一閃
翌日、俺は桜花を連れて探索者協会へと足を運んだ。
ドールは全て協会によって厳重に管理されており、稼働させるには正式な登録手続きが必須だった。
さっそく受付へと向かい手続きを進めようとしたが、魔力測定用の魔導具に手を触れた瞬間、受付の職員は困り果てたような顔をした。
「申し訳ありません。月島様の魔力値は『ゼロ』と診断されております。
ドールの登録は、マスターからの魔力供給が可能であることが最低条件ですので……登録はお受けできません」
「そこをなんとかお願いできませんか? こいつは俺の魔力がなくても動くんです!」
「現在起動しているのも、何かの手違いか、古い回路に溜まっていた残留魔力による偶然の可能性が高いかと。特例は認められません」
食い下がる俺の背後から、不意に鼻で笑う声が聞こえた。
「おいおい、受付のお姉さんを困らせるなよ、落ちこぼれ君」
振り返ると、いかにも高価そうな装備に身を包んだ同年代の男が立っていた。
胸元には、協会が期待の新人へ贈るという銀のバッジが光っている。
同じ学校のやつだ。
名前はたしか、折原だったか。
「魔力ゼロのゴミがドールマスターになれるわけないだろ。そんな旧式のガラクタ、とっとと粗大ゴミに出してこいよ」
露骨な侮辱だった。
だが、魔力ゼロを馬鹿にされるのにはすっかり慣れっこだった。
俺はいつものことだと愛想笑いを浮かべ、適当に聞き流そうとした。
「はは、まあそう言うなよ。こいつは……」
「……無礼な」
俺の言葉を遮ったのは、隣に立つ桜花だった。
彼女はルビーのような深紅の瞳で、折原を冷たく射抜いていた。
「我がマスターを愚弄することは万死に値します。
その減らず口、二度と叩けぬようにしてあげましょうか」
「なんだと……? マスターに似て生意気なドールだな! おい翡翠、そいつを黙らせろ!」
折原が怒号を上げると、彼の背後に控えていた翡翠色の流線型装甲を持つドールが瞬時に動き出した。
鋭い拳が桜花の顔面へと迫る。
だが、桜花はふわりと羽のように身を翻し、その一撃を軽々と躱してのけたのだ。
一触即発の空気が流れたその時。
「騒々しいな。何事だね」
奥の部屋から、初老の男が姿を現した。
受付から事情を聞いた男は、興味深そうに俺と桜花、そして折原を交互に見比べた。
「ふむ……月島君と言ったね。よろしい。
支部長権限で、君のそのドールが折原君のドールを倒すことができたら、特別に登録を許可してあげよう」
絶望的な状況からの予想外の提案に、俺は思わず顔を綻ばせた。
しかし、折原はあからさまに不満顔だった。
「納得いきませんよ支部長! そもそも魔力無しの落ちこぼれなんかに俺が負けるわけないし、実力もこっちが圧倒的に上なのに、なんでこんな真似を!」
「なんだ、折原君。君ほどの期待の新人でも、手違いで動いているだけの旧式ドールに負けるのが怖いのかね?」
支部長の言葉は、明らかな発破だった。
プライドを刺激された折原は顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。
「……っ! いいぜ、その勝負受けてやる。
お前のガラクタ、木端微塵に破壊して廃棄処分にしてやるよ!」
♦︎
場所は変わり、協会の地下にある訓練エリア。
頑丈な結界が張られたステージの上で、俺と折原は対峙していた。
折原の前には、洗練された戦闘的フォルムを持つドール、翡翠が立っている。
俺の前には、白鞘の刀を抱えた和装の桜花だ。
「光栄に思えよ。俺の翡翠は、第五世代の中でも指折りのスペックを持つ最高級機だ。お前なんか手も足も出ずに終わるぜ」
勝ち誇ったように笑う折原を見据えながら、俺は桜花に小声で尋ねた。
「なあ桜花、大丈夫か? 厳しいなら俺があいつに頭下げて謝るから、壊れるのだけは勘弁してくれよ」
俺の魔力なしで動いているとはいえ、相手は最新鋭の戦闘用ドールだ。
俺は桜花が傷つく姿は見たくなかった。
しかし、桜花は微塵も揺るがない笑顔を浮かべた。
「安心してください、マスター。私は刀しか使えませんが、あの程度のドールなど余裕ですよ」
その頼もしい言葉と共に、試合開始の合図が鳴り響いた。
「やっちまえ、翡翠!」
折原の指示と同時に、翡翠が地を蹴った。
凄まじいスピードで距離を詰め、無駄のない洗練された連撃を繰り出してきた。
しかし。
桜花はまるで舞を踊るかのように、そのすべての打撃を紙一重で躱し続けた。
当たらない、掠りもしない。
「なっ……!?」
折原が驚愕に目を見開いた。
(なんだあの動き!? 明らかに旧式の装甲もないガラクタのはずなのに、なんで翡翠の攻撃が当たらない!?)
内心の焦りが、折原の顔にありありと浮かんでいた。
「ちぃっ! 肉弾戦はやめだ、下がって魔法で吹き飛ばせ!」
折原の指示を受け、翡翠は大きく後方に跳躍した。そして両手に魔力を収束させ、高火力の魔法を乱れ撃ちにしてくる。
轟音と共に爆発がステージを包み込む。
だが、煙が晴れた後には、着物の裾ひとつ焦がしていない桜花の姿があった。
魔法の軌道すら完全に見切り、歩くような自然な動作で回避していたのだ。
初めてのドールバトル。目まぐるしい攻防を前に、俺は何を指示すればいいのかまったく分からずに突っ立っていた。
そんな俺を振り返り、桜花は凛とした声で尋ねてきた。
「マスター。あのドール、斬ってもよろしいでしょうか?」
その声で、俺はハッと我に返った。
そうだ、俺はこいつのマスターなんだ。
「――ああ、頼む!」
俺の許可が下りた瞬間。
チャキ……と、静かな音が響いた。
桜花が初めて、白鞘から刀を抜いたのだ。
刀身が煌めいたかと思うと、桜花の姿がブレた。
ズバァァァンッ!!
鼓膜を劈くような金属の破断音が響き渡り、翡翠の両腕と両脚が、無惨にも宙を舞っていた。
切られた翡翠は、バランスを崩してドスンドスンと床に転がり、そのまま完全に沈黙した。
ただの一閃。
桜花が刀を振るった数瞬の出来事だった。
「…………は?」
静まり返る訓練エリアに、折原の間の抜けた声だけが落ちる。
あまりの光景に絶句していた支部長が、ようやく震える声で告げた。
「し、勝敗決した……! 月島君の勝ちだ!」




