3話 壊れた相棒(ローン残り3年)
「ほれ、朝めしだぞい。あがっせぇ(食べてください)」
「ありがとうございます」
昨日は取り乱してしまったが実際タイムスリップとかありえないしょ。ここは昔ながらの自然な暮らしをしてる親父さんの家と考えるのが妥当だ。道路の電灯の光だってモヤってたら見えないしな。
寝てすっきりした頭で考えても、事故って俺みたいなおっさんが明治にいるのはおかしい。この粥も昔話みたいに狐に騙されて馬糞食ってる訳でもないし、親父さんに足もあるから幽霊でもない。
事故った直後って落ち着いているようでどこかテンパってしまうものなんだな。
きつい塩味の利いた粥をすすりながらそんなことを考えていた。
「親父さん、ごちそうさまでした」
「はい、たいしたごどねぇがったげども」
「いや、食わせてもらっただけありがたい。さて、息子さんが来られるまでなんか手伝うかい」
「ん、ほだら、まき割ってくなんしょ」
「よし来た」
きっと息子さんも親父さんのナチュラルな生活をする趣味を理解しているんだと思う。軽トラで現れたら馬鹿な妄想をしたもんだと笑えばいいさ。
裏手に回ると切り株の上に置いてあった鉈を持ち、集中する。
薪割はいい、キャンプブームの時にやってみたら、やけに性に合った。
無心で割るもよし、狙いをつけて割るもよし。
特に狙い通り割れた時なんて薪割を極めた気にもなれる、なれるだけだが。
まだまだ先だけど仕事引退したら、だるまストーブ置ける家に住みたいなあ。
◇
「まき、割りすぎだない(薪割り過ぎだ)」
無心で割っていたら足の踏み場がないほど薪が割れていた。
せっせと薪を集め積み重ねるとひと冬持ちそうな数だ。
「……親父、来だ」
割った薪を片付けていると、いつの間にか継ぎ接ぎの野良着を着た若者が来ていた。昨日言ってた息子の玉蔵さんかな。
肌は浅黒く焼けていて、痩せて窪んだ眼は訝し気にこちらを見ている。
奥には年季の入った大八車が見えた。息子もか。
「……だれ」
「こんにちは、昨日から親父さんにお世話になっている坂井って言います、玉蔵さんですか」
「おめ、坂井って言うんだない」
あ、そういや、名乗ってなかったわ。
「親父、名前も知らねぇやつ泊めだの? 人良ぎすぎっぺ(人が良すぎる)」
「親父さんを責めないでくれ、熊が出るってんで心配して泊めてくれたんだ」
「んだ、貰った酒めがったぞ」
「酒までもらっで、まった、気らくなもんだない」
親父さんが昨日飲んだ酒と鮭とばのことを美味そうに息子に話して、俺からも昨日起きたことや助けてもらった経緯を話して聞かせるとため息をつきながら「まぁまぁ、しゃあねぇない」と納得してくれた。
そうだ、まだ車に酒が残ってたな。
置いておいても仕方ないし、あれだけ喜んでくれるなら親父さんや息子さんに渡すものありだな。
「そういえば、まだ車に酒があるんだけど案内してくれるお礼に受け取ってくれますか?」
「貰う、ほれ、あいべよ(行こうぜ)」
そういうと鼻息を荒くした玉蔵さんが先陣を切って小屋の側の森へ突き進んでいった。
あの、そっちじゃないです。
玉蔵さんと一緒に木に張り付けた赤テープを辿ること暫く、そこには昨日事故った時のままのハイエースが鎮座していた。
「な、な、なんだぁ、こいづは」
そいつは峠から落ちて大破した私の愛車でございます。
見事にフロント壊れてるから見たらびっくりするよね。
よく俺、大怪我しなかったな。
本当にもう、こいつだけは夢であって欲しかった。
ローンもあと3年残ってるのに。
車を見たまま固まっている玉蔵さんを横目に荷物を取り出す。
地元の酒蔵や道の駅で買った日本酒や地ビール、つまみや着替え一式だ。
幸い割れたり壊れたものはなかった。
自分の趣味で買いそろえた工具バッグも持っていこう。
重いしデカいし荷物になるのは目に見えてるが置いてはいけない、俺にとっては飯の種だ。
荷物を整理していると玉蔵さんがまじまじと車を見つめていた。
「よっと、玉蔵さん。何か気になる事あったかい」
「気になるも何も、いったいなんだぁ」
「かなり潰れてますけどハイエースですよ」
「ハイエース、洒落た名前だ。こったら重でぇ車、馬で曳げんのが(こんな重たい車を馬で曳けるのか)」
「馬? 馬じゃ流石に引っ張り上げられないかな」
重機のクレーンか専用のウィンチがないと無理だろ。
「じゃあ何で曳くのさ、人のこと、かつぐんでねぇわ(からかうな)」
微妙に話が嚙み合ってないような気がする、玉蔵さんなんか怒ってるし。とりあえず状態を確認するために車のブレーキを踏み、スタートボタンを押してみた。
途端にエンジンから唸るような音が森に鳴り響く。
「うわ!」
「エンジンは何とか生きてるんだな。フロントはもうグシャグシャだけど」
地面から浮き上がっている後輪のタイヤがくるくると回り出した。エンジンを切って車から出ると玉蔵さんが何故かへたり込んでいたので、彼に手を貸し起こした。
「大丈夫ですか」
「なんだこれすげぇな」
「頑丈ですよね、こんなに潰れてるのに」
流石、世界で一番車が売れている会社だ。
「これ、もすかして馬いらねえのが?」
「そりゃそうですよ」
「はえー」




