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星殿からの留学生

 王都の新しい星殿から、留学生が来ると聞いたとき、私は紅茶を危うくこぼしかけた。


「留学生?」

「はい」ミレイユが頷く。「祈りだけでなく、生活を支える技術を学びたい人たちです。灰冠城でなら、それを教えられるでしょうと」

「ずいぶんと評価されたものね」

「事実ですもの」


 やって来たのは三人だった。

 祈祷書を抱えた真面目そうな少女、帳面と定規を持つ青年、そして何にでも首を突っ込む小柄な少年。共通しているのは、王都育ちらしい綺麗な靴と、北辺の風に対する認識の甘さだ。


 一時間後には全員、外套の留め方をユリアに叱られていた。


 留学の目的は明快だった。祝福や祈りを神殿の中だけで終わらせず、町の水路、診療、教育、備蓄にどう繋げるか。ミレイユが作ろうとしている新しい星殿は、その実例を必要としている。


「つまり見学だけでは駄目ということね」

 私は工房の前で腕を組んだ。

「灰冠城では、働く人だけが本当の仕組みを学べるわ」

 三人はそろって背筋を伸ばす。


 少女のアリシアは診療室でセシリアにつき、青年のルークは帳場でフェリクスにしごかれ、少年のノエルは工房へ回した。ノエルは最初こそ落ち着きがなかったが、部品箱の整理をさせると異様に正確だった。


「これ、形は違うけど同じ年代の金具でしょう」

「どうして分かったの」

「削り跡が似てます」

 私は思わずレオンハルトと顔を見合わせた。

 才能は思わぬところに落ちている。


 夜の食堂で、留学生たちはくたくたの顔をしていた。

「祈りより先に、掃除と運搬と記録が必要だなんて思いませんでした」

 アリシアが呟く。

「生活って、案外泥くさいでしょう」

 ミレイユが笑う。

「でも、その泥の上にしか祝福は積めないの」


 その言葉に、三人は静かに頷いた。


 王都と北辺は遠い。

 けれど、遠いままでいない方法はある。

 こうして人が行き来し、学びを持ち帰るなら、修復は一つの城だけで終わらない。

 それが少し誇らしかった。


 片づけが一段落してから、私は自然と診療室や温室、帳場をつなぐ静かな廊下へ足を向けていた。薬草と土と紙の匂いが混ざり、物を直す場所だった城が、人を育て、送り出す場所へ変わっているのを感じさせた。何かが大きく動いた日ほど、あとから見つかるのはいつも窓に映る星明かりや硝子の冷たい反射のような細部だ。けれど経験上、そういう小さな見落としの方が、放っておくと案外長く尾を引く。


 私は今日増えた記録や依頼札を見返し、仕事が自分の手の内だけに収まらなくなってきたことを、少し誇らしく受け止めた。手を動かしていると、不思議と頭の中の順番も整っていく。誰に何を伝えるべきか、どこまでを今日のうちに済ませるべきか、何を明日の自分や別の誰かへ渡すべきか。考えるべきことは多いのに、以前ほど一人で抱え込む焦りは強くなかった。


 人を育て、役割を渡し、外へ送り出す段階に入ると、修復はもう私一人の技術ではなくなる。その変化が少し寂しくて、同時にどうしようもなく嬉しかった。 私はようやく、強さとは全部を背負えることではなく、綻びを早く見つけて、正しい相手と分け合えることなのだと理解しつつある。だから今日の出来事も、感情だけで終わらせず、記録と手順と小さな改善へ落とし込んでおきたいと思った。


 私が今見ているのは、窓に映る星明かりや硝子の冷たい反射のような、誰かが見落としても不思議ではない細部ばかりだ。けれど実際に町や城を支えるのは、いつもそういう小さな部品の方だった。派手な奇跡より先に、綻びを見つけて、記録して、次の人が迷わず触れる形へ直しておくこと。そういう地味な手順が積み重なって、ようやく暮らしは丈夫になる。


 きっと明日になれば、また別の形をした不足が見つかる。今度は内側で積んだ成果を、王都の真ん中でどう見せるかが問われる。。それでも今は、次に何を直すべきかを考えること自体が、前へ進んでいる証拠だと知っていた。 終わったはずの一日が、そうして少しだけ明日へ食い込んでいく。その感覚を嫌だと思わなくなったことが、たぶん今の私の一番大きな変化だった。

読んでくださってありがとうございます。続きは『王都博覧会への招待』です。次話もよろしくお願いします。

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