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魔力ゼロのドールマスター  作者: 仁科異邦


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始動

よろしくお願いします。


「――月島! またしても魔力計の針がピクリとも動いていないぞ!」


「おかしいな…先生、毎朝ちゃんと牛乳を飲んでカルシウムをとっているのですが…。

今日こそはいけると思ったんですよね」


「ドールの起動にカルシウムは関係ない! いいから早く席に戻れ!」


教師の呆れたような声が響き渡ると同時に、訓練場はドッと明るい笑い声に包まれた。


「おいおい龍牙、また汎用ドールに振られたのかよ」

「E級作業用ドールにすらガン無視されるって、逆にある意味すげえ才能だったな!」


「やかましい! 今はまだツン期なだけだ! そのうち俺の熱意にほだされて、デレデレで起動するに決まっている!」


からかってくる同級生たちに、俺――月島龍牙つきしまりゅうがは胸を張って言い返した。


 二百年前。

 地球外から突如として飛来した未知の存在ドール、そして世界各地に口を開けた《ダンジョン》。


 人類は滅亡の危機に瀕したが、ドールというオーバーテクノロジーの遺産を解析・利用することで、魔物に対抗する術を得た。


 人類が自身の内に秘めた『魔力』をドールに供給することで、彼らは無敵の兵器として起動し、人類の盾にして剣となったのだ。


 そして現代。

 ドールは兵器としてだけでなく、社会インフラにまで完全に溶け込んでいた。


 建築、医療、そして当然ながらダンジョン探索。ドールと共に生き、共に戦うのが当たり前の時代である。


 ドール自体も人類の手によって進化を続け、第一世代から始まり、現在では第五世代、第六世代と呼ばれる最新鋭機が開発されている。


 世代を重ねるごとに、その出力、演算能力、戦闘力は数段、いや数十段も跳ね上がっていった。

 強力なドールを操る《ドールマスター》は、現代における絶対的なエリートであり、スターだ。


 俺もまた、幼い頃からテレビの向こうで華麗に戦うドールマスターに憧れた。

 自分もいつか、あんな風にダンジョンの最前線で戦いたいと。


 血を吐くような努力で筆記試験を突破し、国内でも有数の育成機関であるこの学園のドール学科に潜り込んだ。


 だが、現実は残酷だった。

 ドールを起動させるための絶対条件、それは『魔力』である。


 才能の大小はあれど、現代人のほぼ百パーセントが魔力を有している。

 だからこそ、日用品に近い汎用ドールであれば誰でも動かすことができる。


 だが、ドール学科に在籍する俺はただ一人、ドールへ魔力供給が出来ない『魔力ゼロ』の落ちこぼれだった。


 殆ど魔力を使わない汎用ドールですら起動できない落ちこぼれとして、笑われる日々を送っていた。

「まぁ動かせないなら、最高の整備士メカニックになってやるさ」


♦︎


放課後。

いつものように前向きな決意を胸に帰宅した俺は、ジャージに着替えて庭の奥にある古い納屋へと向かう。

先日亡くなった祖父の遺品整理をするためだ。


生前、ドールの歴史研究家だった祖父は、よく分からないガラクタを大量に集めていたのだ。

ふと、祖父が遺言のように残した言葉を思い出した。


『龍牙よ。納屋の地下には、男のロマンを隠しておいた。お前が立派なドールバカに育ったら、譲ってやろう』


「男のロマンねえ……どうせまた、変なアンティーク部品とかだろうけど」

ホコリまみれになりながらガラクタをどかしていくと、部屋の最奥、分厚い絨毯の下に隠し扉のようなものを発見した。


ワクワクしながら重い鉄の扉を開け、地下へと続く石造りの階段を降りていった。

そこは、地上の汚い納屋とはまるで違う、無機質で清潔な秘密基地のような空間だった。


そして、部屋の中央には――巨大なガラス張りのカプセルが鎮座していたのだ。

「うおっ……!? なんだこれ、コールドスリープの装置か!?」


慌てて駆け寄り、曇ったガラス越しに中を覗き込んだ。

そこに眠っていたのは、一体の『少女』だった。

関節部分に見える精緻な球体関節と、透き通るような白い肌。


特筆すべきは、その装いだった。

現代のメカニカルで装甲重視のドールとは対極にある、艶やかな桜の意匠が施された豪奢な和装。


そして彼女の細い腕には、身の丈ほどもある白鞘の『刀』がしっかりと抱き抱えられていた。


「すげえ……! 初期のアンティークドールじゃん! 装甲も付いてないし、第一世代よりも前のプロトタイプか!? じいちゃん、こんな国宝級のお宝を隠してたのかよ!」


俺のオタク魂が完全に火を噴いた。

見れば見るほど、現代のドールとは違う芸術的な造形美に心を奪われた。


たまらずカプセルの開閉パネルに手を伸ばすと、プシュゥゥゥ……という排気音と共に、あっさりとハッチが開いた。


「うはー、近くで見るとさらにヤバいな。造形が神がかっている……」

うっとりしながら、そっと彼女の滑らかな頬に触れた。


だか俺の魔力ゼロの体では、彼女を目覚めさせることなどできるはずがなかった。

ただの観賞用として、毎日拝むことにしよう、そう思った次の瞬間だった。


ピリッ……!

「うわっ!?」

触れた指先から強い静電気が走り、俺は思わず尻餅をついた。


直後、地下室全体にゴォォォ……という重低音の駆動音が響き渡った。

「え……?」

カプセルの中の彼女の胸元から、淡い桜色の光が漏れ出していた。


それは脈打つように強さを増し、和装の下、全身の回路へとゆっくりと広がっていった。

途方もない時間を経て、止まっていた心臓が再び鼓動を始めたかのようだった。


やがて、長い睫毛が微かに震え、宝石のルビーのような深紅の瞳が、ゆっくりと見開かれた。

『――Lio xea, arne velsia... tiz...』


鈴を転がすような、しかし聞き馴染みのない神秘的な言語が室内に響き渡った。

それは現代のどの言語とも違う、呪文のような響きだった。


少女は俺の姿を捉えると、ほんの少しだけ小首を傾げた。

『――Zel... Language analyze... Translation mode, active.』


『――音声言語を【日本語】へ最適化。……おはようございます。

あなたが、私を起こしてくれたのですか?』


流暢な現代の日本語へと切り替わると同時に、銀髪の和装ドールは白鞘の刀を携えたまま、ゆっくりと身を起こした。


「う、動いた!? いや、喋った……!?」

腰を抜かしたままパニックになる俺を見て、彼女はカプセルから優雅な足取りで降り立った。


衣擦れの音を響かせながら俺の目の前まで歩み寄ると、その深紅の瞳で俺をじっと見つめ込んできた。


『はい。あなたが…私の新しいマスターですか?』

「ま、待ってくれ! 俺は魔力が完全にゼロなんだぞ!? 汎用ドールすら動かせないのに、なんで起動したんだ!?」


俺が叫ぶと、彼女は俺の顔にぐっと近づいてきた。

桜のようないい香りが鼻をくすぐる。

彼女は俺の胸元にそっと手を当て、何かを探るように目を閉じた。


『……ふふっ。本当ですね。見事なまでに魔力が空っぽです。すっからかんですね』

「う、うるさいな! 初対面でいきなり痛いところを突かないでくれ!」


『ふふっ……。ですが、安心してください、マスター』

彼女は袖で口元を隠しながら、悪戯っぽく微笑んだ。


そして、一歩下がって刀を腰に帯びると、自信満々に胸を張ったのだ。

『私は《自立稼働型・永久機関搭載モデル》です。

外部からの魔力供給なんていう、非効率なエネルギーに頼るポンコツとは出来が違います。

私自身が無限のエネルギー源を生み出す、特異個体イレギュラーですから』


「……マジで?」

『本当ですよ。二百年ぶりの目覚めですが、コンディションは最高です』

えっへん、とドヤ顔を決めるアンティークドール。


ぽんこつどころか、現代の常識を根底からぶっ壊すようなトンデモ性能だった。

彼女は姿勢を正し、俺に向かって恭しく一礼をした。


『私の名前は桜花。零世代ゼロ・ジェネレーション、プロトタイプ・コード00と申します。

さあマスター、指示を。これから二人で、どんなワクワクする冒険を始めましょうか?』


「お、おお……最高にワクワクしてきたぜ!」

落ちこぼれのドールバカと、魔力を必要としない規格外の和装アンティークドール。


誰も予想すらしない、二人の新たな物語が、今ここから始まろうとしていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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