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灰冠、王都へ行く

第八部です。王都での再会や決着も増えていく章になります。

 灰冠城グレイヴォールから王都ルミエルへの道は、昔よりずっと短く感じられた。


 もちろん距離が縮んだわけではない。橋を直し、宿場を整え、街道の危険箇所に目印を立てた結果、道の質が変わったのだ。荷車の揺れは減り、馬の息も乱れにくい。修復という仕事は、出発して初めて成果が分かることがある。


「前は三日目には全員無口だったのにね」

 荷車の中で帳面をめくりながら私が言うと、クララが笑った。

「今は元気にうるさいよ」

「誰のこと」

「だいたい全員」


 同行者は多い。レオンハルト、ミレイユ、フェリクス、ニナ、クララ、セシリア、トーマ、留学生のアリシアとルーク、それにハク。まるで小さな隊商だ。王都から見れば賑やかすぎる一団だろうが、灰冠城として出る以上、暮らしを支える顔ぶれこそ必要だった。


 途中の宿場では、以前見覚えのある壊れた井戸がまだ使われていた。

「直したまま残ってる」

 トーマが驚く。

「直したものは、次に使われてこそ意味があるの」

 私は井戸の縁に触れて確かめる。小さな補修跡はあるが、十分に保っていた。


 旅の最終日、王都の城壁が見えたとき、胸の奥がわずかに強張った。

 ここから追われるように去った夜を、私は忘れていない。断罪の声、嘲笑、凍った大広間の空気。それでも今は、あのときとは違う。


「顔色が悪い」

 隣でレオンハルトが言う。

「少しだけ、昔を思い出したの」

「なら確認しておけ。お前は帰ってきたんじゃない」

「ええ」

「乗り込むんだ」


 言い方が物騒だが、妙に落ち着いた。

 そうだ。私は王都に赦しを乞いに来たのではない。成果を持って、対等に話をしに来たのだ。


 城門をくぐると、人々の視線がこちらへ集まる。辺境伯一行への好奇心。灰色の外套。荷車に積まれた工具や記録箱。王都らしい磨かれた石畳の上で、私たちは少しだけ場違いに見えたかもしれない。

 けれど、それでいい。


「灰冠城、到着です」

 ユリアが小さく告げた。


 私は頷き、深く息を吸った。

 過去を持たないふりはしない。

 けれど、その過去だけで今の私たちを測らせるつもりもなかった。


 少し時間を置いてから、私は王都で借りた宿舎の机か、博覧会会場の裏手へ戻った。靴音の絶えない石畳と、遅くまで灯りの消えない会場の気配が、王都らしい忙しなさをまとわりつかせていた。忙しい一日のあとで同じ場所を見直すと、昼には見えなかった細部が浮かび上がる。磨かれた床に跳ね返る靴音や、紙の擦れる硬い音のような些細な手触りが、その日の出来事を思いがけない形で思い出させることもある。


 私は配布資料や記録板の端を揃えながら、見せたいのは奇跡ではなく、暮らしを支える仕組みなのだと自分へ何度も言い聞かせた。こういう時間は誰に褒められるわけでもないし、すぐに成果になるわけでもない。それでも、誰も見ていないときに少しだけ整えておいた段取りが、翌朝の空気を驚くほど軽くする。そのことを知ってから、私は一日の終わりを前より丁寧に扱うようになった。


 王都で評価されること自体は目的ではない。それでも、辺境で積んだものが仕組みとして通用すると証明できるなら、過去に奪われた言葉を静かに取り返せる気がした。 たぶん修復という仕事の本質は、壊れたものを元へ戻すことだけではない。壊れたあとにどう扱うか、同じ綻びを次にどう防ぐか、そしてその手順を誰かと共有できる形へ残すことまで含めて、ようやく再建と呼べるのだと思う。


 私が今見ているのは、磨かれた床に跳ね返る靴音や、紙の擦れる硬い音のような、誰かが見落としても不思議ではない細部ばかりだ。けれど実際に町や城を支えるのは、いつもそういう小さな部品の方だった。派手な奇跡より先に、綻びを見つけて、記録して、次の人が迷わず触れる形へ直しておくこと。そういう地味な手順が積み重なって、ようやく暮らしは丈夫になる。


 きっと明日になれば、また別の形をした不足が見つかる。今度は内側で積んだ成果を、王都の真ん中でどう見せるかが問われる。。それでも今は、次に何を直すべきかを考えること自体が、前へ進んでいる証拠だと知っていた。 そう考えると、今日起きたことはもう過去ではなく、明日の仕組みの一部になり始めている。私はその手触りを確かめるように指先を拭い、静かに戸を閉めた。

お読みいただきありがとうございます。続きは『王都博覧会、一日目』になります。よろしければ次話もお付き合いください。

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