25話 未来の翼と揚羽蝶
「取り乱してしまい、大変申し訳ございませんでした」
妹さんに未だ支えられたまま、遠藤さんが頭を下げた。
こんな酒の場でサラッと言われるとは思っていなかったんだろうな。
「坂井さんも人が悪い、いきなり種明かしをされるなんて」
俺が未来から来たんじゃないかと、自分で散々言ってた割にはまだ心のどこかでは信じきれていなかったみたいだ。
ジェーンの事もあったし、混乱するのもしょうがないかもしれない。
「125年後の日本と仰られましたが、日本はまだあるんですね」
凜さんが小さく手を挙げて、おずおずと尋ねる。
「そりゃ、ありますよ。何故ですか?」
「今、この国がロシアや列強に一度でも敗れれば、属国になってもおかしくはありませんでしょう。ですから、日本からお越しになったとお聞きして安心いたしましたわ」
ああ、明治時代は周りの国に脅されまくってたからな。
そう考えても仕方がないか。というか、凜さん世界情勢に詳しいな。
「日本が戦った最後の戦争から、とりあえず八十年間は平和ですよ、まぁ色々ありますが」
戦争なんて、ないに越したことはないがね。
「そうですか、それはそうと、未来なら人は空を飛んでいるんですか?」
兄貴の方は日本の未来より飛行機か、本当に好きなんだな。
「ええ、毎日乗り合い馬車の如く飛んでますよ。そういう旅客機には多ければ一回に五百人は乗ってるんじゃないかな」
「ご、ごひゃ」
遠藤さんがスケールの大きさに唖然としてしまった。
「戦闘機……戦場で戦う飛行機もビュンビュン飛んでますけどね。あ、そうだ、去年千歳の航空祭を見に行ったときに取った動画があるんで見てみますか」
「動画?」
スマホを取り出してっと、あらもうバッテリーが残り少ないな、後で充電しないと。
スマホの画面には轟音をたてて飛び立つF-15Jや編隊を組んで曲芸飛行をするブルーインパルス、おおよそ飛行機とは思えない挙動をするF-35が次々と映し出された。
誰しもが無言で画面を食い入るように見つめていたが、そのうち、すすり泣く声が聞こえてきた。
横を見れば、感極まったのか遠藤さんがポロポロと涙を流していた。
「本当に飛んでる、人は、空を飛べる……、しかもこんな自由自在に」
「俺も飛行機とか機械関係は好きなんで、大まかな仕組みとかは説明できると思いますよ。細かい説明は難しいですけど。ああ、そういえば広島へ旅行に行ったときの写真もあったっけ」
数年前に友人と行った呉の大和ミュージアムの写真を出した。長年スマホを機種変更してないから写真でパンパンだな、こんな風に役に立つとは思えなかったけど。
スマホをスワイプしたり拡大したりして早速使いこなしている遠藤さんが顔を上げ、画面に映ったゼロ戦を指差した。
「これはいつの飛行機なんですか? 先ほど飛んでいたものと比べると随分と古いように見受けられますけど」
「それこそさっき話した最後の戦争、だいたい八十年前のものです、最新の機体も良いですが戦時中、爺さんが乗ってたこの機体も個人的に思い入れがあるんですよ」
遠藤は驚いたように額に手を当てた。
「今から四十年後にはこれが空を飛んでいるんですね、なんてことだ、坂井さん、人類はいつ初めて空を飛んだんですか?」
「えーと、確かライト兄弟が飛んだのが1903年だったと思うから、二年後ですね」
「二年後……」
また遠藤さんが考え込んでしまう。
その姿にちょっとした、いたずら心が湧いてしまった。
「その前に飛べば世界初ですよ、遠藤さん」と耳元で囁いた。
反応は劇的で身体を震わせ、顔を赤くしたり青くしたりしている。なんか、ごめん。
「ねぇ、これってここにはないの? すごい乗ってみたいんだけど!」
ジェーンも目を爛々と光らせて聞いてくる。
残念ながら無いんだよ、あるのは俺の壊れたハイエースくらいだ。
「あったら良かったんだけどな。そうしたらアメリカまで一日だったよ、全く世界は狭くなったもんだ」
まぁ、良いことだけじゃないがな。
「坂井さん、改めてお願いします。あなたが持つ知識を余すところ無く全て教えていただきたい。こちらとしても協力は惜しみません」
再起動を果たした遠藤さんが姿勢を正して右手を差し出してきたので、しっかりと握り返す。
「助かります。ですが、自分の時代に戻るための手がかりが少なすぎて困ってるんです」
せめてジェーンから聞いた墓みたいな石がどんなものかわかれば良いんだけど。
あ、そうだ。
「ジェーン、お前がこっちにくる前に腰掛けてた石だけど、俺が絵を描くから教えて貰えるか」
「いいけど、絵なんて描けたの、シュウ」
サブカルから離れて久しいが昔は友人の同人誌作りを手伝ったりしたこともあるんだ、一枚絵位なら何とかなるさ。
「ああ、任せろ。」
◇
「あんた、顔に似合わず器用なのね」
大きなお世話だ。
絵師の顔と絵は関係なかろう。
「本当にこんな形だったのか?」
倒れて少し崩れた状態ではあるが、どう見ても石灯籠なんだが。
「そうそう、それで彫られてたのは確かこういうのだったかな」
ジェーンが鉛筆を掴み、ゴリゴリと絵を描き込んでいく。
「なんだこれ、怪獣? 鳥? それとも単純に下手なだけ?」
「撃つわよ」
絵をじっと見ていた凜さんが口を開いた。
「……あの、これって平家の揚羽蝶ではございませんか?」




