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23話 現実と夢

 ひとしきり笑ったあとに、彼女が真剣な眼差しでこちらを見た。


「坂井様が言うところの命の使い方、兄は見失ってしまったのだと思います。少し兄の話を聞いて頂いても宜しいですか」


「それって、あなたの口から聞いても良い話なんですか」


「ええ。お話しておかないと、あなた様はいつの間にか消えているような気が致しますし、何より兄は恥ずかしがって自分から身の上話をすることなどできません」


 勝手に消えはしないけど、同情やお涙ちょうだいで引き留める話なら聞きたくないなぁ。

 俺は酒を注ぎ直し、少しだけ身を引いた。


「別に同情してほしいわけではございませんわ」


 俺の表情で察したのか、凜さんは自嘲気味にほほ笑んだ。

 まったく、兄妹して察しのいいこと。


「兄は、ああ見えて帝大を優秀な成績で出た男なのです。その後、陸軍の技術士官として己の命のすべてを注いでおりました」


「軍の技術士官……」


 ただの機械オタクではなかったのね。

 道理でロジカルな考え方する訳だ。


「ですが、出る杭は打たれるもの。兄を面白く思わない者に目をつけられ、実家が任侠の家系だという出自を暴かれ、軍から追い出されましたの」


「それで、この旭川へ?」


「ええ。情熱を注ぐものを失った兄は腑抜けてしまいました。組は既に長兄が継いでおりましたので、親の差配でこの旭川で新たに一家を構えることとなりました」


 頭がキレて元軍人、親や長兄としてはあまり手元に置いておきたくない札だ。

 うーん、どう考えても体のいい厄介払いだな。


「ですが、腑抜けたとは言え遠藤家の男。家業の才もあったのでしょう、単なる納屋(飯場)の仕切りから始まって、賭場、色街、果ては花街まで」


 自分が望んでない才能があるのも大変だな。

 無い奴からしたら贅沢な悩みだろうがね。


「私も荒事に嫌気がさしておりましたので、これ幸いと目付け役を口実についてきただけに過ぎませんでした。ですが、日就月将とでも言いましょうか、抜け殻のまま望まぬ力をつけていく兄から目が離せなくなっていたんです、終いには何もかも捨ててふらっと、どこかへ消えてしまいそうで」


  凜さんは手元のお猪口に視線を落とし、目を細めた。


「ですが、坂井様。あなたと出会ってからの兄は軍を追われて以来、見たこともないほど生き生きとしておりますのよ」


「そりゃどうも。おかげでこっちは大迷惑だけどな」


「ふふっ、本当に申し訳ございません。ですが、坂井様にも利はあるのではなくて? それならばどうか、うまく使ってやってくださいませ」


「winwinな関係ねぇ」


  俺が苦笑いしながら酒を煽ったその時、ドタドタという足音と共に廊下の障子が勢いよく開いた。


「いやぁ坂井さん! お待たせしました! くだらん雑務は片付けてきましたよ!」


  戻ってきた遠藤は、先ほどまでの落胆した顔が嘘のように、目を爛々と輝かせていた。


 ◇


「遠藤さん、妹さんからあなたのことを色々とお聞きしました」


「ああ、そうですか。実にくだらない話だったでしょう、同情でもしましたか」


「いや、別にそれはどうでもいいんですが」


 俺の本当にどうでもよさそうな顔を見て、遠藤は思わず噴き出した。


「ふっははは! どうでもいいと面と向かって言われたのは初めてですよ」


「遠藤さん、俺はね、あなたが未来の知識を得たとして本当にやりたいことを知りたいだけなんですよ。ご覧の通り腹の探り合いは苦手でして、俺が納得できれば協力するのもやぶさかじゃないですよ、こうやって飯まで食わせてもらってますし」


 横を見ればジェーンが俺の酒を勝手に飲んでいる。

 お前も腹芸は苦手そうだな。


「それ、必要ですか?」


「俺にとっては」


「笑いません?」


「人の本気を嗤う奴は馬に蹴られて豆腐の角に頭ぶつけて死ねばいいと思ってるので」


 一瞬、呆気にとられた遠藤は腕を組んで唸りだした。

 言い繕おうと悩んでいる感じではなく、本当に笑われないか心配しているような顔だが、決心したように口を開いた。


「わかりました! 言いますよ! 私はね、そ、空を飛びたいんです。軍に入ったのだって、その為です。気球なんて目じゃない、自由に大空を飛び回るような飛行機械を作って、ち、地球の果てを見てみたいんですよ!」


 どもりながらも、唾が飛ぶのも構わず顔を真っ赤にして俺の目を見て夢を語って見せた。


 これが嘘なら大した役者だが、そうは見えないな。


「あははははは!」


「あんた、わら、笑わないって言ったじゃないですか!」


「ごめんごめん、笑ったのはあまりにも気持ちのいい答えだったからさ。別に誰かを見返してやりたいとか復讐したいとかって理由でも、あんたが本気なら俺は協力したよ」


「ええ?」


「でも復讐に囚われた奴に大量殺人が出来ちゃうような知識を全部渡すのは危険すぎるだろ?」


 遠藤はハッとしたように息を呑み、初めて俺の顔に『畏れ』に似た表情を浮かべた。

 ああ、俺の持ってる知識でそれが出来てしまうって理解できちゃったんだろうなぁ。


「人が何考えてるかなんてわかりゃ苦労しないよ、でも俺にはあんたが本心で空を飛びたいって願っているように感じたから、思わず笑ったのさ」


 いいじゃない、空を飛ぶ夢。

 それなら俺の中途半端な知識でも頭の良い遠藤さんがブラッシュアップすればなんとか形になるんじゃないか。


「まぁ、本音を聞きたかったのはあくまで俺の自己満足だけどね。でも、これで心置きなく話が出来るよ、その代わり俺の目的にも協力してね」

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