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4話 明治のトイレ事情

 玉蔵さんに少し荷物を持って貰って掘っ建て小屋に戻る途中、色々と話をした。と言っても質問されてばかりだったが。ハイエースは何で動いてるのか。とか、旭川ではあんな車が走っているのかとかだ。


 俺のはディーゼルでガソリンより坂道強いとか、旭川でもどこでも走ってるというと、ずっと「すんげぇ」とか「たまげた」と呟いていた。大八車なんか止めてハイエースか軽トラでも買えばいいのに。


 小屋に戻ると大八車に炭袋を積み込んでいた親父さんに日本酒を一本渡し、改めてお礼を伝えた。


「またきてくんつさぁれや(また来てください)」


「ええ、是非。親父さんの炭買いに来ますよ」


「んだば、玉、すっかり案内ばたのむ」


「任せれ」


 玉蔵さんにも先に一升瓶を渡しているのでやる気マンマンだ。大八車に俺の荷物や工具バッグもくくりつけたので後ろから押すことにした。


 集落への道すがらどうやって暮らしているのか聞いてみると、親父さんが炭を作って息子の玉蔵さんが一旦集落に運び、秋口に旭川へまとめて卸しに行くそうだ。何でも、最近旭川に兵隊さんの衛戍地(えいじゅち)が出来たらしく仲買人に売るより高く買って貰えるとの噂らしい。


 衛戍地って自衛隊の駐屯地のことかな?旭川には元々大きい駐屯地あるけど、違うところかな。それにしても昔爺さんから聞いたことがあったから解ったけど、こっちじゃまだそんな呼び方するんだな。というか旭川まで大八車で行くわけないよね?と聞くと笑われた。


 だよね、良かったー。と思っていると「馬ッコで曳くんだ」とのコケそうになる答えが返ってきた。この親子のこだわりには、いろんな意味で感服するしかないな。


 穴に嵌まった大八車を一緒に押したり引いたりしながら一時間ほど歩くが、未だ舗装された道を見かけない。そんなことあるかと考えていると開けた広場が見えてきた。


 広場にぽつらぽつら建っている建物は全部板張りで屋根は藁葺き、田舎の廃墟か教科書で見たことがあるような趣だ。


 アスファルトも電柱も見当たらないし、こちらを珍しげに見ている住人も皆、玉蔵さんと同じ様な格好をしている。まるで本当に開拓時代に来たんじゃないかと錯覚してしまうくらいには真に迫ってる。なにここ、北海道開拓の村(野外博物館)だったの?


 集落の入り口から少し歩くと玉蔵さんが小さい小屋の前で止まった。


「ここは炭置き小屋ですか」


「ばがこくな、こりはおれん家だべが(ここは俺の家です)」


 怒られた、そりゃ家と間違えたら怒るわ。


「すいませんでした」


「いいが、いづかあんたがたまげるよな御殿こさえてやっからな!」


 語気を荒くする彼に頷くしかなかった。

 そうか、頑張ってくれ、君なら出来るさ。

 それはそれとして催してきたので便所に行きたいんだが。

 そう、大の方だ。


「トイレってどこにあります?」


「トイレって何だ?」


 この野郎、自分の家のこと弄られてトイレのこと(とぼ)けるとは根に持ちすぎじゃないか。あれはワザとじゃないし、弄ってないし、それ人としてどうかと思う。


「トイレはトイレだろ。便所、雪隠、厠だよ」


「ああ、便所がよ、あれよ」


 ようやく理解できたという顔だ。

 彼が指差したのは小さな小屋というにも烏滸がましいものだった。だが、どんどん増す便意には逆らえん。


「ちょっこし行ってくるわ」


 そして俺は絶望と共に全てを悟ることになる。


 ◇


 ここは明治だ。

 間違いない、俺の尻がそう言ってる。


 実際の集落を見たり、いままで感じていた違和感で自分を誤魔化しきれなくなってきたところで、まさにトドメの一撃を食らわされたのだ。


 田舎だから和式でもボットン便所でも仕方ないよね、俺は場末のドライブインにある昭和のトイレでも平気で用を足すことができるし、どんなとこでも平気平気、くらいに思ってた俺の斜め上どころか更に上を越えてきた。


 扉を開けると地面の穴の中には桶が置いてあった、もちろん中身入りだ。こんな足場の板が渡されただけの場所は文化的なトイレとは認めたくない。物凄く臭いし、安定しないし、ウオッシュレットなんて望むべくもない。


 トイレットペーパーの代わりに横に置いてあったボロボロの端切れを仕方なく、本当に仕方なく使った。

 結果、俺の尻も心もボロボロだ。いつもウオッシュレットやダブルのトイレットペーパーで甘やかされていた俺の尻の立場も考えてほしい。


「本当に明治時代に来ちまったのかよー」


 俺の叫びは誰にも届かず便所に消えた。


 ◇


「なした、元気ねぇすけ、腹でも下したのが(どうした?元気ないけど腹でも下したか)」


「いんや、色々すっきりした。玉蔵さんに聞きたいことがあるんだけどいいかな」


「なにさ」


「その服とか自分の趣味や信念で着てる訳じゃないよね? 普段着なんだよね?」


「はあ?何をわげのわからんごと、あったりめえだべ、俺の一張羅だ」


「で、村の人たちってドラマ撮影のエキストラとかじゃないよね? 」


「エキストラってなにさ」


 玉蔵さんの質問には答えず最後の質問をした。


「今年は明治34年なんだよね? 令和じゃないよね?」


「んだ。今年は明治34年だ、なしたのさ」


 んんんー、もう認めよう。認めてしまおう。

 俺は今、明治に居る。

 だが明治に来れたなら逆に現代へ戻れるはずだ。


 絶対に戻ってみせるからな!

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