた道のりを順調に進み、夕暮れ時には第十一号駅逓所(愛別駅逓所)に到着できた。

 駅逓に到着しても各々が白い息を吐きながら馬の世話や荷下ろし、炊事と慌ただしく動き回っている。


 管理者である取扱人に報告を入れようと思い、宿舎に向かうと見慣れない格好の先客が縁側で胡坐をかき、呑気に煙管をふかしていた。

 独特の文様が刺繍された服を着て、耳には輪っかのような耳飾りに長い髭を生やした男はこちらに気付くとニコリと微笑んだ。


 ここまで昔ながらのアイヌの格好をしてる人を見るのは実は初めてな気がする。旭川でもアイヌと思しき人たちは見かけたが、髭を剃って着物だったり洋服だったり外套をつけてたしな。


「おお、こんちは。随分と大所帯だね。兄さんたち旭川から来たのかい」


「こんにちは。ええ、そうです。良くわかりましたね」


「ああ、あんたがたの靴やズボンがまだそんなに汚れていないし、北見にゃあんな立派な輓馬はいないからな。どこに行くんだい」


 なるほど、おっさん良く見てるな。

 髭のせいで年齢がよくわからないけど。


「北見の方です、雪が降る前に屋敷を作るための木材が必要になってね」


 という、建前は事前に遠藤さんと打ち合わせておいた。

 まさかハイエースを引き上げに行きますとは言えないからな。

 もちろん連れてきた職人たちにも口裏合わせを徹底して守らせている、その分口止め料は弾んだらしい。


「へぇ、そりゃ難儀な。そういや昨日ここにいた奴らも同じような輓馬連れてたな、あんたらの仲間かい」


「昨日?」


「ああ、挨拶も返さないような気の悪い奴らだったが、なにやら急いでいるように見えたな」


 俺たちの他に輓馬を引き連れて峠越えか、俺たちと違って本当に木材を取りに行く人たちかもしれないな。


「そうなのか、でもその人たちは俺の仲間じゃないよ。あ、そうだ俺は坂井って言います、お近づきの印にどうぞ」


「おお、すまんね。俺はここら辺でマタギをしているセタだ、和名は瀬田だがね。これはカムイチェプ()か、どれ」


 一噛み、二噛みするとおもむろに胸元から取り出した徳利の蓋を外して飲み始めた。

 すると途端に自分の太ももをバンバンと叩きだした。


「かっー! これいいね、どこで売ってるんだい」


「それは俺が作ったんだ。そのうち旭川の居酒屋でも売るんじゃないかな」


 遠藤さんは今回の旅のお供を全部飲み屋で売りたいと言ってたから帰ったらすぐ出回るだろうな。


「塩漬けはよく食べるが、味を付けるとはシサム(倭人)は面白いことをするんだな、うん、皮までうまい。これならチェプケレ(鮭皮の靴)なんかにしないで食えばよかった」


 そう言うと、履いている鮭皮の靴を指さして笑った。


 ◇


 鍋の中で味噌ダレと細切れにした鹿肉やキノコを炒めながら、ふと思う。


「なんか俺、毎回飯作ってるような気がする」


「一番美味しく作れる人にお鉢が回ってくるのは仕方のないことです、諦めてください。皿ぐらいなら出しますよ」

 

 その様子をじっと見つめていた遠藤さんが身もふたもないことを言う。

 そういや大親分なのに単独行動とか身が軽すぎないか、まぁボディーガードとして凜さんが居れば十分すぎるか。


「はいはい、遠藤大親分直々のお皿の配膳、大変おありがとうございます。これ本当は蒸して饅頭にしたいところですが、今回は餡をその蕎麦を捏ねて焼いた皮に包んで食べてください」


 俺がヘラで指さした先にはタワーのように蕎麦ガレットが積み重なっていた。


「ああ、だから大量に焼いていたのですか。何をしているのかと不思議に思っていたんですよ」


 各グループの大皿に餡を盛りつけると待ち構えていた奴らが一斉に群がる。

 多めに作ったがこの勢いなら余らなさそうだな。


「これうめぇな」


「うめぇうめぇ」


「シュウ、あんたサルーン(レストラン)開きなさいよ、あたしが用心棒してあげるから」


 美味かろう美味かろう、たくさん食え。

 おじさんは人がいっぱい食べるところを見るのが好きな生き物なのだ、派手な食レポなんて必要ないのさ。

 ジェーン、用心棒うんぬんは拳銃の腕を磨いてから言ってくれ。


「おい! アイヌのおっさん、なんでお前が食ってんだ!」


「ムググ」


 おや、うちの人間がセタさんの胸倉掴んで言い争ってる?

 別に食うのは構わないけど、そういうの許しちゃうと他の人に示しがつかないんだよね。


「セタさん、勝手にただ飯食おうってのは良くないね。食うなら対価を貰わないとね」


 頬張ったものを飲み込んだセタが俺と男衆に囲まれオドオドと俺の目を見た。


「……対価?」


「ああ、飯は食ってもいいが、アイヌに伝わるすべらない話をしてもらおうか」


「滑らない話? ってなんだ。雪山のまじないか」


 何のことかわからないと言った表情を浮かべている。

 明治は通じないか、すべらない話。


「ああ、場が滑らないってことで、今風にいうなら話せば皆が必ず笑うような滑稽話だな」


「なんだ、そんなんでこんな旨いもの食えるならいくらでも話すぞ!」


 よし、秋の夜長に娯楽確保!

 酒とつまみの準備だ!

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