28話 和洋印折衷
夕暮れ時、火鉢に掛けられている大量の牛鍋用の鉄鍋は肉が乗るのを今か今かと待ち構えているようだった。
「煮物も汁物もできたし、米も炊いた、付け合わせもソースも準備OKだ。そろそろメインに取り掛かりますか」
出来上がったものを指さしで確認しつつ、頑張って摺り下ろしてもらった玉ねぎペーストと俺特製の調味液を混ぜ込んだものの中から鹿肉を取り出す。
試しに切れ端を焼き、味見をするとジビエ特有の臭みも無く、仄かなローズマリーの香りが鼻を抜け、玉ねぎの甘みが口に広がる。
やっぱり玉ねぎに漬け込むと肉が柔らかくなっていいな、牛乳も入れたのは正解だった、脂の少ない鹿肉がしっとりしてる。
赤ワインがなかったのは惜しいがソースも出来たし、明日は腕が腱鞘炎になるのを覚悟で頑張りますか。
「源さん、後は肉を焼くだけなんで配膳をお願いします。焼きあがった肉は熱い牛鍋に乗せていきますので、持っていく時に火傷しないよう気を付けてください」
「へい、わかりやした」
膳の皿へ次々に料理が盛り付けられていく、その中でも玉ねぎを摺り下ろして倒れていた奴がやけに手早く盛り付け方も綺麗だ。
「先に遠藤さんや凜さんにお出ししてね、出し終わったら順次君らも食べてくれ、温かいうちに食べないと勿体ないからね」
「え、坂井の兄貴はいいんですかい?」
汁物をお椀によそっていた男が不思議そうに尋ねた。
「いいのいいの、これから俺は肉を焼く修羅となるのよ。源さんは申し訳ないけど付き合ってね、もちろん役得はあるから」
「へい、あっしのことは気にしねぇでくだせぇ、野郎ども! しっかり働け!」
源さんの怒声と共にキビキビと動き始める。
うーん、実に体育会系だねぇ。
◇
遠藤は目の前に出された膳を見て固まった。
会合から帰ってきてみれば家の中には得も言われぬ香りが漂い、聞けば坂井が料理を作っているという。
知識を教えてもらう代わりに少なくはない銭を渡しておいたが、組の下っ端にまで料理を振る舞う為に使うとは思わなかった。
ジェーンが狩ってきた鹿を使ってステーキを焼くと聞き、東京の西洋料理店で食べた皿に乗ったビフテキを思い出した。
高い金を出した割には肉は固く、咀嚼すればするほど野性味が顔を出してくる。
内心、牛肉であれだけ固かったのだから鹿となれば、さぞ顎の運動になるとゲンナリした。
坂井がどんな突飛なものを作るのかには興味があったが、未来の人間と言えど料理人でもない素人の作るものが美味いとは限らないし、不味かったとしても正直に話して坂井の気分を害して拗ねられては目も当てられない。美味かろうが不味かろうが適当に褒めておけばいい、などと思っていた自分の考えは鉄鍋の上で音を立てて霧のように油を弾けさせる、切り分けられた肉の塊を前に消し飛ばされた。
肉の上には茶色い雲のような玉ねぎの擦りおろしが乗っており、付け合わせのからし菜のお浸しのようなものと人参も色鮮やかだ。
配膳をした源が肉のつけ汁について説明をした。坂井曰く醤油とニンニクを合わせたガッツリ系、醤油と大根おろしのあっさり系、そして、最後にこってり照り焼きマヨ?という三種類だという。源にマヨのことを聞いたが、うまく説明できないらしい。
隣を見れば凜が黄色いつけ汁を肉にたっぷり付けて頬張っている、日ごろから健啖ではあるが山盛りの飯が減っていく速度が尋常ではない。
気を取り直して自分の膳に向き合い、まず何もつけずに端の肉を上に乗った玉ねぎと一緒に食べてみると優しい甘さと肉の脂が絡み合い口の中から消えた。
臭みや固さを感じる前に確かにあった肉がふっと、消え去ったのだ。不思議に思い、もう一度口に運ぶと肉が口の中でほどけるように溶け、甘みと肉の旨味だけを口内に残していく。
白米が欲しい。
そこからはつけ汁を次々に試すたびに感動に震え、付け合わせの人参の甘さに驚き、ニンニクの香りに溺れ、脂を洗い流す酒の美味さに息を吐いた。
目の前の鍋から肉が消え、気持ちが少し寂しくなったところで茶色く濁った汁物に手を伸ばせば素揚げされたカボチャやキノコが目に入る。
口に近づければ家中に漂っていた、得も言われぬ香りはこの汁から出ていたのだと確信した。
一口飲み込めば嗅いだことのない芳醇な香りと肉の旨味が爆発した、ジワリと追いかけるように程よい辛さと酸味が食欲を掻き立てる。
素揚げされたことで引き出されたカボチャの甘み、ザクザクと嚙み締めれば深いコクが出てくるキノコ、そして細かく切られた歯ごたえのある肉。
白米が足りない。
お代わりした白米を椀に落とし、汗が目に入るのも構わずがっついた。
なんという行儀の悪い食べ方だ、だが、自分を止められない。
なにか身体に悪いものでも入っていて知らないうちに阿片のような中毒になってしまったのではないかと心配したが、思考も視界も良好だ。
いや、横で箸の残像を出しながら食べる凜が見えるから何らかの中毒で幻覚を見ているのかもしれない。
残った小鉢には芋と肉を煮込んだような目立たない料理が入っている。
腹はほぼ満たされていたが、口に運ぶと醤油と味醂で甘めに味付けられた煮っころがしだった。
ここまで洋風なのかどこの国なのか分からないまま夢中で飯を食べ進めていたが、これはなんとも落ち着く味だ。
味わって食べていると、源から暖かい麦茶が差し出された。
こんなに食事で満たされたのは、久しぶりかもしれない。
「おい、源。この料理、兵隊どもにも売れるな」
「へい、間違いなく」
ちょうど、衛戍の周りにある数件の店を快く譲ってもらったばかりだ。
坂井さんに頼んで大きな洋食店でも建ててみようか。
手下の料理への反応を見ようと周りを見渡せば泣きながら食べていたり、食べ過ぎて廊下に転がっていたりと今まで見たことがないような有様だ。
がやがやと騒がしい方に目を移せば、坂井とジェーンが太い骨付き肉を手に持ち原始人さながらに肉に齧りついていた。
何をしているんだ、あの未来人とアメリカ人は。




