32話 解決方法と追いかけっこ
案内されて着いた先にあったのは木でできた昔ながらの電柱だ。電柱にケーブルが這うように固定されていて、そのまま地中に潜っているのがわかる。
「ぜぇ、ぜぇ、こ、ここが、地線を埋めている電柱です。試験場までの導通は検査機を使って自分で何度も確認しています」
全力で走ってきたため、職員の彼は息を切らせながら答えた。
部屋で見た家庭用冷蔵庫くらいの大きさがある計測機と手書きの計算では正確に接地抵抗を測れていたとは思えない。
特に個人の力量に頼るような屋外の測定だと再現性が悪すぎる。
「はー、はー、ここを見てくれ」
俺も息を切らしながら、震える指で電柱の根元を指差した。
「地線が何か? ちゃんと地中に刺さっているじゃないですか」
「そこじゃなくて、電柱の色を見てくれ。下の方が黒ずんでいるだろう」
「はぁ、確かに黒くなっていますね。でも、それがどうしたって言うんですか」
もう時間が迫っているのになぜ意味のない問答を繰り返すのか、と彼は苛立った声色で返した。
「街に立ってる電柱を見たことはあるか? この電柱と同じように黒ずんでいるんだ、街には野良犬がいるからな。だが、衛戍地の中をうろつくことはない。なぜなら衛兵がいるからだ、ならなんでこの電柱は黒ずんでいると思う、衛兵所が近いのに関わらずだ」
「電柱、野良犬、衛兵……あっ! いや、そんなまさか」
野良犬と変色した電柱から想像ができたらしいが、衛兵の行動や自分の出した計測結果が間違っていることを認めたくないのか、目が泳いでいる。
「この寒くて乾燥した時期に毎日小便をかけられてみろ、鉄なんてすぐに錆びて抵抗値が上がって使い物にならなくなるぞ」
「そんな馬鹿な!」
その言葉を聞いた彼は這いつくばり、手が汚れるのも構わず根本の土を掘り返した。
だが無情にも現れた鉄棒にはびっしりと赤錆が浮いているのが見て取れた。
「なんてことだ、こんなことが……」
「夜中に回復するのは衛兵が小便をひっかけて、一時的に電気抵抗が下がったんだろうな。ちょうど塀の影になっているし、凍えるような寒さの中、遠い便所にまで行かずにここで済ましていたんだろう。おそらく雨で改善したのもその効果だ」
「じゃあ、これを新しいものと取り換えれば解決するんですね! 部屋に戻って新しい鉄棒を……」
彼が最後まで言い終わる前に言葉を手で制した。
もう取りに行って替える時間がない、抵抗を下げる水もない。
ならば。
「な、なにをしているんですか!?」
愚問だな。
無論、モロ出しにしている。
この寒空の下、解放感しかない。
「今までの苦労を無駄にしたくないなら、絞り出せ、青年」
◇
「中央から送られてきた文字と絵がこの通り、この旭川で再現できるのです!」
試験の開始時刻が過ぎると、すぐに東京の司令部から電信が送られてきた。
受信を知らせる電球が発光し、大きい桐箪笥ほどある機械からはゆっくりと紙が排出されていた。
「なんと画期的な! 素晴らしいぞ、秋本君! 東京にいる孫が描いた絵が瞬時に届くとは!」
大臣のお孫さんが描いた、「おじいちゃま」と書かれた絵を両手で持って震え、感動を隠せない様子だ。
公私混同甚だしいが、効果は抜群だ。
その光景を眺め、秋本も感動に震えていた。
もちろん大臣とは別の理由なのは明らかだった。
まさに望んでいた通りの結果が得られたのだ、これなら研究予算も安泰だと。
「……!!」
それにしても原因を突き止めるだけではなく、解決までしてきっちり時間に間に合わせてしまうとは……
彼を見出した、私が持つ探究眼の賜物と言えよう!
「……あっちに行ったぞ! 逃すな!」
いまだ名前も知らぬが、彼には感謝しかない。
どこぞ会社の技術者かはわからないがこの際、特別招聘をかけて取り込んでしまおう。
さぞ「光栄です!」と咽び泣くことだろう、実践経験豊富な彼のような人物が居てこそ我が部隊は完璧な姿になるというもの。
天才的な頭脳を持つ私、優秀で勤勉な部下たち、それに加えて論理的な思考を持つ彼。
これぞ正しく画竜点睛!
「どこに行った! 虱潰しにしろ! 撃っても構わん!」
外を見れば憲兵が二人一組で走り回っているのが見える。
なんだ、さっきから外でバタバタと。
ガラス戸を押し上げ、外にいる憲兵に声をかけた。
「おい、先ほどから外が騒がしいが、何かあったのかね。試験中なので少しは静かにしてほしいのだが」
「申し訳ございません! しかし、無頼漢が衛戍地に忍び込み不逞を働いた報告がありまして、目下捜索中なのであります!」
なんと嘆かわしい。
全く風紀はどうなっておるのか、そんな輩を北の守りであるこの衛戍に入れること自体怒りを覚える。
衛兵どもは何をしておるのか!
「時に、その不逞の輩は何をしでかしたのだね」
そう聞くと、なんとも言いづらそうに顔を引きつらせる彼に逆に興味が湧いた。
話をするように促すとポツリポツリと話し出した。
「その、衛兵所の横にある電柱に立ち小便をしているところを憲兵が発見しまして、捕まえようとしたところ班長が、まぁその、引っかけられたようで」
なんと、班長も災難だと言うほかあるまい。
そんな無頼漢は捕まえて縛り首にでもしてしまえば、世のため人のため、実にもって重畳というものだ。
憲兵に励むようにと伝え、解放すると試験部屋の扉がゆっくりと開き、助手の長瀬君と件の彼が屈みながら顔を出した。
おお、功労者の登場ではないか。
む、なぜそんなコソコソとしているのだ。




