33話 事の顛末とお願い事
試験も成功裏に終わり、ほくほく顔をした秋本の顔が別室で顛末を聞いた途端、スンッと真顔に変わった。
「では、何かね。衛兵どもの不精のせいで一ヶ月も悩まされ続けていたということかね。全くもって不愉快だ、今日など衛兵の管理を行っている古谷君に謝罪をしてしまうところだったぞ! 自分の管理不足で原因を作っておきながら、何を偉そうに「原因追及を命じたはず」などと、よく私に言えたものだ!」
自分で話すうちに口調がヒートアップしだし、大隊長にまで憎まれ口を叩く様子に長瀬君の顔が青ざめていく。
応急処置として仲良く用を足した俺たちを叱るどころか、憲兵に追いかけ回されたことについては何の言及もない。
秋本は部屋の中で独り言を呟きながら、うろうろと歩き回りぴたりと立ち止まると何かに気付いたかのように、満面の笑みを浮かべた。
神経質なのか情緒不安定なのかよくわからんな、このおっさん。
「いや、これは貸しだ、彼への大きな貸しになる。真実を知れば狗の管理もできないと誹りを免れまい。ふふふ、これはいい、いいぞ!」
いや、こえーよ。
軍の中も一枚岩ではないようだが、同じ組織の人間を狗呼ばわりすんなよ。
でも、同じ会社の営業職と技術職と考えれば同じか。じゃあ仕方ねぇ、もっと酷い呼び方してたわ。
「秋本さん、原因を突き止めて改善させ、貴方の試験も上々と聞いた、約束通り疲れ果てた彼らを休ませてやってくれ」
上機嫌に笑う秋本に本題を切り出した。
「いいだろう、最初に言った通り男に二言はない。だが、彼らがそれを望めばの話だ」
「え?」
「長瀬君、休めと言われて休むかね」
「いえ、坂井さんのお気持ちはありがたいのですが。通信不良の原因も分かって、私が進めていた実験も捗りそうなので忍び込んででも、這ってでも仕事をします。他の皆も恐らくそうするでしょう」
疲れ切っているはずなのに、目だけは油が浮いたようにギラギラと光を反射していた。
……ああ、そうか。やらされてる仕事とやりたい仕事は別だよね、そうだよね。
なんだよー、知恵とおしっこを絞り出したのも、憲兵に追っかけられたのも、彼の様子を見るに完全に俺のおせっかいだったのか。
どっと力が抜けて椅子に深く腰掛けた。
「ふふふ、我々の探究心は止められんよ。だが、労いの言葉一つではこちらの面子が立たない。何か望むことはあるかね」
ぐったりとした俺の様子を見た秋本が尋ねた。
「じゃあ、その代わりと言っては何だけど聞いてくれるかい」
◇
衛兵所に戻ると、俺の顔を見るや否や麻生君が立ち上がる。
周りにいた麻生君の兄とその仲間たちも、一糸乱れず直立不動だ。
「おまたせ、麻生君。心配かけて悪かったね、もう大丈夫だから帰ろうか。君らもお咎めなしって聞いてる?」
「あんた、いや、貴殿は一体何をされたんですか。大隊長がそれはもう憔悴しきった様子で我々の営倉入りは無しだと。あと……なんですかその髭は」
ホームベース顔の君、やっぱりこの髭気になるのか。
似合わねぇよなぁ、自分でもそう思うよ。
何をしたと言われても、横で聞いてただけで何もしていない。秋本さんがここぞとばかりに古谷さんへ「大日本帝国の軍人がどうの」「規律がどうの」とネチネチ詰めまくっていたのを見てただけだ。あれだけ好き勝手言われて最初は怒り顔だったのに最後の方は萎びた茄子みたいな顔してたもんな。
大隊長の管理不行き届きであったことを認めさせ、衛兵の悪評を流さないことと引き換えに様々な便宜を図ってもらったらしい。
大隊長としても、今このタイミングで牡丹餅を食っていた彼らを処分して変に目立たせると、万が一こいつ等から立ち小便の件まで漏れた時に自分の首を絞めることになりかねない。結果、双方の利害が一致して晴れて無罪放免というワケだ。
秋本さんは、俺のことをスカウトするつもりだったらしいが、憲兵に面が割れているということで、ほとぼりが冷めたら声をかけるといわれた。
……その頃には未来に帰れてるといいんだけど。
そのあと、長瀬君に即興で作ってもらった変装用の付け髭をつけたおかげでなんとかここまで戻ってこられたというわけだ。
「大隊長様には残りの牡丹餅置いてきたから大丈夫だと思うよ、甘い故郷の味でも食べれば機嫌も直るさ、たぶん」
皆が皆、胡散臭いものを見るような目で俺を見つめた。
きっとこの髭のせいだな。
「何はともあれ丸く収まったし、麻生君も兄貴と会えた。ああ、そうそう、後で上から話があると思うけど、便所をここの近場に新設してもらう話が通ったからな、寒いからってそこらの電柱に小便ひっかけてんじゃねーぞ。それまでは我慢して、ちゃんと今の便所を使えよ」
何人かが驚いたように肩を震わせた。




