34話 昔取った杵柄と新選組
……じゃりじゃり
「この甘さは脳に来ますね、最初は慣れませんでしたが考え事をするにはうってつけです」
「食べすぎると病気になるけどな」
疲れた時とかには健康ドリンクより効くんだよな、このドーナツ。流石、炭鉱夫御用達だ。
夕張で売ってる、うさぎやのシナモンドーナツを真似て作ってみたけど、かなり再現度が高いんじゃないかな。残念ながらシナモンはないけど。
出発まであと二日と迫り、人員編成や資材確保がひと段落した午後。
二人して大量に砂糖がまぶされた丸い餡ドーナツを摘まみながら、遠藤に航空力学の基礎を教えていた。
「それにしてもここまでの専門知識、未来では一般的に誰でも知っているものなんですか」
「いや、俺は元々工学を専攻していたし、こういうものに興味があったから説明動画とかよく見てたぐらいかな。だから完全な数式だったりは分からないんだ」
「構いません、私はもう完成形を見ていますから。それに見たものならば逆引きできますし、あと二年で初飛行するというライト兄弟でしたっけ、そんな有象無象を追い抜くには十分ですから」
口を歪めて笑うと、唇の端に付いた砂糖がぽろぽろとこぼれた。
自分で焚きつけといてなんだけど、世界初飛行を狙ってるな遠藤さん。
そりゃ俺たちだって、未来人から宇宙船を作る知識あるけど要りますか? って言われたら二つ返事で頷くわな。
だから、未来が変わったとしても仕方ない。
実際、俺とかジェーンが来た時点で変わってんだ、もう開き直るぜ。
……タイムパトロールとか来て捕まらないよな、そんなものがあるかは知らないが。
「翼の考え方で、ここの迎え角について教えてほしいんですが……」
しょうもないことを考えていると、俺が即興ででっち上げた用語集を指差し、遠藤が質問する。
「ああ、揚力が無くなるところね、絵で描いた方がわかりやすいかな、えーっと」
カリカリと荒めの和紙にボールペンで翼の断面形状と風の流れなどを分かりやすく描きこんでいく。
畳の上に散らばる紙にもびっちりと数式や飛行機の構造が描かれている。
「なるほど、揚力と抗力の関係は飛行速度に適した形に収束するんですね。というか坂井さん、なんでそんなに絵がお上手なんですか。この前ジェーンさんから聞いただけで石灯籠のような絵もお描きになられてましたが」
「ああ、絵ね。これは完全に趣味だな。学生の時に友人が同人誌、個人で作る本だけど手伝いをしていたことがあるんだ」
「なるほど、同人誌ですか。東京ではそういう文学結社もあると聞きました。文学にもお詳しいと、ふむ」
「あ、同人誌で通じるんだ。でも、文学って。そんな高尚なもんじゃないよ」
現代と言っても俺が手伝ってた二十年以上前の同人誌はどう考えても高尚ではなかったな。
そういうサークルもあったけど専らエロ同人だったし。
「ご謙遜を。話が逸れましたね、では続きの……」
遠藤さんからの質問が続き、基礎知識と今の技術で作れる飛行機について夕暮れ時まで話しまくった。
その後、夕食を取り宛がわれた部屋に戻って藤の座椅子に座ると思わずため息が漏れた。
俺が調子に乗って飯を作ってからというもの、飯当番の奴らから料理を教えてほしいと頼み込まれ、結局一緒に作る羽目になっている。
基本的なことやちょっとしたコツなどを教えると本業そっちのけで研究する奴らも出てきて、遠藤さんも苦言を漏らしていたが翌日の飯のレベルが明らかに違うのを見て黙ってしまった。
この時代にも料理本があると言われ見てみれば分量に「お好み」とか「いい匙加減」とか書かれていて笑ってしまった。
そもそも匙のサイズがばらばらだからどうしようもない。
ちょっと料理本でも書いてみようかな。
そういうのがあれば俺もいちいち台所で指導しなくてもいいし。
そう思い、机の上にあった紙を手元に寄せた。
◇
黙々と作業すること二時間。
「……なぜ、俺はエロ小説を描いているんだ」
気付けば手元の紙には料理のレシピ本ではなく、新選組の土方歳三と何故か女になっている沖田総司のエロ小説が挿絵付きで出来上がっていた。
最初はレシピ本に分かりやすい注釈のつもりで、一番隊から十番隊までの隊長をデフォルメして描いていたんだが、なぜこんなことに。
小説の方も何というか、こう、自分で読み直してもエロい。土方歳三が生きてたら斬り殺されても文句が言えない程度には冒涜的だ。
こっちに来てからというもの、運動と規則正しい生活で性欲を持て余しているんだろうか。
これはいかんな、本当にいかん。
「冷えた水でも飲んで頭を冷やすか」
十ページくらいの紙束を伏せ、立ち上がると障子を開け台所に向かった。
「夜分遅くにすいやせん、坂井の兄貴。あれ、いらっしゃらねぇのか」
入れ違いで、一緒に衛戍地へ行った麻生が部屋を訪ねてきた。
「お礼の酒持ってきたのになぁ、どこいったのかな」
麻生が少し開いた障子から中を覗くと机の上にはランプが煌々と光っており、とりあえず部屋で待たせてもらおうと部屋に入ると、目についた机の上に残されていた紙を何気なく捲った。
紙に描かれていた絵が目に入るや否や、書かれた文章を食い入るように読みふけった。
頬は上気し、目は充血したように赤く染まっている。
「……なんちゅう、なんちゅう色気な、こりゃ」




