落ちこぼれとエリート
真っ二つに両断された硬質ダミー標的と、その奥の防護壁に深く刻まれた太刀筋。
あまりの光景に、第三訓練場は水を打ったような静寂に包まれていた。
「……そ、測定、不能……」
教師が震える声でタブレットに結果を入力する。
ダミー標的の破壊は、学園の歴史上でも数えるほどしか例がない。
それを魔法すら使わずに、しかも装甲を持たない旧式のドールが、瞬きする間の一振りでやってのけたのだ。
「終わったぞ、桜花。戻ろうか」
「はい、マスター。やはり手応えがなさすぎましたね。次はもっと硬いものを斬らせてください」
涼しい顔で刀を帯に収める桜花を連れて、俺は元の列へと歩き出す。
さっきまで俺を嘲笑っていた同級生たちは、まるで猛獣を恐れるようにサッと道を開けた。
だが、その中で一人だけ、微動だにせず俺を睨みつけている男がいた。
「……おい、落ちこぼれ」
低く、苛立ちを含んだ声。
声をかけてきたのは、ドール学科でクラストップの成績を誇るエリート生徒、剣崎翔だった。
彼の傍らには、重装甲と大出力バーニアを備えた最新鋭の第五世代ドール『獅子王』が、威圧感を放ちながら控えている。
剣崎は入学当初から、魔力ゼロの俺を「学科の恥」「さっさと自主退学しろ」と事あるごとに見下し、暴言を吐き続けてきた男だ。
「動かない的を斬ったくらいで、最強のドールマスターにでもなったつもりか?」
剣崎は忌々しそうに舌打ちをすると、隣にいる取り巻きの生徒たちに向かって吐き捨てるように言った。
「アイツ……生意気だな。たまたま切れ味のいい骨董品の刀を手に入れたからって、自分が偉くなったとでも勘違いしてるらしい」
「そ、そうですよ剣崎さん! あんなの、武器の性能に頼ってるだけで、ドール自体の出力じゃないっすよ!」
取り巻きたちが必死に同調する。
彼らにとって、魔力を持たない底辺の俺が脚光を浴びること自体が、許しがたい不快な出来事なのだ。
剣崎は腕を組み、嘲笑うように俺を見下ろした。
「魔力ゼロのゴミがドールを動かしているのは確かに異常だが……所詮は小手先のトリックだろ。
実戦になれば、そんな紙装甲のポンコツなんて、俺の獅子王の火力で一瞬でスクラップだ」
「……トリックじゃないさ。それに、桜花はポンコツなんかじゃない。歴とした俺の相棒だ」
俺が静かに言い返すと、剣崎の顔にさらに深い不快感が刻まれた。
「底辺の分際で、俺に口答えする気か? 本当に生意気な野郎だ」
「――マスター」
不穏な空気を察知したのか、桜花がスッと俺の前に出た。
彼女のルビーのような深紅の瞳が、剣崎とその背後にいる最新鋭ドールを氷のように冷たく見据える。
「この無礼な小童、叩き斬ってもよろしいでしょうか? 我が主に対する度重なる暴言、万死に値します。後ろの図体ばかり大きい鉄屑ごと、塵に変えて差し上げますが」
「だ、だから学校で物騒なこと言うなって! 頼むから刀の柄から手を離してくれ!」
本気で首を落としかねない桜花を、俺は慌てて必死に宥めた。
「チッ……ドールまで飼い主に似て生意気とはな。狂犬の躾もできないのか」
桜花の殺気に一瞬だけ顔を強張らせた剣崎だったが、すぐに鼻で笑って背を向けた。
「フン……まあいい。来月には、学園内のランクを決める『選抜模擬戦』がある。
もしお前がそこまで勝ち上がってきたら、俺の獅子王で完全に破壊してやる。
せいぜいそれまで、その骨董品と一緒に調子に乗っているんだな」
そう言い残し、剣崎は取り巻きたちを引き連れて訓練場を去っていった。
「……マスター。なぜ斬らせてくださらなかったのですか? あの程度の相手、クレープ一口分のエネルギーも使いませんのに」
不満そうに頬を膨らませる桜花に、俺は苦笑しながら彼女の銀髪をそっと撫でた。
「いいんだよ。あんな奴のために、お前が問題を起こす必要はない。それに……」
俺は、去っていく剣崎の背中を見つめながら口角を上げた。
「模擬戦という大舞台で、誰もが認める形で完膚なきまでに叩き潰した方が……アイツらも二度とデカい口を叩けなくなるだろ?」
俺の言葉の意図を理解したのか、桜花はパァッと顔を輝かせた。
「なるほど! さすがマスター、素晴らしい悪辣さです! 衆人環視の中で徹底的に絶望を与え、プライドをへし折るのですね!」
「いや、人聞きが悪いから悪辣って言うな」
何はともあれ、目標は決まった。
来月の選抜模擬戦。
ずっと底辺として踏み躙られてきた俺が、学園のトップに君臨するエリートを引き摺り下ろし、真のドールマスターとしての名を轟かせる日だ。




