38話 維新志士と折檻
俺を縛り付けていた縄が解かれ、痛む体を起こしてベッドに腰掛けると肩に優しく手が置かれた。
見上げると、大隊長が男泣きしながら何度もうんうんと頷きながら口を開いた。
「……立派な志だが、命を無駄にするな」
それだけ言うと、にこやかに笑う永倉と共に部屋から出て行った。
一体何だったんだ、あれだけ俺の事を目の敵にして何度も切り殺そうとしていたのに馬鹿に優しい。
「古谷大隊長殿は士族の出ですからね。坂井さんが仇討ちの為に永倉を追いかけてると知って、その姿に武士道を見たんでしょう。しかも、あの壮絶な立ち合いを見れば誰だって心打たれますよ」
ええい、そんなキラキラとした目で俺を見るな。
綺麗な目で見られるような動機で動いてないんだ、こっちは。
「弟から、池田屋事件の全貌が書かれた手記を見てあなたが尊王志士に連なるものだと確信しておりました」
俺の妄想小説を勝手に真実として受け取られても困るんだけど。
確かに当時の関係者のインタビュー本とかで見た内容を盛りに盛ったけども。
よくわからん勘違いで命拾いして、全然釈然としない。
こうやってよくわからん歴史が勝手に作られていくんだろうな。
こちらを同じようなキラキラとした目で見ている麻生弟を睨んだ。
「麻生君さぁ、そもそもなんで軍の兄貴のところに小説を持ってきたんだ? あと、これが物凄く重要なことなんだが、後半はどこにあるんだ」
「ああ、俺たち兄弟は昔から壬生贔屓で暇さえあれば新選組の談義をしているんで。今日、兄貴から永倉新八が来られるって聞いてたから居ても立ってもいられなくてこの紙に揮毫を頼もうと思ってやして……持っていかれちゃいましたけど。後半の紙も持ってこようとしたんですが、組の兄貴たちが離さなくて持ってこれませんでした」
おいおい、マジかよ。
モラルもコンプラもあったもんじゃねーな。
後半部分のエロシーンを見せてたらお前も俺も冗談抜きで永倉に真っ二つにされてたぞ、お前は本望かもしれんけど。
「はー、なんだそりゃ、いてて」
流石に気が抜けてベッドに倒れこんだ。
◇
なぜか衛兵に仰々しい敬礼で見送られながら門を潜り、麻生弟に肩を借りながら家路につく。
「なぁ、お前分かってないようだから言うけど、いくら新選組が好きだからって人のものを勝手に持っていったら駄目だぞ」
「はい、すいやせん!」
うん、いい返事だね。
全然懲りてねぇな、こいつ。
「悪いと思うなら北口酒造の一番高い酒を一升な」
「そんな、俺の小遣いがなくなっちまいますよ!」
「反省しろ、痛くなければ覚えねぇだろお前」
二人してぶつくさ言いながら遠藤家の門まで近づくと、男が門の裏から出てきて早足で近づいてくる。
「おや、源さんじゃないか。誰かのお出迎えかい」
俺の腫れた顔や血まみれの服を見て、一瞬驚いたように目を大きく開いたがそのまま耳に口を寄せると呟いた。
「今、家には近寄らねぇ方が賢明です。ほとぼりが冷めるまでジェーンの姉御のところにでも行って酒でも飲んでてくだせぇ」
「ほとぼり? なんかあったの?」
「へい、野郎どもがどこからか手に入れた猥本の続きが読みたいあまりに勝手に続きを書いてたんでさ。そしたら、本業そっちのけになっていることに姉さんがお冠でして。あっしの勘ですがね、あの猥本を書いたの坂井の兄さんでしょう、ささ、見つかったらえらい目に」
「あら、どんな目に合うのかしらね」
いつの間にか源さんの後ろに現れた凜さんから聞こえた声は冷たい風が氷点下に感じられるくらい冷めきっていた。
「ちなみに、どんな目にあうんですか?」
「正座して石を抱いてもらいますわ」
ちょっとした興味本位で聞いてみたら、とんでもない答えが返ってきた。
それ江戸時代の拷問じゃん、鬼平犯科帳で見たことあるわ。
え、なに、じゃあ今家の中が拷問部屋みたいになってるの?
「全部、こいつがやりました」
肩を押して、麻生を姉さんの前に押し出す。
「ちょ! 坂井の兄貴、何言ってるんですか! 違いますよ、姉さん。俺はなにも」
「なにも、なあに?」
「な、なんでもないです」
わはは、まさに蛇に睨まれた蛙だな。
酒一升は勘弁してやる、その代わりに俺の為に死ぬがよい。
「正直な子は好きよ、ねぇ坂井さん、じゃあ坂井さんが書いてないなら、この文はジェーンさんに一語一句読み上げてもらいましょうか」
手に持ったエロ小説を、俺の目の前でぴらぴらと揺らす。
「そうですね、俺も正直な人は好きだな、ははは、すいません、俺もやりました」
ジェーンは面白がって読むだろう、そんなことされたら身体は耐えられても心が耐えられない。
「はい、よくできました」
そこからは凜さんによる折檻タイムが始まり、本当に石を抱かされた俺を帰ってきた遠藤兄が発見するまで続いた。




