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39話 出発と旅のお供

 数頭の輓馬ばんばが白息を荒く吐き出し、繋がれた馬車が急な山道をゆっくりと登ってゆく。

 馬の周りを見れば様々な恰好をした男が十人ばかり、どいつもこいつも一筋縄じゃいかない職人の顔をしていた。


「この分ならその村まで五日といったところか、行き帰りの飼葉も馬鹿にならねぇと思ったが遠藤の大親分がお足を出してくれるってなら話は別だ、しっかり稼がせてもらうぜ、なぁ五郎丸」


 馬主の言葉を知ってか知らずか五郎丸と呼ばれた馬は巨体に似合わぬ可憐な目を瞬かせた。


「いやぁ、壮観壮観。旭川中の輓馬を引き連れてきたんじゃないのか、ばんえい競馬でもこんなデカいの見たことないわ」


「輓馬で競馬ですか、それは客に受けそうだ。あとでじっくり教えてください。ここにいるのは旭川で集められる上の上といったところかな、この馬たちが居れば坂井さんのいう自動車を引き上げるのも容易いでしょう」


「いいじゃない! こんな大きい馬アメリカにもいなかったわ!」


「おいジェーン、輓馬の上で寝るな」


 俺が牡丹餅作ったり、電柱に小便をひっかけたり、永倉新八にボコボコにされている間にも準備は着々と進み、無事出発の日を迎えた。

 遠藤さんには感謝しかない、逆に俺は一体何をしていたのかと頭を抱えざるを得ない。


「ふふ、久々の遠出ですわね、もう少し暖かければよろしかったのですが」


 山では熊も出るので待っていて欲しかったが、妹の凜さんも本人の強い希望で同行することになった。

 なんでも、あの事故現場の近くにある樹齢二百年以上のミズナラ原木が欲しいとのこと、酒への渇望は凄いもんだ。

 正直、こんな荒々しい男衆の中でも一番腕っぷしが強そうだし、熊が出た時には頼りにさせてもらおう。


「今日は第十一号駅逓所(愛別駅逓所)まで行くぞ、霜が降りる前には何としても到着させる」


 行程表を持った遠藤が指揮し、順調に一行は中央道路を進んでいった。


 ◇


「ねぇ、シュウ、小腹が空いたんだけど何かない?」


 輓馬とは違うロバのような道産子の背に揺られるジェーンが、馬上から俺に声をかけた。


「あるぞ、甘いのと、塩辛いのと、辛いのがある」


「ん-、じゃあしょっぱいの頂戴」


 ふふふ、旅のお供が必要だと思っていっぱいつまみを作ってきたのだ。

 長距離移動をするときには必ず車に積んでたからな、習性みたいなもんだ。


「なにこれ、赤い魚を干した奴?」


 受け取ったはいいが見たことがない赤い棒状のものに怪訝な顔をして匂いを嗅いだ後、口に入れると無言でガジガジと齧り出した。


 今の時期にピッタリな鮭とばを作っておいたのだよ、お手製つゆにつけた特別製だ。

 ふふふ、齧れば齧るほどに旨味があふれ出るだろう、顎が痛くなるまで噛むがいい。

 函館の朝市で見た生タイプも作って見たかったが日持ちしなさそうだから諦めた。


 これは玉蔵へのお土産を兼ねて鮭とばだけで一俵ある。

 親父さんも喜んでいたからアイツも喜ぶだろう。


「おい、兄ちゃん、あの外人さんが食べてるの旨そうだな。俺にも分けてけれや」


「こっちもだ、こりゃ鮭か?」


 寒いとは言え、何キロも山道を歩いてるからな。

 塩っ気がことさら旨そうに見えたのか馬主たちから声が上がった。


「いいけどな、こいつはめっぽう酒に合う。移動しながら飲むんじゃねーぞ」


「馬鹿にしくさりおって、ほれよこせ。……んん、ああ、これは」


 乱暴に俺の手から鮭とば棒を取る男たち。

 口に入れればジェーンの様に黙々と噛み続けている。


「ああ、こりゃ確かに酒が欲しい。握り飯も食いたくなってきた」


 歩きながら皆くっちゃくっちゃと鮭の皮を噛み続けている。

 すれ違う旅人が変な目で男たちを見つめていた。


 じゃあ、俺は甘い方のを食べるか。


「あら、それは羊羹ですの?」


「ええ、このお茶と一緒にどうぞ、熱いので気を付けて。いろんな豆の甘納豆を羊羹で固めたんです。大きさも手で持てる携行用にしてます」


 甘い匂いにつられたのか、凜さんが物欲しげにこちらを見ていたのでお茶と一緒に差し出す。


「湯気が……」


 お手製豆羊羹を頬張り、お茶で口を潤す姿が様になるな。

 羊羹があっという間にパッと消えているのは謎だが。

 もう五本目? 相当甘いんだけど、大丈夫?


 出張セットに突っ込んでいた現代の保温できる水筒に入れてきたから、まだ番茶がホカホカだぜ。この水筒、この時代でなんとか作れないかなぁ。


「じゃあ私は辛いのを頂こうかな。この笹袋かい?」


 馬車から顔を出した遠藤にいくつかの笹の葉で作った袋を手渡した。

 袋を開けると辺りにスパイシーな香りが漂う。


「スープカレーみたいな匂いだね、おお、芋がサクサクして、おおっ結構辛くておいしいね」


 じゃがぽっくるみたいな食感にカレーパウダーをまぶしたものだ。

 今回一番再現に苦労した、寒風に晒して揚げることで何とか水分が飛んでサクサクにできたのだ。


 指を舐め、リスの様に遠藤がサクサクと食べ始めるのを見て思う。


 ……着くころに無くなってたらごめん玉蔵。

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