29話 懐かしい味と賄賂
小豆を炊く傍ら、藁を束ねたタワシで桶をゴシゴシと黙々と洗う。
今回出した柔らかステーキやなんちゃってスープカレーと肉じゃがは好評だった。
明治時代にどうかなとは思っていたけど、口に合ったようで何よりだ。
ジェーンもマンガ肉にご満悦だったし、俺も組のみんなと齧って食べたら肉盃とか訳わからん事言われた。どこからきたんだよ、盃。
まさか十升炊いた米が足りなくなるとは思わなかったな、凜さんがお代わり五杯目からそっと出してたのは笑ったが。
遠藤さんから西洋料理店を出店しないかと言われたので、やるならレシピを渡すのでプロに頼んだ方がいいと伝えた。だが、本当に始めるなら衛生観念だけは徹底的に指導する話をした。鹿肉なんて扱い次第でエライことになりかねん。
あと、鉄板焼きにしたことで部屋に付いてしまった肉の脂の匂いのことを遠藤さんに謝っておいた。気にしなくてもいいと言ってくれたが、反省して、今度肉を焼くときは外でバーベキューにするとしよう。
「坂井の兄貴、そんな片付けは俺らがやりますんで休んでください」
盛り付け上手な彼が気を使ってくれるが、使ったモノや場所を使う前より綺麗にして返すのは仕事で身についてしまったサガと言ってもいい。
どうにも自分でやらないと気持ちが悪いのだ。
「ありがとう、もう少しで終わるし大丈夫だよ。それにほら、手伝ってくれたみんなに渡す賂いも作ってるしね」
「賂い?」
今日色々と仕入れた店では、海外製の輸入砂糖の人気に押されて黒糖は捨て値ではないが随分と安く売られていた。
北前船が鉄道に圧されて無くなってしまえば北海道で黒糖も易々と手に入らなくなるかも、と思った時にはカゴいっぱいの黒糖を買っていた。
そんなことを思い出しつつ、炊いた餅米を小さく丸めて、鍋からしゃもじで掬い取った餡子で包んだ。
黒糖を入れまくった俺特製ミニ牡丹餅の完成だ、水あめも少し入れたからか小豆がテラテラと輝いているように見える。
笹の葉に乗せて彼に渡すと餅をジッと見つめた後、目をつぶって口に入れた。
「……美味かです、こや地元で食もった味です、ほんのこてうんめ」
おや、イントネーションが変わっていると思っていたが、九州の人だったのか。
九州なら黒糖は身近な味だよな。
「兄貴にも食べさせっやろごちゃっなぁ(食べさせてやりてぇなぁ)」
「兄さんはどこにいるんだい? 東京かい?」
はっ、とこちらを向いて頭を下げた。
「あ、すいません。気にしないでください、懐かしくてつい、ぽろっと国の言葉が出ちまって」
「ん-、いやね、近くにいるなら分けたいのよ。分量間違えて偉い量餡子作っちゃったから。このままだと毎日餡子祭りよ」
こっちに来てからというもの、甘いものを食べていないせいか、欲張って作り過ぎた。日持ちはするだろうがこんなにあっても仕方がない。
「なんですか餡子祭りって。いや、兄貴はここの衛戍に居るんです、軍に入れば飯食えるって。俺は何の取り柄もなくて気づいたら、ここにいましたけど」
「ほう、お兄さんは兵隊さんなんだ。君、取り柄はあったよ、盛り付けのセンスはいいし、作業が的確で早いしね、ただ、玉ねぎ摺り下ろすのは苦手だったけど」
「センス、ですか。よくわかりませんけど褒められてるんですかね、ありがとうございます」
照れて鼻を擦って笑っている。
まだ若いよなぁ、この子。
食うために兵隊かヤクザにならなきゃいけない時代ってのも酷なもんだ。
「お兄さんとは仲悪いのかい?」
「いえ、でも俺がこんな身の上なもんで極力合わないようにしているんです」
そら難儀だな、何とかしてやりたいが、うーむ。
「じゃあ一緒に差し入れしに行くかい? 出発まで大してやることもないし」
「そんな、客人にそんなことさせられませんよ」
「家の前で餅撒きする訳にもいかないからさ、俺を助けると思って、ね?」
まぁ余計なお世話とわかっちゃいるが、弟がいる身としてはこれくらいは叶えてやりたいね。
◇
翌日、遠藤さんに許しを得て、若者改め麻生君と共に衛戍地の衛兵所まで来た。
いつもの通り源さんが後ろでこっそり護衛してくれているけど気にしない。
昔、俺の爺さんが旭川の第七師団に居た頃、親から牡丹餅を差し入れられたが手に渡ったときには一個だけだった、って話を思い出したから予備としてもう、それはすごい量持ってきた。
組の皆に渡してもなお、店を開ける量作って俺は一体何がしたかったんだ。
自分の行動がたまに空恐ろしくなる時があるぜ。
さてさて、こっちを厳しい目で見つめてる衛兵さんに聞いてみるか。
笑顔で話しかけてみよう。
「こんにちは、こちらに麻生由紀夫さんって方はいらっしゃいますか。弟さんが差し入れを持ってきたので、できれば呼び出して頂きたいのですが」
仏頂面のまま、ホームベースみたいな顔をした衛兵さんが顎に手を当てた。
入口に併設された小屋に入り記録表をめくり始めた。
「麻生……麻生由紀夫、ああ、知ってる知ってる、鹿児島出の。奴の居る第二十七連隊なら昨日演習から帰ってきているから、今日は兵舎にいるはずだが差し入れがあるなら預かるよ、私から渡しておこう」
ほーん、本人がいるのに預かるとな。
爺さんの言ってた通りだな、こりゃ。
となれば、ここは物量作戦しかないわな。
「兵隊さん、この子の兄さんが来るまでただ待ってるのも芸がない。今回たんまりいいものを差し入れに持ってきてるんで、どうですか。お茶とこれで御休憩されては」
お重の蓋をずらし、黒光りする牡丹餅を見せると衛兵の喉が鳴った。




