15話 ハロー、マイケル
未来に来た証明ねぇ?
正直なところジェーンの時代から50年経っていると納得させるのは難しいなぁ。俺の工具や拾った新聞なんて見せても絶対納得しないだろうし、どうせ作り物だろうと言われるのがオチだ。
未来に起きることを話してみても、そんなの妄想なら誰でも語れると一蹴されるに決まっている。
そもそも俺そんなにアメリカの歴史とか詳しくないし。
「うーん、考えてみたんだけど説明難しいわ」
「じゃあ、何。未来人を騙る頭のおかしい奴らに縛られた上、耳元で腐った豆を食べられるイヤらしい儀式をされて、悪魔にでも捧げられるのか」
「そう言われると、完全には否定できないかもしれない」
俺の言葉に口をポカーンと開けたと思うと、彼女は縛られたままでギシギシと体を揺らし、椅子ごと床に倒れ込んだ。床に顔をつけたまま上目遣いでこちらを睨みつけている。
何とか抜け出そうと床でグネグネともがく彼女の前に、ポケットから取り出しておいたスマホを置いた。いきなり目の前に出された得体の知れない薄型の黒い板に、彼女はぴたりと動きを止めた。
「なんだ、この鏡みたいなの」
『ポゥ!』
突如、大音量で暗い小屋の中に流れ出す軽快なポップミュージック。キラキラと光を放つ液晶画面の中では、偉大なキング・オブ・ポップが画面狭しと滑らかなステップを踏み、キレッキレのダンスを踊りまくっている。
「な、ななんだ!? 写真が動いて、人が中で踊ってる!?」
「ええ!? 坂井さん、なんだべ!? もっとよう見してくんちぇ!」
床に倒れているジェーンの顔の横に、自分も顔を擦り付けるようにして画面に見入る玉蔵。
過去の人たちにも大人気だよ、ありがとうマイケル。
動画ダウンロードしといてよかった。
「はぁー、すっげぇー」
「聞いたこともない音楽に見たこともない風景、これは何なんだ」
縛られたままなのにリズムに合わせて体を揺らしている、ラテン系?
スマホを手元に戻すと二人の「あぁ……」と名残惜しそうにため息が漏れた。
その床に転がった姿をすかさずムービーアプリで撮影する。
「お前ら、芋虫みたいだな」
「誰が芋虫だ!」
ほい、保存っと。
「ほら、これが今のお前だ」
「これ俺か?いや、嘘だろ、おい」
画面の中のジェーンが『誰が芋虫だ!』と叫んだ。
愕然とする彼らの姿を見て、これで納得してもらえたと手ごたえを感じたのでスマホを仕舞った、バッテリーがもったいない。
「もっと見してくんちぇ!」と煩い玉蔵には今度また見せると言って引きはがした。これ太陽出てないと充電できないのよ。
「……確かにそんなものは俺の周りにない、動く写真も音楽も見たことも聞いたこともない。今はみんなそんなものを持っているのか」
「俺、持ってねぇけんど」
「そりゃそうだ。俺2026年から来たんだし」
「ん? あ?」
玉蔵が指を折り曲げながら、何やら必死に計算を始めた。
「2026年っていつだ? えーっとこの娘っ子が50年前から来て、今が1901年っていってだな、んで坂井さんが2026年……。2026年!?あんだぁ、本当に未来から来たんけ」
「今から大体125年後だな、ジェーンの時代からは175年後くらいだな。国が違うけど」
改めてジェーンの方を見ると、理解の限界量を超えてしまったのか、口から垂れた涎を拭うこともせず、虚ろな目で天井を見つめてボソボソと独り言を言っていた。
「あは、あは、きっとこのまま実家の牛みたいに内臓だけくり抜かれて死ぬんだ、私。ああ、神よ、なぜこんな仕打ちを」
その牛の話も凄く気になるけど、ジェーンを正気に戻さないと話が進まない。
玉蔵も固まってないでジェーン起こすの手伝ってくれ。
◇
ジェーンの縄を解き、興奮する玉蔵に酒を一杯飲ませて、ようやく小屋の中に静けさが戻ってきた。
「えっと、落ち着いたところで改めて自己紹介だな、俺は坂井修一。なんだかよくわからないが過去に飛ばされた一般人だ」
「そごが一番信じられね、うそっこきでねの」
嘘ついてないよ、残念ながら、ただのおじさんだよ。
「で、俺を睨んでいるのが今の時代を生きる俺の恩人の息子、玉蔵だ。そういえば苗字って何だっけ?」
「はぁー!?今まで知らなかっだのがい、池本だ、池本玉蔵だぁ」
正直すまなかった。
なかなか聞く機会がなくてずるずると後回しにしてたら聞きづらくなったんだ。
「で、私があんたから見て遠い遠い昔の人間ってわけね、急に歳取ったみたいで嫌になるわ」
椅子の上で膝を抱え、ブスっと不機嫌そうにふくれっ面をしたジェーンがそっぽを向いた。
「話し方変わった? さっきまで俺って言ってなかったっけ」
「舐められないように警戒してたの、こっちが素よ。まだ頭の中ぐちゃぐちゃ。ねぇ、私にも酒頂戴、酒」
催促するようにすっと手を差し出してくる彼女に、俺は寝酒用に持ち歩いていたスキットルを手渡した。アメリカ人に最初から日本酒は口に合わないかもしれないという、俺の偏見で中身はウィスキーだ。
鈍く光るスキットルを見るとキラキラとした目で「かっこいい……」とポツリと漏らした。やらんぞ。
彼女は蓋を開けると躊躇なく一気飲みしやがった!ほんま、こいつ。
「っぱー、なにこれ、うまっ! 最初っから、これ渡されてたらあんたの言うことなんでも聞いてたよ、あはは」
色々悩んでスマホ出したのに、ウィスキーに負けるのなんか納得いかないなぁ。




