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地下封鍵庫への扉

 地下への入口は、思ったよりあっさり見つかった。


 正確には、ハクに見つけられた。


『こちらです』


 銀色の尾を立てて歩くハクの後ろを、私たちは城の北棟へ向かった。今は物置と化している古い回廊の突き当たり。壁際には壊れた甲冑や折れた槍が積まれ、その陰に半分崩れた祭壇のようなものがある。誰が見ても行き止まりだと思う場所だ。


 だが、ハクは迷いなく祭壇の前で止まった。


『封鍵区画、第一補助扉。物理擬装を確認』

「擬装、ね」


 私は石の台座に触れた。ひびだらけで、ただの粗末な祭壇にしか見えない。けれど手を当てると、表面の傷とは別の層がある。作られた粗さ。隠すための継ぎ目。


「リディア」

 レオンハルトが一歩前へ出る。

「危険かもしれない」

「危険でない地下施設なんて、むしろ不気味です」


 そう返すと、彼は半ば呆れた顔をした。


「最近、お前の物差しが分からなくなってきた」

「修復師は壊れたものと秘密に弱いんです」

「自覚はあるんだな」

「あります」


 私は銀の鍵を取り出し、台座中央の紋章へ近づけた。すると石の継ぎ目が淡く光り、鍵穴が浮かび上がる。ぴたりと鍵がはまり、静かな音とともに壁面の一部が奥へ滑った。


 冷たい空気が流れ出す。


 階段だ。細く、長い、下へ続く石階段。


「行きますか」

「行くしかないな」


 イザークが護衛を二人選び、レオンハルトが先頭に立つ。私はそのすぐ後ろ、ミレイユとハクが続いた。階段は思った以上に深く、壁にはところどころ古い灯具が残っている。ハクが近づくたび、いくつかが青白く点灯した。


「便利……」

『標準機能です』

「自慢げね」

『事実です』


 地下の通路は乾いていた。長く封じられていたのに、湿気が少ない。つまり換気機構がどこかで生きている。壁面には古い刻印があり、その多くが母の鏡に映っていた継ぎ目の紋章と同じものだった。


「王家の星紋じゃないんですね」

 ミレイユが小声で言う。

「ええ。もっと古い系統かもしれない」


 やがて階段が終わり、広い石室へ出た。中央に円形の台座、その周囲に三つの扉。どれも閉ざされ、扉上には異なる印がある。剣、祈りの手、そして継ぎ目。


『封鍵庫前室』


 ハクが告げる。


『深部権限への接続には、三系統認証が必要です』

「三系統?」

『守護者、祈り手、継ぎ手』


 私はレオンハルトとミレイユを見る。偶然とは思えない組み合わせだった。辺境伯、聖女候補、修復師。母はここまで見越していたのだろうか。


「でも、扉は全部閉まってるわ」

『現管理権限不足』


 台座の表面には、指を置くための窪みが三つあった。私は恐る恐る継ぎ手の印の上へ手を置く。すると青い光が走り、床へ細い線が浮かび上がる。次にレオンハルトが剣の印へ触れると、石室全体が低く鳴った。ミレイユが祈りの手へそっと指を乗せた時、最後の線が灯る。


 その直後、石室の奥から何かが脈打つような音が響いた。


 どくん。


 まるで、眠っていた心臓が一度だけ鳴ったみたいに。


「今の……」

「城核かもしれん」

 レオンハルトが低く言う。


 だが、次の瞬間、彼の顔が険しく歪んだ。右腕を押さえ、片膝をつく。黒いひびのようなものが手袋の隙間から走り、肘まで一気に広がった。


「レオンハルト様!」

「下がれ、リディア」


 声は平静だが、呼吸が荒い。


『守護者系統異常。呪詛侵食を検知』


 ハクの無機質な声が、余計に事態を生々しくした。


「呪詛……?」

 ミレイユが震える。


 私は迷わずレオンハルトの傍へ膝をついた。手袋の上からでも分かる。右腕の魔力の流れが、どこかで無理やりねじ曲げられている。これが彼の噂にあった“呪い”なのだろう。


「触るな」

「触ります」


 即答すると、彼が一瞬だけ目を見開いた。


「あなた、守護者系統なんでしょう。城核に反応して呪いが暴れたなら、ここで放置する方が危険です」

「直せる保証はない」

「知っています」

「なら――」

「でも、壊れているなら見過ごせません」


 私はそっと彼の手首へ触れた。


 冷たいはずの手袋越しに、熱があった。痛みを耐えている人の熱だ。


 完全に直せるとは思わない。でも、流れを読むことはできる。そう信じて、私は目を閉じた。


 片づけが一段落してから、私は自然と見張り灯の揺れる夜の回廊へ足を向けていた。風は冷たく、城壁の継ぎ目には夜露が滲んでいたが、以前のような死んだ静けさではなく、守るべき暮らしの気配があった。何かが大きく動いた日ほど、あとから見つかるのはいつも片づけきれなかった小さな道具の重みのような細部だ。けれど経験上、そういう小さな見落としの方が、放っておくと案外長く尾を引く。


 私は足を止めるたびに今日の会話や判断を思い返し、次に手を入れるべき箇所を一つずつ心の中で数えた。手を動かしていると、不思議と頭の中の順番も整っていく。誰に何を伝えるべきか、どこまでを今日のうちに済ませるべきか、何を明日の自分や別の誰かへ渡すべきか。考えるべきことは多いのに、以前ほど一人で抱え込む焦りは強くなかった。


 守るものが見えてしまうと、もう以前のように自分一人の安全だけを考えることはできない。だから判断は重くなるのに、不思議と足取りは前よりも定まっていった。 私はようやく、強さとは全部を背負えることではなく、綻びを早く見つけて、正しい相手と分け合えることなのだと理解しつつある。だから今日の出来事も、感情だけで終わらせず、記録と手順と小さな改善へ落とし込んでおきたいと思った。


 私が今見ているのは、片づけきれなかった小さな道具の重みのような、誰かが見落としても不思議ではない細部ばかりだ。けれど実際に町や城を支えるのは、いつもそういう小さな部品の方だった。派手な奇跡より先に、綻びを見つけて、記録して、次の人が迷わず触れる形へ直しておくこと。そういう地味な手順が積み重なって、ようやく暮らしは丈夫になる。


 きっと明日になれば、また別の形をした不足が見つかる。守るために耐えてきた痛みが、もう見て見ぬふりでは済まなくなっていく。。それでも今は、次に何を直すべきかを考えること自体が、前へ進んでいる証拠だと知っていた。 終わったはずの一日が、そうして少しだけ明日へ食い込んでいく。その感覚を嫌だと思わなくなったことが、たぶん今の私の一番大きな変化だった。

ここまでありがとうございます。次話『辺境伯の呪い』も、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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