再断罪の法廷
正式審理は、王城の白の間で行われた。
星灯祭の大広間よりは狭い。けれど、ここでの言葉は祝宴のざわめきに紛れない分だけ重い。上座にはルドルフ王、その傍らに書記官たち。左右に王都貴族、星殿関係者、そして私の父オズヴァルト・エーデルフェルト公爵。カイル殿下は以前より痩せて見えたが、目だけはやけに鋭かった。
私はレオンハルトと並び、正面へ立つ。継ぎ目の紋章入り留め具をつけた外套は、思っていた以上に視線を集めた。
「まずは婚約破棄に伴う一連の混乱について」
書記官が口上を述べる。続いて父が一歩進み出た。
「我が娘リディアは、星灯祭の夜に精神的混乱をきたし、辺境へ無断で移動いたしました。灰冠城における一連の行動も、善意であっても法的には未整理であり――」
「善意ではなく管理行為です」
私は父の言葉を遮った。
場がざわめく。父は露骨に顔をしかめた。
「王の御前で口を挟むか」
「事実関係の補正です。私は母イリス・グレイヴェルの契約書写しを所持し、灰冠城の旧相続地における仮管理を開始しました。水塔、共同挽き場、修復工房、交易路仮復旧、黒霧防衛の記録、すべて書面で提出済みです」
ニコが夜を徹してまとめた帳簿の写しが、書記官の机に積まれている。王はすでに何頁か目を通していたらしく、指先で軽く叩いた。
「数字は揃っているな」
「はい、陛下」
私は頭を下げる。
「娘の戯れではなく、現地の実務です」
父が冷たく笑った。
「しかし、星灯祭における不正と聖女候補への加害は別問題」
「その件については、私が証言します」
前へ出たのはミレイユだった。会場がざわつく。彼女は少し青ざめていたが、声は震えながらも途切れなかった。
「リディア様から嫌がらせを受けたことは、一度もありません。鍵をかけられたのも、持ち物に細工をされたのも、リディア様ではありません」
「何を根拠に――」
大神官セルヴァンが口を開きかける。
「これです」
私は机上へ白銀の徽章と髪飾り、そして修復した鏡を置いた。
「聖女候補の持ち物に仕込まれていた増幅呪印。ミレイユ様の祈りを不安定化させ、破損や暴発を引き起こす構造です」
「馬鹿な!」
星殿側が一斉に色めき立つ。私は構わず続けた。
「さらにこの鏡には、母イリス・グレイヴェルと先代辺境伯の記録が残っていました。灰冠城を切り捨てる危険性と、黒霧の再来について警告する内容です」
「古い記録の真偽など――」
「ならば、黒霧の実戦記録と照合してください」
レオンハルトが一歩前へ出た。
「灰冠城はつい先日、黒霧の襲撃を受けた。被害、討伐数、灯りと給水の重要性、すべて報告済みだ」
「辺境伯が一令嬢を庇っているだけでは?」
カイル殿下がようやく口を開いた。声に苛立ちが混じる。
「リディアは昔から理屈だけは得意だった。人心を操るのも」
「操る?」
私はカイル殿下を見た。
「殿下。あの夜、私が何をしたとお思いですか」
「ミレイユを貶め、聖女の任命を奪おうとした」
「では、落下した星硝子からミレイユ様を庇ったのは?」
「……」
「私が黙って舞台を降りたのは?」
「それは――」
「台本が違ったから、困りましたか」
場が凍った。
王が初めて、はっきりと顔を上げる。
私は一度だけ深く呼吸し、壁画の写しを提出した。
「灰冠城と王都結界は対です。片方を切れば片方も割れる。審理の本題は、婚約破棄ではなくそこにあるはずです」
沈黙の中で、ルドルフ王の表情だけがゆっくり変わっていく。
審理は、ようやく核心へ触れ始めた。
少し時間を置いてから、私は王都ルミエルで与えられた客間の窓辺へ戻った。磨きすぎた床と香の残り香、遠くの馬車の音。どれも懐かしいのに、もう自分のものではない距離でそこにあった。忙しい一日のあとで同じ場所を見直すと、昼には見えなかった細部が浮かび上がる。磨かれた床に跳ね返る靴音や、紙の擦れる硬い音のような些細な手触りが、その日の出来事を思いがけない形で思い出させることもある。
私は窓枠へ指を置き、王都にいた頃なら見逃していた小さな傷や歪みを、今ははっきり見つけられる自分を少し不思議に思った。こういう時間は誰に褒められるわけでもないし、すぐに成果になるわけでもない。それでも、誰も見ていないときに少しだけ整えておいた段取りが、翌朝の空気を驚くほど軽くする。そのことを知ってから、私は一日の終わりを前より丁寧に扱うようになった。
王都へ戻ることは、過去へ引き戻されることと似ているようで、実際には違った。今の私は、誰かに価値を決めてもらうためでなく、自分の積み上げを持って立つためにそこへいる。 たぶん修復という仕事の本質は、壊れたものを元へ戻すことだけではない。壊れたあとにどう扱うか、同じ綻びを次にどう防ぐか、そしてその手順を誰かと共有できる形へ残すことまで含めて、ようやく再建と呼べるのだと思う。
私が今見ているのは、磨かれた床に跳ね返る靴音や、紙の擦れる硬い音のような、誰かが見落としても不思議ではない細部ばかりだ。けれど実際に町や城を支えるのは、いつもそういう小さな部品の方だった。派手な奇跡より先に、綻びを見つけて、記録して、次の人が迷わず触れる形へ直しておくこと。そういう地味な手順が積み重なって、ようやく暮らしは丈夫になる。
きっと明日になれば、また別の形をした不足が見つかる。平穏が形になった直後ほど、それを奪うものは濃く近づいてくる。。それでも今は、次に何を直すべきかを考えること自体が、前へ進んでいる証拠だと知っていた。 そう考えると、今日起きたことはもう過去ではなく、明日の仕組みの一部になり始めている。私はその手触りを確かめるように指先を拭い、静かに戸を閉めた。
ここまでありがとうございます。次話『王都に溢れる黒霧』も楽しんでいただけましたら嬉しいです。更新の励みになりますので、よろしければ評価やブックマークで応援いただけると助かります。




