20話 推理と本心
「ねぇ! この大きなのが本当にお風呂なの?」
目の前の湯気が立ち込めている大きな浴槽に興奮を抑えきれず、横にいる凜を見た。
西部では桶に溜めた濁った水で水浴びをするぐらいで、こんな澄んだ大量のお湯を溜めるなんて贅沢は見たことがなかった。
「ええ、アメリカには銭湯はありませんでしたの?」
「水浴びを一か月に一回でもできればいい方よ。もっぱら体を濡れたタオルで拭いてたわ」
「一か月に一回……」
絶句している凜を尻目に着物を脱ぎ棄て、下着のまま浴槽へ走る。
「ヒャッホゥ! ぐえっ!」
浴槽に足を入れる寸前、背後から伸びてきた帯が鞭のようにジェーンの首に巻き付き、元の場所に引き戻した。
「ゲホッ、ゲホッ! いきなり何するのよ!」
「それはこっちの台詞です。身体も洗わず、下着も着けたまま入るのはいけません」
子どもを叱るような声とは裏腹にやっていることはまるで玄人のカウボーイだ。
首を絞めて引っ張るとか、天国のような風呂を目の前に絞首刑されるのかと思った。
何事かとこちらを見ている人たちを見れば凜の言葉通り、確かにみんな裸だ。
「……人前で裸になるなんて変態なの?」
「ここではそれが当たり前なのです。さぁ、お風呂に入りたければきちんと脱いで、ちゃんと身体を洗ってください」
「えー」
◇
「……俺が未来から来たって?」
顔に吹き出た汗をタオルで拭った。
「ええ、あなたはこの時代の人間ではないと思っています。腕時計の話をしていた時には、ほぼ確信していましたがね」
遠藤さんに俺が未来から来たとバレたからといって、何か変わるわけじゃないとは思うけど、なーんかこの人に余計な知識を与えると危なそうなんだよな、暴走しそうで。
「だとしても、腕時計だけでそう決めつけるのは乱暴なんじゃないのか」
シャンプーとか髭剃りとかも見せちゃったけど、いきなり未来から来たとか言うのはSF小説の読み過ぎだ。いや、実際に未来から来てるし当たってるんだが。
自信に満ちた顔を見せる遠藤も湯で顔を洗う。
「あの時、私が腕時計の価値を分かっていないと言ったのは、それがあなたにとっては当たり前になり過ぎていて気づいていないんじゃないか、ということです」
「え?どゆこと」
「素材や製造番号は、要素の一つでしかありません。他に思い当たりませんか?」
そう問いかけると遠藤は手拭いで包み込むように空気を閉じ込めてから、湯に沈めた。浮き上がってくる空気のあぶくを見てようやく思い当たった。
「あ、気圧防水か」
遠藤がニッと笑った。
確かにあの時計は30気圧防水と書いてあったはずだ、潜水艦も採掘リグもないこの時代に深海の高圧に耐える機能なんて必要ない。
もし、作るとしても必要に迫られて、実験を繰り返してようやく出来上がる代物だ。
そんなオーバースペックな機能が付いているにも関わらず、それが当たり前すぎて気付きもしない俺に、遠藤さんが違和感を覚えたということか。
よくよく侮れない男だな、この人。
「未来から来たというのは少々突飛過ぎましたが、あなたの居た世界は少なくともそれが当たり前だったのでしょう。科学技術もその扱い方も今より五十年、いや百年はすすんでいる世界。私はね、坂井さん」
ズイっと身を寄せてくる、やっぱり距離感がおかしい。
「そんな世界を作りたいんです。もちろん、この手で!」
そういうや否や、勢いよく立ち上がりこぶしを突き上げている。
水しぶきが俺の顔を濡らす、だが同時に頭と心が冷めた。
……残念だな、遠藤さん。
どう考えても、あんたの本心はそこじゃないだろ。
あの時、時計の代金に妹さんを付けるとまで言って俺を取り込もうとした男にしてはな、綺麗すぎるんだよ、言ってることが。
何を企んでいるかは知らないが、君子危うきに近寄らず。
色々と世話にはなったが風呂から上がったら、さっさとお暇しましょうかね。
玉蔵とも合流しないといけないしな。
「ちょっと熱くなりすぎましたね、そろそろ上がりましょうか」
「ええ、俺も少し逆上せたようです」
「あはは、そんな風には見えませんがね、むしろすっきりした顔をしてらっしゃる」
「半月ぶりの風呂でしたからね。すっきりもしますよ」
すぱーん!
浴槽から出て股間をタオルで叩く。
「すっきりしたので、ここを出たあと身を隠そうとされてますね」
遠藤の話と共に浴槽や洗い場から鍛えられた体の男たちが次々に立ち上がりこちらを見る。
いつの間に手配したのやら、どいつもこいつもカラフルなモンモン入れちゃってまぁ。でもまぁ、この前の羆に比べりゃ子犬みたいなもんだな。
「よくわかりましたね、やっぱり人をよく見てる。やっぱり昔の人の方が機微に聡かったのかね。で、俺を拘束しますか? 遠藤さん」
……ジェーンにナイフ持たせればよかったかな。




