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16話 旭川到着とかくれんぼ

 陽が昇り切らない旭川の街。

 前日に雨が降ったのか、水たまりが多い裏路地を無我夢中で走り、見つけた板塀の穴から泥水が服を汚すのも構わず這って入り込んだ。

 湿った土と草の臭いを感じながら塀の影に身を隠して、必死になって息を殺すと何人もの足音がすぐそばで止まった。


「あいつらはどこに行った!」


「こちらには来ていません!」


「何としても探し出せ!」


「はっ!」


 塀の外からはガチャガチャと金具の擦れる音と共に、彼らの足音が次第に遠ざかっていく。

 人の気配を感じなくなってから、俺はようやく大きく息を吐いた。


「シュウ、なにアイツら。シェリフ?」


「シェリフみたいなもんだ、たぶんあの格好は警官だろうな」


 ズレたカウボーイハットを直し、手に持ったままだった拳銃をホルスターに仕舞っている彼女に言う。

 警官に追いかけられる原因が分かっているだけに頭を抱えた。


 ◇


 ようやく旭川に到着した俺たちは、炭をいつもの店へ卸に行くという玉蔵と別れて街をぶらりと散策していた。

 早朝ということもあって人通りも少なく、街全体に霧もかかっていたのでジェーンの目立つ服装にもあまり気を使わなくて済むと安心していた。

 どこか適当な服屋で外套でも見繕って、上から被せてしまえば少しはマシになるだろうとも。


 そうして、俺の時代とは全く異なる旭川の風景を目の当たりにして一瞬気を逸らしたのが悪かった。


 パァン!


 隣から突如聞こえた銃声に驚き振り返ると、逃げる鹿と銃を構えたジェーンが「外れた!」と悔しそうな声をあげた。


「お前、いきなり何撃ってんだ!」


「鹿が居たのよ、もう豆はたくさん。お肉が食べたいわ」


 拳銃のキャップ(外付け雷管)を爪で取り除きながら悪びれずに笑った。


「ここがどこだかわかってんのか! もう街の中なんだぞ! そんなところで銃なんて撃ったら……」


 腰にサーベルを下げ、青い制服を着た男たちがこちらに走ってくる。


「貴様ら! そこで何をしている!」


 ほーら、きちゃった。

 明治になってもお巡りさんは優秀だ。


「ジェーン、逃げるぞ!」


「えー、なんでよ!」


「捕まったら豚箱にぶち込まれるぞ!」


 豚箱という言葉を聞いた途端、血相を変えて俺を置いて走り出した。

 こいつ薄情すぎる。


 そんな逃避行を続けて何とか隠れたはいいものの、これからどうやって警官の目を掻い潜りつつ街を歩くかを考えた。

 俺にはこの時代に戸籍がないし、ジェーンに至っては50年前のアメリカ人だ。

 今、捕まったら言い逃れが難しすぎる。


「なぁ、ジェーン。約束してほしいことがあるんだが」


「何よ、約束って」


 寒さで身を丸く縮めていた彼女がこちらを向いた。


「いらないトラブルは身を滅ぼす、美味い肉を食わせてやるから街ではできるだけ銃を抜かないでくれないか」


「シュウ、あんた親父と同じこというんだ。つまらない人生ね」


「同じことって……トラブルのほうか、それとも街で銃を撃つなってほうか」


「両方よ。でもまぁ、わかったわ。できるだけそうするわよ。その代わりおいしいステーキを期待してる」


 両方かよ。こいつの親父さんも苦労したんだろうな。


「助かるよ」


 さて、警官たちがこの付近から完全に離れるまでもう少し隠れているとしよう。

 ちょうどいい機会だ、気になったことでも聞いてみるか。


「そういえばジェーンは俺の言葉はわかるんだよな。英語で話してるつもりはないんだけど」


「ええ、日本語? ってやつは聞いたことも習ったこともないわ。でもシュウやタマの言葉は分かる」


「玉蔵の会津弁もわかるのか。じゃあ今からいう言葉も分かるか? ボンジョルノ、ニイハオ、アッサラームアライクム」


「こんにちはって言ってるでしょ。全部同じに聞こえるけど」


「マジか、じゃあ、『エモト、エガニダモンデ、イッペヤリデェナ』は?」


「『芋とイカを煮たもので一杯やりたいな』でしょ? ちょっと南部訛りに聞こえるけど」


 すげぇ、俺の田舎(道南)の方言までわかるのかよ。

 でも待てよ。


「アメリカでイカって食べないだろ、なんでわかったんだ?」


「言葉を聞いたら、なんとなく頭に浮かんだのよ、シュウはあんなのよく食べるわね」


 うえーっと舌を出している彼女は何でもないように言っているが、見たことも聞いたこともないものが理解できるなんて、この時代に飛ばされた時に身についたものだとしか思えない。


 俺たちが小声で話していると目の前の民家の引き戸がギシギシと音を立てて開かれ、髪がぼさぼさで眠たそうな顔をした着物の若い男と目が合ってしまった。


 咄嗟にジェーンが銃を抜こうとしたので手で押しとどめた。

 言ったそばからコイツ……トリガーハッピーなのかよ。

 それにしても住人に見つかったのはヤバい、早くここを出て身を隠せるところを見つけないと。


 男とお互いに見つめ合うこと、数瞬。


「どちら様かは存じ上げませんが、そんな場所ではお身体が冷えるでしょう。こちらで火鉢にでもあたりませんか」


 そう言うと、こちらを手招きした。

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