21話 再会と進化
遠藤の履いた下駄の音がカラコロと通りに響く。
俺たちとすれ違う人々は目を合わせないように道の端に寄る。
そりゃあ、こんなのに関わり合いになりたくないよね。
強面でガタイのいい兄ちゃんたちに囲まれながらため息をついた。
面白いのは、警官ですらこちらを見て見ぬ振りをすることだ。
明らかに俺やジェーンの顔を二度見するのに、まるで最初から知らないような顔をして通り過ぎてゆく。無理あるだろ、それ。
「ああ、警官には話を通しておきましたから、もう街を大手振って歩いても大丈夫ですよ。坂井さんはうちの食客ですからね、何かあっては大変だ」
振り返って、何でもないことのように言う。
いつの間に食客扱いになったんだか。
それにしてもどれだけ幅利かせてるんだ、遠藤さん。
「それは助かるが、別の意味で街を歩くのがしんどくなりそうだ。食客っていうなら最初に軒先で仁義でも切って、お手拭きでも渡した方が良かったかい?」
「おや、こちらの流儀をご存じで? もしかして、どこぞの紐付きでしたか」
遠藤の顔に警戒の色が浮かぶ。
「いや、本で読んで知っているぐらいだよ。親も子も持たない男一匹には違いはないけどな」
見たのは本じゃなくて、任侠映画だけどね。
あんな長いセリフをよくもまぁ、舌を噛まずに言えるもんだと感心したよ。
「それって変な挨拶の事よね。挨拶失敗したらボコボコにされるんでしょ?」
ジェーンが遠藤の妹に尋ねる。
そうか、ジェーンは言葉の意味合いも分かるのか。
俺にもそんな能力がついてるのかな、後で試してみよう。
「それは、そう。本来、自分の事をきちんと証明できない人なんて家に上げる訳にはいきませんから」
そう言いつつ、兄を睨みつけていた。
「手厳しいね、なんとも」
さて、玉蔵を巻き込まない為にも、ちょっと細工しておこう。
不審者を家に上げるような人には何かあると思って、仲間がいることを話さないでおいてよかった、ただの勘だったが当たっていたみたいだな。やるじゃん俺。
「ちょっと酒屋に寄っていいかい。一宿一飯の礼じゃないがお手拭き代わりに酒でも渡すよ」
「いえいえ、お気になさらず。何日でも逗留されて宜しいですよ。酒が欲しいなら、家の者に買いに行かせますが」
頭に手をやり、バツの悪そうな表情を作る。
「実のところ俺が飲みたいだけでね。前に飲んだ北口ってとこの酒が美味かったから寄らせてもらうよ、そんな顔しなくても逃げないから大丈夫だよ」
「そうでしたか、北口、北口……ああ、二年くらい前にこの近くに出来た新しい酒蔵ですね」
「遠藤さん、酒は?」
「嫌いじゃありませんが、酒なら妹の方が得意ですね。私は麦茶の方が性にあってまして」
妹さんを見ると口元を手で隠して笑っている。
全く、ヤクザにしては変な兄妹だな。
◇
「いらっしゃいまし……」
そうだよね、いきなり厳つい奴らがぞろぞろ入ってきたらビックリするよね、ごめんね。
「前に飲んだ酒が旨くてね、買いに来たんだ。試飲とかも出来るかな?」
「へ、へい。で、できますとも、へい」
明らかに怯えた表情の従業員が、小走りに奥の樽から升になみなみに入れた酒を差し出した。
「んー、この前飲んだのとちょっと違うかな。ここの息子さんが作った酒って聞いてたんだけど会えるかな?」
「ぼん、あ、いや二代目ですか? 少々お待ちください」
「手間かけるね」
余った酒を俺を囲んでいる男たちに「飲んでみる?」と差し出すと、彼らは升を回し飲みし始めた。
そうして待っていると、すぐに息を切らして仕込み途中の格好をした男が暖簾を潜って現れた。あの時、宿場であった彼だ。
「なんですか、家の酒は……あ!」
周りの気が逸れて見られないように、口に人差し指を立て片目をパチパチと瞑り、アイコンタクトをした。
「いやあ、前に飲んだ酒が忘れられなくてね。少し買いたいと思ってきたんだけど今飲ませてもらったものとは違ったんだ。他の人にも飲んでみてもらいたくてさ」
「あ、ああ、あの酒ですか。まだ研究中ですが、お渡しできるものがありますよ。おい、松吉、倉の棚に「い」の紙が貼ってある瓶を持ってきてくれないか」
「へい、ただいま」
「流石は新進気鋭の酒蔵だね、うう、酒を飲んだら催してきた。便所貸してもらえるかい?」
「ええ、こちらです」
北口さんに便所へ案内されるが、俺の後ろにしっかりと遠藤さんの手下が一人付いてきた。
「着いてくるのはいいけどさ、流石に逃げないよ。二人で仲良く小便でもするか?」
軽口を叩くと鼻を鳴らして便所の前で立ち止まった。
便所に入り、半紙のようなチリ紙にボールペンで玉蔵には自宅に帰るよう伝えてほしいこと、俺がちょっと面倒なことに巻き込まれたこと、落ち着いたらまた顔を出すことを書いて丸めた。
「ふぅ、すっきりした」
店に戻ると木の板が入った少し歪なガラス瓶が用意されていた。
珍しい酒に遠藤さんも食い入るように色々な角度から見つめている。
妹さんもチラチラと見ていて興味津々だ。
すっかり空になった升に注いでみると、あの時飲んだ時よりも琥珀色がしっかりとでている、口当たりも良く、香りも森林を歩いているような爽やかな甘い香りで、何より味が何段にも深みを増して日本酒の嫌な棘がまるでない。
これは北口さんのセンスがずば抜けているのかもしれない。
一口飲み、遠藤さんに渡すと横から妹さんに奪い取られていた。
升を両手で持ち、香りと味に恍惚の顔を浮かべている。なんかエロい。
「うん、前飲んだやつより旨いな。いや、研究熱心な杜氏がいれば安泰だな」
笑いながら北口の肩を叩きながら袖口に丸めた紙を投げ込んだ。
驚いた顔をしながらこちらを見ているが何も言えない。
「これはいくらだい?」
「まだ試作品なので今度感想を教えてくれればお代は結構ですよ」
「そう、じゃあ貰っていくよ。あと最初に飲んだ酒も二合ほど貰える?」
「かしこまりました、ではまたどうぞ御贔屓に」
俺の持っている瓶を穴を開くほど見ている妹さんの視線が怖いけど、何とか玉蔵には連絡ができそうで良かった。
見返してはいるんですが誤字が多いので、もし良かったらこっそり教えて貰えると嬉しいです……




