↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
37/50

37話 赤鬼と勘違い

 永倉は改めて男を見た。


 身の丈は六尺を越え、かなり大柄だ。

 露出している鍛えられた鉄のような前腕は右腕だけがやけに日に焼けている、特別な修練の賜物だろうか。

 対峙している僅かな間に男の息が整っていく。


 不味い、息が整わぬうちに仕掛けねば勝てるものも勝てなくなる。


 上段から打ち下ろした剣戟は見事に右腕で払いのけられ、懐に入られる。

 こ奴! 木剣とはいえ寸鉄も帯びずに払いのけるとは!

 腕の皮がべろりと剥け血が噴き出しているが気にした風もない。


 すかさず半歩下がり、身体を使って死角になった下段から切り上げる。

 が、厚底の靴で刀を抑え込まれた。


「なに!? がっ!」


 驚く暇もなく奴の顔が迫り、鼻頭を打ち付けた。

 目の奥に閃光が走る、思わずたたらを踏み後ろに下がるが追撃はなく、腕をだらりと垂らし、ねめつける様に見つめる男がいるだけだ。


「ふふふ……ふははは! まさか、まだこんな男がいるとはな! まだまだ捨てたもんじゃねぇなぁ! この世はよ!」


 口に広がる久方ぶりの鉄の味に思わず言葉が昔の口調に戻っているとも知らず、幾度も剣を振るう。

 真剣であればとも思ってしまったが、この執念の元、必ず理由を聞かねばならぬ。


 しかし、何度当てても怪我などお構いなしで間合いを詰められるのには辟易する。

 その度に殴られ、掴まれて体勢を崩されると投げられる、恐ろしいほどに重心をずらすのが上手い。

 もはや技は合気なのか柔術なのか分からない程にデタラメなのに相手の体幹は揺るぎない。


 もはや赤鬼と言ってもいいほどに顔や全身が赤く染まっているというのに動きも力も衰えるどころか増していく様に驚きを隠せない。

 何がこ奴をここまで突き動かしているのだ。


 周りで見ていた兵士たちも闖入してきた男に侮蔑のような視線を向けていたが、今は男に憧れのような目を向けている者すらいる。


 だが、何事にも終わりは来る。


 間合いを詰められる一瞬に男の鳩尾に鋭い突きを入れると男の呼吸が止まった。

 だが、一歩二歩と掠れたような息を吐きながら近づき儂の目の前で前のめりに倒れた。


「ふー、良き死合だった、久しく感じたことのない気持ちのよさだ。誰ぞ、この者の介抱を頼む」


 そう言うや否や、兵たちが準備していたように駆け寄り男を丁重に担架に乗せ、運び出した。


「はて、さて、あ奴はどこの誰兵衛であろうかね」


 出ていた鼻血を腕で拭い微笑んだ。


 ◇


「うぐぐっ」


 身体中に走る鈍痛で目が覚めた。

 痛みのせいで頭の中まですぐクリアになった。

 確か、麻生兄の居場所を聞いて頭に血が上ったまま突撃したんだったな。

 そのあと、邪魔をするおっさんと殴り合いになって、あれ、どうなったんだ。


「う、うごけねぇ」


 ベッドに寝かされているのは分かったが、身じろぎ一つできない。

 顔だけ上げてみれば荒縄でベッドごと縛られているようだ。


「ここまでする? ひどくない? いてて」


「何が酷くないだ。貴様、本来なら斬り捨てられてもおかしくないのだぞ」


 声のした方を向けば、あら、見た顔だこと。

 確か大隊長様じゃないですか、牡丹餅美味かったかい?と口に出そうとしてグラついた奥歯が抜けたので、ぷっと吐き出した。


「相変わらず、なんてふてぶてしい奴だ。それで、今回の騒動を説明してもらおうか。道場破りなんて言ったら試し胴のように真っ二つにしてやるぞ」


 おっかねぇな。

 でもエロ小説を取り返しに来たとか言ったら二つどころかバラ肉にされそうだ。


「道場破り」


「貴様っ!」


「まぁ待ちなさい、古谷君。なんだ君、憑き物が落ちたような顔しているじゃないか、男前な顔にはなっているがね」


 朗らかに笑うおっさんが大隊長を止める。

 この人も覚えてる、俺をボコボコにした奴だ。


「さて、君の目論見は何かね。儂、永倉新八の命ならまだ差し出せないが、新選組に何か遺恨でもあると見たが、どうかね」


 はい、遺恨どころか色んな申し訳なさで死にそうなんですが。

 つか永倉新八!? なんでこんなとこに生息してんだよ。

 いや、そういえば晩年は北海道に移住したんだっけ。


 新選組という言葉に反応した俺をみて永倉が笑った。


「さぁ、聞かせてくれるかな」


 おっさんが有無を言わせない圧をかけながら俺に迫る中、扉がノックされ「坂井さん、お見舞いに……」とのんきな声と共に麻生兄弟が入ってきた。


 中にいた縄でぎっちぎちに縛られた俺と横に佇む大隊長、それに永倉のおっさんにビビったのか手に持っていた酒と紙束を落とした。


「なんだ、貴様ら!」


「まぁまぁ、古谷君。ただの見舞いでしょう。おや、この紙は?」


 永倉が落ちて酒で濡れた紙を拾い上げると紙を二度見した後、急に姿勢を正して読み始めた。


「あ、あの、杉村さん?」


「静かにしたまえ、ふふふ、そうか、そうだったのか」


 え、何が起きてるのこれ。


「坂井とやら、確かにお主は儂の命を狙う理由があるようだ。池田屋で打ち取った志士たちの子供といったところであろう、ここには脚色されてはおるがその場にいたものでしかわからぬ話が書かれておる」


 麻生! 何をしている! 早く永倉を斬れ! 取り返すんだ、縛られたまま死ぬとうないっ! エロ部分を読んじゃう前に早く!


「おや、ちょうどいいところで終わっているな。それにしてもこんなに恰好良く書かれると照れますな、ふむ、この紙は貰っていくが文句はないな。命を拾ったと思えば安いものだろう」


 あれ、沖田とのエロ絡みとか土方との確執とかの話は大丈夫なの?

 寝取られ属性なの? 永倉さん。

 目で麻生弟に訴えかけているとこっそり「ここには池田屋事件の所だけしか持ってきてません」と言われた。


 心なしか大隊長の目も優し気だ。

 それどころか、この前やらかした牡丹餅騒動も仇討ちの為だったのかと、勝手に勘違いしているみたいで目頭を押さえて麻生兄に俺の縄を解くように命じた。


 え、どういうこと? じゃあ、後半のエロ小説はどこ行ったの?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。