30話 チェストと技術的問題
「貴様ら! そこで何をやっておるか!」
「古谷大隊長殿!?」
「うぐっ!」
空気を震わせる一喝が衛兵所に響き渡った。
口に詰め込んだ牡丹餅で喉を詰まらせる奴ら多数、それでも直立不動になるんだもんな、凄いけど早く茶を飲め。
麻生君のお兄さんも含めて五人から衛兵所で牡丹餅パーティしてるのが見つかれば、まぁそうなるよね。
兵舎に持ち帰ると貰いが少なくなるということで衛兵さんや伝令さんなど集まった人たちで牡丹餅パーティが始まった。
皆、北の大地にいる九州出身者というのも相まって、黒糖牡丹餅はまさに猛毒となった。
最初はね、もうちょっとこっそりと食べてたのよ、でもね里心がでたのか麻生君のお兄さんが始めた示現流談義からもう止まらないのよ。
皆、チェスト関ケ原とか俺にもわからない方言でもうチェストチェストよ。
でもこれで分かった、俺にはジェーンみたいな言葉を理解するチートはない。
薄々気付いてはいたけど、悲しいぜ。
そんな時に誰かが通報したのか、それとも猿叫が過ぎたのか。
大隊長が登場してしまったってわけだ。
「こいつらを引っ立てろ! 衛兵の使命をなんと心得る、重営倉送りは覚悟しておくんだな」
「それだけは! 大隊長殿!」
憲兵隊に連れられ、哀しみに顔を曇らせた彼らを見送ることしかできなかった。
古谷大隊長と呼ばれた男がこちらを振り向き、鋭い眼光を向けた。
「それで、君たちは何者だね」
◇
「なるほど、なるほど?」
俺と麻生君は総隊本部の一室に連れてこられ、軽い尋問を受けた。ありのままを話すと、古谷大隊長の先ほどまでの威厳はどこへやら、なるほど、と繰り返し呟きながら頭を抱えていた。
「つまり、君の持ってきた差し入れの牡丹餅に薩摩のぼっけもんは軍門に下ったわけだ、ばかんごたい」
この人も麻生君たちと同郷なのか。
流石にここで「牡丹餅食べますか」とは言えないな。
「そういうわけでして、原因はこの私にありますので彼らの営倉入りは何とか勘弁願いませんでしょうか」
その言葉にぐわっと顔を上げたと思うと机の上で拳を握りしめ、こめかみに血管が浮き出て顔が真っ赤に染まる。
「……君ね、一介の民人が軍規に意見すること自体が前代未聞ということを自覚するべきだ」
何とか怒りを堪えているのか、発する声は震えている。
隣に座っている麻生君は気迫に中てられたのか顔面蒼白だ。
でも、切っ掛けは俺だから何とか処罰だけは軽くしてあげたいんだけど何とかならんもんかね。
「では、これで失礼する。君達も帰りたまえ、だが君のことは覚えておくからね、わかったね」
すげぇ笑顔だな、何かしたら腰のサーベルで斬られそうだ。全く取り付く島もない、麻生君のお兄さんごめんな。
古谷が立ち上がったタイミングと同じくして部屋のドアがノックされた。
「なんだ、電信係の秋本君じゃないか。これから試験だろう、司令部に行こうと思ってたんだよ」
「古谷大隊長殿、その件で緊急のお話がありまして」
「わかった、とりあえず場所を移そう。部外者もいることだしね」
こちらを憎々し気に一瞥する。
おうおう、長居して悪うございましたね。
「いえ、一刻を争う事態でして……その試験に関することなのです、あと三十分で中央との通信が開始されますが、未だ雑音が酷く通信できないありさまでして」
「何をしているんだ! 一週間前から原因追及を命じていたはずだ。今回の新型通信試験では大臣も参加されるのだぞ。なぜそれをこんな直前になって言うのだね!」
「誠に、誠に申し訳ございません。すべては私の不徳の致すところです、処罰は何なりとお受けいたします」
「そういう問題ではないのだ!」
なんか目の前で揉め始めたな。
謝ってる方は通信技師っぽいけど、話を聞いてる限り現場の責任者って感じだな。
「通信試験ってモールス? それとも無線?」
困る技術者に思わず口を開いてしまった。
古谷大隊長は、また顔が真っ赤だ。
「なにを、黙っていろ貴様……」
「モールスです、一ヶ月前から調子が悪くなり始めて、一週間前からは常に雑音が混じって決まった時間にしか正常に通信ができない状態なのです」
「秋本君! 何を部外者に言っているんだ! これは機密なんだぞ! 日清の功労者と言えど許されんぞ!」
「も、申し訳ございません! 思わず藁にも縋る思いで慌ててしまって」
「ふむ、一か月前からか……それまでは近隣の街との通信は出来ていたのか? 決まった時間というがそれは毎日決まった時間なのか?」
俺が口を開くたびに古谷大隊長がサーベルに手をかける、怖いって。
「ええ、札幌までは正常に通信できていました、札幌から中央までの通信も問題ありません。この一か月、旭川から札幌までの通信線を辿って断線も確認しましたが、どこにも異常は見つけられず。だというのに決まって丑三つ時の三十分程度は回復するのです」
丑三つ時って、幽霊が通信障害起こしてるとか思ってないよな。思ってないよね?
「ふーん、そこまで切り分けできてるなら原因はこの衛戍地にありそうだな。常にノイズが流れてるんなら環境要因から辿って電源、電線系から見直した方がいいんじゃない? じゃ、お邪魔さまでした、麻生君帰るよ」
思わず口を出してしまったが、これ以上は凄い形相で睨んでる古谷大隊長様に本当に斬られかねん、さっさと退散しよう。
席を立ち、ドアに向かおうとすると秋本と呼ばれていた男に立ち塞がれた。
「……そこにいられると、出れないんだけど」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、あなた電信技師じゃないんですか!?」
「一応、機械修理を生業にしてるけどね、ここに居るのは別件だし、大隊長様にはさっさと帰れって言われてるのさ」
秋本と呼ばれた男が俺の腕を掴んで走り出す。
「えっ?」
随分、力強いなこのおっさん。
「古谷大隊長殿! この方をちょっとお借りします!」
「おい! 何を考えている!」
背後から怒号が飛んでくるが、秋本さんは俺を引きずりながら一目散に廊下を駆け抜けていく。
麻生君、助けて。




