桜花の実力
その宣言が響き渡ると同時、折原は膝から崩れ落ちた。
「嘘だろ……俺の、何千万もした翡翠が……一撃で……?」
「だから言っただろう。壊れるのだけは勘弁してくれって」
俺はため息をつきながら、白鞘に刀を納める桜花へと歩み寄った。
「桜花、怪我はないか?」
「ふふっ、愚問ですよマスター。あのような図体ばかり大きくて動きの鈍いポンコツ、私の着物の裾を揺らすことすらできません」
涼しい顔で微笑む桜花。その堂々とした姿に、俺は改めて規格外のバケモノを呼び覚ましてしまったのだと実感した。
「し、支部長! こんなのありえない! 魔力ゼロの落ちこぼれが、俺に勝てるわけが……!」
「見苦しいぞ、折原君! 勝負は勝負だ。
それに、あの見事な太刀筋……あれは紛れもなく本物の実力だ」
支部長の鶴の一声で、折原は完全に言葉を失った。悔しそうに顔を歪めると、翡翠を抱え上げ、逃げるように訓練エリアから去っていった。
「さて、月島君」
支部長は興奮冷めやらぬ様子で、俺と桜花に歩み寄ってきた。
「君のドールの実力、しかと見せてもらった。
魔力ゼロでどうやって稼働しているのかは謎だが……探索者協会としては、実力のあるマスターを歓迎しない理由はない」
「それじゃあ……!」
「ああ。約束通り、君をドールマスターとして正式に登録しよう」
こうして俺は、魔力ゼロという前代未聞のステータスでありながら、念願の『ドールマスターライセンス』を手に入れたのだった。
探索者協会を出た俺たちは、その足でさっそく最寄りのダンジョンへと向かっていた。
「マスター、これが現代の《ダンジョン》ですか? 二百年前の、あの禍々しい大穴と同じものだとは到底思えませんね」
桜花が興味津々に周囲を見回しながら尋ねてきた。
「ああ。今は安全のために、低ランクのダンジョンはこうして完全に整備されているんだ」
俺たちがやってきたのは、初心者向けに指定されている『Fランク・地下迷宮』だった。
入り口はまるで近代的な地下鉄の駅のようで、電子改札機のようなゲートにライセンスカードをかざして入場する仕組みになっていた。
周囲には、ドールを連れた他のマスターたちの姿もちらほらと見える。
「へえ、ずいぶんと小綺麗に管理されているのですね。昔はもっと、血と泥に塗れた命懸けの場所だったのですが」
「俺は助かるよ。なにせ初陣だからな」
ゲートを抜け、エレベーターで地下へと降りる。
扉が開くと、そこはゴツゴツとした岩肌が剥き出しの、薄暗い洞窟の空間が広がっていた。
現代の技術で整備されているとはいえ、一歩踏み込めばそこは魔物が生息する異界だった。
「マスター、前方に微弱な魔力反応があります。
……あれが現在の魔物ですか?」
桜花が指差した先。洞窟の角から、青色のゼリー状の生物――スライムが三匹、ぽよんぽよんと跳ねながら姿を現した。
「スライムだ。Fランクダンジョンの代表的な魔物だな。……いけるか、桜花?」
「愚問ですよ、マスター。見ていてください」
桜花はカチャリと刀の鯉口を切り、ゆったりとした足取りでスライムたちへと近づいていく。
スライムたちは侵入者である桜花に気づくと、体当たりをしようと一斉に飛びかかってきた。
「危ないっ!」
俺が思わず叫んだ瞬間。
桜花の姿がフッと掻き消えた。
いや、あまりにも滑らかな動きで、スライムの群れの真っ只中をすり抜けたのだ。
チャキ……と、再び刀が鞘に納まる静かな音が響いた。
次の瞬間。
空中に飛び上がっていた三匹のスライムは、綺麗な真四角のキューブ状に細断され、パシャァッ!と音を立てて弾け飛んだ。
後に残ったのは、小さな魔石が三個だけだった。
「……えっ?」
俺は自分の目を疑った。
スライムは最弱の魔物だが、物理攻撃には強い耐性がある。通常はドールに魔法を使わせるか、核となる魔石を正確に砕かなければ倒せないはずだった。
それを、ただの斬撃で、しかも三匹同時に一瞬で細切れにするなんて。
「ふむ……少し斬り心地が軽すぎましたね。準備運動にもなりません」
桜花は退屈そうに肩をすくめ、落ちた魔石を拾い上げて俺に手渡してきた。
「いや、桜花……お前、今のどうやったんだ? スライムは物理攻撃が効きにくいんじゃ……」
「物理法則など、私の刃の前では些末な問題です。私は刃に独自のエネルギーを纏わせることで、対象の結合を直接断ち切ることができますから」
「……それ、物理攻撃の域を超えてないか?」
「私は永久機関搭載の特異個体ですから、これくらいは朝飯前ですよ」
えっへん、と再びドヤ顔を見せる桜花。
魔力ゼロの俺と、魔力を必要とせず、物理法則すら無視する規格外のドール。
これなら、上位のダンジョンでも、エリートマスターたち相手でも、余裕で無双できるのではないだろうか。
俺の胸の中に、これまでにない高揚感が湧き上がってきた。
「すごいぞ桜花! この調子でガンガン狩っていこう!」
「はい、マスター! あなたの望むままに、このダンジョンを更地にして差し上げましょう!」
「いや更地にはしなくていいから!」
俺たちは笑い合いながら、さらにダンジョンの奥へと足を進めていった。
長年笑い者にされてきた落ちこぼれの俺が、世界に名を轟かせる第一歩。
俺たちの快進撃は、まだ始まったばかりだった。




