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王都博覧会への招待

 招待状は、妙に豪華な箱に入って届いた。


「嫌な予感しかしないわ」

「同感だ」

 レオンハルトが箱の金具を見下ろす。

 私は慎重に封を切り、中の羊皮紙を広げた。王都ルミエルで開かれる第一回王国博覧会。各地の産品、技術、制度改革の成果を一堂に集める催しであり、灰冠城グレイヴォールにも出展を願いたい――とある。


「断れますか」

 ユリアが真顔で言う。

「断ると余計に目立つわね」

 フェリクスが肩をすくめた。


 博覧会そのものは悪くない。むしろ各地が立ち直りつつある今、成果を共有する場は必要だ。問題は、王都が灰冠城を『珍しい辺境の成功例』として飾りたがる可能性が高いことだった。


「見世物にされる気はない」

 レオンハルトが低く言う。

「同じく。でも、利用はできるわ」


 私たちはその場で条件を書き出した。

 一つ、灰冠城からの出展は物品だけでなく制度と記録を含むこと。

 一つ、診療、教育、備蓄、工房運営の担当者も同行すること。

 一つ、王都側の演出ではなく、灰冠城自身の言葉で説明すること。


「ずいぶん強気だな」

 フェリクスが笑う。

「だって本当に見せたいのは、飾りじゃないもの」

 私は答えた。

 修復魔法そのものではなく、それが町の暮らしをどう変えたか。鍋一つ、水路一本、帳簿一冊がどう繋がっているか。そこまで伝わらなければ意味がない。


 ニナは鍛冶具の選定を始め、クララは保存食の試作品を焼き、セシリアは診療記録を整理し、ミレイユは星殿改革との連携図を作り始めた。食堂はたちまち作戦会議室になる。


『移動計画の再計算が必要です』

 ハクが忙しなく走り回る。

「あなたまで行く気?」

『灰冠城代表補助機構として当然です』


 箱を閉じるころには、もう後戻りできない空気になっていた。


 王都へ戻るのは、もう怖くない。

 かつて追われるように去った場所へ、今度は自分の足で、成果と仲間を連れて入る。

 それは断罪された令嬢の帰還ではない。

 灰冠城が、灰冠城として名を名乗りに行く旅の始まりだった。


 その夜、私は診療室や温室、帳場をつなぐ静かな廊下でしばらく足を止めた。薬草と土と紙の匂いが混ざり、物を直す場所だった城が、人を育て、送り出す場所へ変わっているのを感じさせた。賑やかな場面や大きな会話が終わったあとほど、磨かれた床に跳ね返る靴音や、紙の擦れる硬い音のような小さなものが妙にはっきり見えてくる。私はそういうときほど、わざと手を止めず、呼吸だけを落ち着かせるようにしている。


 私は今日増えた記録や依頼札を見返し、仕事が自分の手の内だけに収まらなくなってきたことを、少し誇らしく受け止めた。誰かが湯を置いていく音や、廊下を通り過ぎる足音が遠くに混じるたび、今日一日がまだ完全には終わっていないのだと分かる。大きな出来事は一度で形を変えるけれど、暮らしの方はそのあともずっと、遅れて追いついてくる。


 人を育て、役割を渡し、外へ送り出す段階に入ると、修復はもう私一人の技術ではなくなる。その変化が少し寂しくて、同時にどうしようもなく嬉しかった。 王都にいた頃の私は、結果の名前ばかりを気にしていた。勝ったか、負けたか、選ばれたか、外されたか。でも今は、その一段手前にある『明日も回るかどうか』の方がよほど重い。今日の判断が誰か一人を楽にし、その余力がまた別の仕事へ回るなら、それだけで十分に意味がある。


 私が今見ているのは、磨かれた床に跳ね返る靴音や、紙の擦れる硬い音のような、誰かが見落としても不思議ではない細部ばかりだ。けれど実際に町や城を支えるのは、いつもそういう小さな部品の方だった。派手な奇跡より先に、綻びを見つけて、記録して、次の人が迷わず触れる形へ直しておくこと。そういう地味な手順が積み重なって、ようやく暮らしは丈夫になる。


 きっと明日になれば、また別の形をした不足が見つかる。次に向き合うのは、壊れていることすら当然になっていた城そのものだ。だから最初の一手が、きっと大事になる。。それでも今は、次に何を直すべきかを考えること自体が、前へ進んでいる証拠だと知っていた。 私は最後に手元の小さな綻びだけ直し、明日に回すべきものを帳面へ書きつけてから、ようやく灯りの方へ歩き出した。

読んでくださってありがとうございます。今回はここで一区切りです。次話は『灰冠、王都へ行く』になります。よろしければ評価やブックマークで応援いただけると嬉しいです。

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