13話 過去から来た女
「さっさと起きなよ、チャイニーズ」
長い金髪を手で払うと、傾きかけた夕日を受けて燃えるような色に染まる。手に持った拳銃をくるりと一回転させ、慣れた手つきで腰のホルスターに収める姿は、正直、様になっていた。
ムカつく。射撃が下手なくせに、なんでそんなドヤ顔できるんだ。
「チャイニーズじゃない、日本人だ」
起き上がりながら服についた砂を払い落とす。
「日本? なんだそれ」
「じゃあ、なんで日本語を話せるんだよ?」
「日本語? 俺はそんなもの知らないね」
流暢な日本語を話しているのに嘘をつくな。
しかし、なんでこんな山奥の道にカウボーイスタイルの外国人がいるんだ。
明治時代にしたって不審者すぎるだろ、その恰好。
睨みつけると、女は両手を広げて肩をすくめ、芝居がかった仕草で軽く首を振った。いちいちポーズが癪に障るなコイツ、ステレオタイプなアメリカ人すぎる。
「それでぇ、グリズリーに襲われていた君たちを助けた俺に、礼を言わなくてもいいのかい?」
帽子のつばを弄りながら、ねっとりとこっちを見つめる女になんとなく寒気がした。
コイツとあんまり関わり合いにならない方が良さそうだな、トラブルの匂いがプンプンする。
「アー、アリガトウゴザイマシター、デハ、コレデ」
よしさっさと行くぞ、玉蔵。
わけわからんコスプレ女は見なかったことにしよう。
「待ちたまえ、君」
「まだ何か……」
振り向くと先ほど仕舞ったはずの銃は俺に向けられていた。
「有り金全部おいて行ってもらおうか、そしてここはどこかも教えてもらえると助かるね」
「はぁ!?」
「カリフォルニアへの山越えで道に迷ってね。愛馬ともはぐれてしまって、どうしようかと思っていたら君たちの声が聞こえてね。私も神の子だ、グリズリーに襲われそうな君たちを見捨てられなくてね」
いや、ウィンクされても向けられてる銃口が台無しにしているんだが。
「その神の子が助けた奴から強盗かよ、世も末だな。カリフォルニアとか世迷いごと言ってないで家に帰った方がいいんじゃないのか、お嬢さん」
パァン!
「いってぇ! マジかお前! なんで一日に二回も銃で撃たれるんだよ!」
弾は腕を削り、地面にめり込んだ。腕から伝う生温かい感触に、心臓が痛いくらい早鐘を打つ。本当にコイツ、狙った場所に撃ってるのか。狙ってないとしたら、もっと怖いんだが。
「俺のことをお嬢さんなどと二度と言うな、今のは警告だ。答えてもらおう、ここはどこだ」
「ここは伊香牛だべ、もう少しで旭川だべ」
俺の代わりに玉蔵が答えた。
「いかうし? あさひかわ? どこだ、そこは。なんだ、俺を騙そうとしているのか」
声が震え、持っている銃もカタカタと鳴っている。
これはヤバい。
「なぁ、あんた。あんたは誰で、どこから来たんだ。教えてくれよ」
刺激しないように、できるだけゆっくりと話かけた。
「ふー」と細く長い息を吐き出し、女は少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
「俺はジェーン、ジェーン・バリモア。4月にインディペンデンスを出てようやくフォート・ララミーに着いたところだ」
インディペンデンスもフォート・ララミーもアメリカ大陸だ、北海道じゃない。
やっぱり頭のおかしい奴なのか。
いや、でも何か引っかかるな、待てよ……
「それは何年の4月だった?」
「そんなの今年、1851年に決まってるだろ、なにを言っている」
ペリーが黒船で日本に来る前かよ。
まさか、俺とは逆に過去から未来に飛ばされてきたっていうのか?
なんで北海道にいるかは知らないが。
「じゃあぁ、ちゃんと答えてもらおうか。嘘をつくならその額に穴を作っちまうぜ!」
とにかく落ち着かせなきゃな。
流石に一日に三回は撃たれたくない。
「いいか、落ち着けジェーン。俺はお前を騙すつもりはない。だが、落ち着いて周りを見ろ、ここはアメリカじゃない。あんたは知らないかもしれないが、海を越えたところにある日本って国だ。そして今は1851年じゃない……1901年だ」
「……なるほど、なるほど」
何度も反芻するように頷き、俺を睨みつけると銃口を俺の頭に向けた。
「君はどうやら自殺したいらしいね、よくわかった」
「わかってねぇじゃねーか!」
さっきにも増してぶるぶると震える手。
もうこれはやられる前にやるしかないか?
「じゃあサヨナラだ、嘘つき君……!?」
俺に向かってトリガーを引く刹那、衝撃とともにジェーンが前のめりに倒れた。
「なんてぇ、あぶねぇ娘っ子だ」
いつの間にか後ろに回り込んだ玉蔵がジェーンの頭を棒で殴ったようだ。
右手に持った棒でジェーンの体をつついた後、足で手に持っていた銃を蹴り飛ばした。
「はー、玉蔵ナイス! 最高だよお前」
体の力が抜け、しゃがみ込んだ。
何とか日に三回撃たれるのは回避できたみたいだ。
安心したら思い出したかのように、撃たれた腕がジンジンと痛みだした。
「いてて」
「ナイスが何だがわがんねぇけんど、ほれ、怪我見せてくんちぇ」




