18話 妹と角
「ただいまー、兄さん起きてるー?」
遠藤さんと話し込んでいると、からからと引き戸が開く音と共に少し高めの女性の声が廊下に響いた。
「おや、妹が帰ってきたようだ。おーい、こっちに来て挨拶なさい」
パタパタという足音が部屋の前で止まり、障子が開く。
「誰かいらっしゃってるの? 失礼し――」
だが、俺たちの姿を視界に収めた瞬間、彼女はまるで石像のようにピタリと固まり言葉を途切れさせた。
今の俺たちの姿を見れば誰でもそうなる、悲鳴を上げなかっただけ偉い。
片や無精ひげを生やした、泥と砂に塗れた怪しいおっさん。片や火鉢に巻き付いている金髪のカウボーイ姿の女ガンマン。
実際、よくこんな奴らを家に上げたな、遠藤さん。
「こら、お客様に失礼だろう。いやいや、失敬。これが妹の凛です」
「え、ええ。遠藤凛と申します」
頬をひきつらせ、必死に喉の奥から言葉を絞り出してぎこちない笑顔を作っている。
なんだろう、何も悪いことをしていないのに、ものすごく心が痛い。
「沢庵か何かあっただろう、お茶のお代わりと一緒に出してくれないか。で、この構造について教えてほしいんだが」
おい、何事もなかったかのように話の続きをしようとするな。
技術オタクは何時の時代も変わらんな。
「し、少々、お待ちください」
ようやく再起動した妹さんは逃げるように廊下の奥へ消えていった。
「そういえば、遠藤さん。この街で信用できる質屋を教えてもらうことはできますか」
時計の話もいいが、ひとまず旭川に来た資金作りという目的を果たさないとな。
彼は答えの代わりに返ってきた言葉に、一瞬ムッとした顔を浮かべたが、目を細めて顎に手を当てて思案顔になった。
「もしかして、坂井さん、もしかしてだが。この時計を質に入れるつもりですか。そうであるならば貴方はこの時計の価値を全く分かっていない」
あら、雰囲気がガラリと変わったな。
さっきまで目を輝かせて楽し気に話していた目の前の男から、怒気にも似た重い感情が発せられている。
「この時計のケースはチタンと仰いましたね。チタンなど、今の工業技術では精錬すらまともにできないシロモノです。そして、この透き通ったガラスは人工サファイアだと仰った。なるほど、実物を手に取って眺めれば、ただの与太話だと笑い飛ばせないほどの圧倒的な説得力がある。大富豪が趣味で作らせた一点ものと言われれば納得できるかもしれません。ですが――」
遠藤は指先でリューズの脇をかすめ、時計の裏蓋を光に反射させた。
「ここに製造番号まで刻印されているとなれば話は別だ。これは未知の金属や人工結晶を精密に加工し、規格化された量産品でしょう」
うわ、まずった。
この人、ガチの技術畑の人間かよ、ただの機械好きの気さくな兄ちゃんだと思ってたよ。
しれっと裏のシリアルナンバーまで確認していたのか。
「この際、あなた方がどこからこれを手に入れたかなどはお聞きしません。拾ったり盗んだ人では先ほどの質問には答えられないですからね。ですが質に入れて二束三文を得るよりも、この私に適正な価格で売りませんか?」
質問する振りをして俺と時計を値踏みしてたのか、やっぱり細目の男は腹黒いな。
いや、質問はかなり本気で知的好奇心が勝っていた感じがするが。
「……それはいかほどで?」
「ズバリ100円でどうでしょう!」
目の前に人差し指を立ててドヤ顔をしている。
「100円か……」
村長から貰ったのが2円で、時計を売れば100円か。
なんとなくこの時代の金銭感覚がわかってきたが、2円でも大金だったのにポンと100円を提示してくるこの男は何者だ。
「ふふふ、100円はちょっと少なかったですね。では300円でどうでしょう! このような奇跡の品物は価値をわかる人間にこそ必要なんです、いかがです?!」
思い悩んでいると勝手に値段を上げてきたぞ、遠藤さん。
それにしても腹黒いくせして駆け引きが下手すぎる、流石にいきなり3倍に跳ね上がるのはおかしいだろ。
面白いからもうちょっと悩む振りしてみるか。
「うーん、確かにチタンも人工サファイアも……自動巻き機構も搭載されているからな……」
「ううぅ! で、では1000円でどうでしょう! 今ならウチの妹も付けますよ! 今年で二十三とかなりギリギリですが、まだ何とかなります! 本当にギリギリですが!」
あまりの必死さにちょっと不憫に思えてきた。さっきの冷静な腹黒さはどこに行ったんだ。
それにしても最初の10倍かよ。というか後ろで震えながらお盆の角を振りかざしている妹さんに気付けよ。
角は死ぬぞ。角は。




