第六十話:路地裏の天才ハッカーと、蹴破られたサーバールーム
生徒会スカウト秘話、第二弾は天才書記・ノア!
旧校舎の地下室に潜伏し、自爆装置を抱えて孤独に震えていた逃亡ハッカー。
そんな彼の聖域の分厚い鉄扉を、まさかのキック一撃で豪快に粉砕した生徒会長アイラ!?
「死ぬなんて勿体ない! この書類ぜんぶ片付けなさい!」
力づくで手繰り寄せられた、不器用な絆の始まりの物語です!
学園長室の暖炉の灯りが、ガラステーブルの茶器を淡く照らし出す。
タクトがソファーで足を組み、勝ち誇ったような意地の悪い笑顔でノアの横顔を突っつく。
「へへっ、俺の黒歴史で散々笑ってくれたよなノア? 次はお前の番だぞ。ほら、そのカタカタ叩いてるパソコン畳んで前に出ろよ」
ノアは膝の上の軽量ノートPCから視線を一切動かさず、滑らかな指さばきで淡々とキーを叩き続けている。
ノアは視線も向けず、指先だけを動かしながら。
「……断ります。僕はタクトのように空から人間が降ってきたわけではありません。ですが、物理的な破壊と不法侵入という点においては、タクト以上に手荒な被害を受けました」
「お前も手荒だったのかよ! ていうか会長のスカウトって基本全部暴力なのか!?」
私は胸を張ってドヤ顔。
「心外ね! 私はいつだって愛と情熱をもってスカウトしてるわよ!」
「ドアノブごと蝶番を吹き飛ばすノックを『愛と情熱』と呼ぶのは、帝都広しと言えど貴方くらいです」
リサが眼鏡のブリッジを中指でクイと押し上げ、当時の教員会議の議事録を思い出すように淡々と語る。
「そういえば1年前の春、教頭や教諭陣の間で『旧校舎に出る座敷童子の幽霊』の噂が真剣に議論されていましたね」
セナがそれに乗っかる。
「あ、それアタシも聞いたことある! 夜中になると誰もいない旧校舎の窓が青白く光って、学内ネットワークのサーバー負荷が異常跳ね上がりする怪談でしょ?」
学園長は湯呑みを両手で包み、皺の刻まれた目元を細めて楽しそうに相槌を打つ。
「フォッフォッフォ、そうじゃった。教頭が『悪霊退散の霊媒師を呼ぶべきです!』と青筋を立てて予算案を持ってきたのを、適当にはぐらかして却下するのが大変じゃったわい」
「幽霊でも悪霊でもありません。……僕は帝都の情報結社から機密を破棄して脱走し、追手を警戒して旧校舎の廃サーバールームに住み着いていただけです」
ノアのタイピングの手が一瞬だけ止まり、眼鏡の奥の切れ長の瞳に、冷たい孤独の色がわずかに差す。
感情を交えない、どこか自分を突き放したような静かな語り口。
「結社を裏切った僕に、帰る場所も、表の世界で生きる資格もありませんでした。だから、誰とも関わらず、ただ学内の回線を少しだけ間借りして、通信ログの海の底で静かに消えるつもりだったんです。……なのに」
「なのに、私が壁の音を聞きつけて旧校舎へカチコミに行ったわけね!」
ノアは特大の溜め息をつき、画面をパタンと閉じる。
「……カチコミという自覚はあったんですね」
ノアの淡々とした抗議に、学園長が楽しそうに髭を撫でる。
「フォッフォッフォ。誰の手も届かん暗闇の底に潜んでいたノア君を、アイラ君がどうやって見つけ出したのか。……始まりは、生徒会室の魔導配線に混ざった、ほんのわずかなノイズじゃったな」
「そう! リサには『気のせい』って止められたけど、私の野生の勘がビンビンに反応したのよ!」
「……あの時は、ただの跳ねっ返りな問題児がまた奇行に走ったとしか思えませんでしたから」
暖炉のパチパチという音が、1年前の雨上がりの夕暮れ――書類の山に埋もれる本校舎の生徒会室へと静かに場面転換していく。
生徒会長デスクの上には、天井に届きそうなほど積み上がった茶封筒と申請書の山。
私は机に突っ伏し、髪をクシャクシャに掻き乱しながら「文字がゲシュタルト崩壊するー!」と悶絶している。
「うぎゃああああっ! 無理! 部活の予算申請書の計算が合わない! 運動部連合、なんで数字の欄に『気合いでなんとかなる』とか書いてくんのよぉぉっ!?」
向かいの席では、リサが背筋を定規で測ったように真っ直ぐ伸ばし、羽ペンを寸分の狂いもなく走らせて書類を片付けている。
リサは視線も上げず、冷徹にペンを走らせる。
「……私に叫ばないでください。不備のある申請書は突き返せば済む話です。頭を抱えている暇があるなら、その隣の備品管理簿にサインを済ませなさい、会長」
「リサは冷たい! ロボットなの!? ちょっとくらい『アイラちゃん頑張って♡』とか言って手伝ってくれたっていいじゃない!」
「私は副会長として、学則に則り職務を遂行しているだけです。手伝ってほしければ、新任の庶務(※タクト)を呼んできなさい」
「タクトは『筋肉痛で腕が上がりません』って言って保健室へ逃亡したわよ!」
私が不満たらたらにペンを握り直した瞬間、天井の吊り下げ魔導照明が『チチッ……』と微弱に明滅する。
同時に、生徒会室の隅に置かれた旧式の電算端末(PC)のCRTモニターが、不規則な走査線の乱れを見せる。
リサは「またですか。雨上がりの湿気による電圧降下ですね。教務課に修繕の手配を出しておきます」とメモ帳に走り書きする。
私は急いでコンセントの根元に駆け寄り、壁にピタッと耳を当てる。
(……違う。これ、漏電なんかじゃない!)
(壁の中の電線……電流の波形の中に、極小の『古代魔導文字のバイナリコード』が高速で編み込まれてる……! まるで機械の回線そのものを超長大な魔法陣に見立てて、膨大な暗号を解読してるみたいな……!?)
リサは私の不可解な行動を見て言う。
「……アイラ。何をなさっているのです? 壁の埃に顔を擦り付けて、生徒会長としての威厳を疑われますよ」
「リサ! この配線、壁の奥でどこに繋がってる!?」
「……は? どこに繋がっているか、ですか?」
アイラに詰め寄られ、リサは怪訝そうに眉をひそめながら、頭の中の学内配線図をめくる。
リサは一般人のフリをしているため、「ただの立ち入り禁止区域」として淡々と説明しようとする。
「……十年前に閉鎖された旧校舎の、地下情報管理室、旧サーバールームですが。あそこは現在完全な立ち入り禁止区域で、主電源も落とされているはずです」
「落ちてない! 誰かが中で電気を盗み食いしながら、ものすごい勢いでパソコンカタカタやってるわ!」
しかし、アイラが「ノイズ」の奥にある本質を的確に嗅ぎ取っていることに気づき、内心で激しい動揺を覚える。
リサはピクリと眉根を寄せ、内心で息を呑む。
「……っ!?」
(馬鹿な……!? 一般の機械配線に乗せられた、あの極小の魔導パルスを聞き取ったというの……!? まさかこの跳ねっ返り、ただの無能な名ばかり会長ではない……!?)
私はそんなことは露知らず目を爛々と輝かせる。
「見つけた……! あんな超絶技巧で計算できるやつが旧校舎に隠れてるなら、捕まえてこの書類の山をぜーーんぶ押し付けてやる!!」
リサは我に返り、慌てて一般人副会長の仮面を被り直して立ち塞がる。
「お待ちなさい! 立ち入り禁止区域への侵入は重大な学則違反です! 盗電や不法侵入の疑いがあるなら、風紀委員会と警備員に通報して――」
「そんなトロいことしてたら逃げられちゃうでしょ! 私が生徒会長権限で直接現行犯逮捕してくるーーっ!!」
アイラは机の上の書類を風でバサバサと巻き上げながら、脱兎の勢いで生徒会室の扉を蹴破らんばかりに飛び出していく。
リサの伸ばした手は空を切り、廊下をドタドタと駆けていくアイラの足音だけが遠ざかる。
「あ、アイラ!? 待ちなさい! 人の話を聞きなさい会長ーーッ!!」
リサは誰もいなくなった部屋で、深いため息をついてこめかみを押さえる。
「……あの跳ねっ返り娘……! 規律も手順も無視して、なぜあんなピンポイントで核心へ突っ込んでいけるのですか……!」
リサは眼鏡の奥の瞳を冷ややかに細める。
「……旧情報管理室。あそこには、帝都の結社から逃亡してきた危険なハッカーが潜んでいるという噂……。あの馬鹿、殺されても知りませんよ……!」
私は雨上がりの薄暗い渡り廊下を抜け、立ち入り禁止のバリケードを軽々と飛び越えて旧校舎地下へ突進する。
ブーンという冷却ファンの重低音と、カチャカチャと機械的に刻まれる高速のタイピング音だけが響く旧サーバールーム。
黒い大きめのパーカーのフードを目深に被り、パイプ椅子に猫背で座るノア。
メガネのレンズに、緑と青の古代魔導バイナリコードが滝のように猛スピードで反射している。
キーボードの脇には、魔導炉の過負荷冷却水を一気に抜いて強制爆縮させるための『赤い安全弁スイッチ(自爆用)』が剥き出しで置かれている。
(学内の魔導回線への寄生接続、維持率は九八パーセント……。結社の追跡パルスは、まだ帝都の西区で足踏みしている)
ノアは乾いた指先で淡々とキーを叩く。
「……僕は影だ。記録にも記憶にも残らない、ただの廃棄データ。ここで追手を欺き続け、いつか見つかった時は、この部屋ごと自分の存在を灰にすればいい……」
突如、分厚い防護鉄扉の向こうから、ドンドンドン! とリズムのいい激しいノック音が通路に反響する。
ノアの指先がピタリと凍りつき、背筋に冷汗が伝う。
誰も来るはずのない、施錠された立ち入り禁止の地下室。結社の暗殺者か、魔法省の査問官かとノアが息を詰めた瞬間、扉の外から間抜けなほど明るい大声が響く。
「おーーい! 誰かいますかーー!? 生徒会長の巡回でーーす! パソコンカタカタしてる人、ちょっと開けてーー!!」
ノアは目を見張り、息を呑む。
「……っ!? 生徒……会長……!? 一般の生徒が、なぜこの地下の暗号遮断区画に……!?」
即座に警戒を最大化し、震える手を赤い自爆スイッチへ伸ばす。
「結社が学生を傀儡にして差し向けたのか……!? くそっ、もう見つかったというのか……!?」
「返事がないわね! ……ま、鍵開いてないし、いっか! せーのっ!」
「……は?」
「せーの」という掛け声の直後、頑丈な防音鉄扉の中心部が『メキメキィッ!』とあり得ない方向に歪み、魔力強化されたローファーの裏が鉄板を突き破る。
直後、閂と蝶番ごと、分厚い鉄扉が室内の床へ向けて『ドガァァァァンッッッ!!!!』と凄まじい爆発音を立てて豪快に吹き飛ぶ。
ノアは突風と瓦礫に晒され、椅子ごと転倒しそうになりながら絶叫する。
「ひぎゃあああっ!? ば、爆破……!? 扉が吹き飛んだ……!?」
舞い散る鉄屑と埃の煙の向こうから、右足をスッと下ろし、制服の腕章を翻したアイラが仁王立ちで現れる。
私は煙を手で払いながら、咳き込んでズカズカ入っていく。
「げほっ、ごほっ! うわ、埃っぽーい! ていうか寒っ! なにここ、冷蔵庫の中!?」
ノアは腰を抜かして床にへたり込み、モニターの光を背に後退る。
「な、何者ですか……!? 結社の刺客……にしては、桐花のブレザー……!? なぜこの部屋の座標が分かった……!?」
私は部屋の中をキョロキョロ見回し、青白く光る複数モニターを指差して目を輝かせる。
「やっぱり! 配線の魔力パルスを辿ってきたら大当たり! あんた、パソコンの回路を魔法陣の代わりにして、超並列演算させてるのね!?」
自分の絶対の秘密――電脳魔導の術式を一目で見抜かれたノアの顔から、完全に血の気が引いていく。
ノアは床を這い、デスクの端の赤い過負荷スイッチを両手でギュッと抱え込む。
指先にパチパチと青白い電脳魔導の放電を灯し、鬼気迫る悲壮な表情でアイラを睨みつける。
「……近寄るなッ! 僕を帝都へ連れ戻しに来たなら、無駄足です……!」
「このスイッチを押せば、地下の魔導炉が過負荷で暴走し、この部屋ごと僕の脳内の機密データもろとも消滅する……! 誰も僕を利用することはできない……死ぬ気でここへ来たんです……!」
私はぽかんと口を開けて首を傾げる。
「自爆? なんで?」
「な……なんでって、僕は結社の機密を盗み出した裏切り者で……表の世界に居場所なんてどこにもないからだ……!!」
絶望と恐怖に震えながら自爆スイッチに指をかけるノア。
しかしアイラは、怯えるどころか「何言ってんのこの子?」と言わんばかりの呆れ顔で、ノアの間合いへとスタスタと土足で踏み込んでいく。
ノアが涙目で構える赤い自爆スイッチの前へ、アイラは何の躊躇もなくズカズカと歩み寄る。
ノアが悲鳴を上げて目を瞑った瞬間、アイラの手が伸びて『パシッ!』と乾いた音を立てて手首を叩き、スイッチをあっさり奪い取る。
ノアは目を見開き、呆然と息を呑む。
「あ……っ!? な、何をするんですか……!? スイッチを奪ったって……!」
私はコードを引きちぎってスイッチを床へ放り投げ、パイプ椅子にへたり込むノアの両肩をガシッと掴む。
「自爆なんてバカなこと言ってんじゃないわよ! こんな凄い才能をドブに捨てて死ぬ気!? 勿体なさすぎるでしょ!」
「才能……? 僕は組織の機密を盗んで逃げてきただけの、裏切り者で犯罪者です……! 表の世界に僕の居場所なんてどこにもない……!」
「居場所ならあるわよ! うちの生徒会室!」
「……は?」
私は制服のポケットから、さっき生徒会室で抱えていたグシャグシャの予算申請書を一枚取り出し、ノアの鼻先へビシッと突きつける。
利用しようとする冷徹な目ではなく、「本気で困って助けを求めている」子どものような瞳。
「生徒会、書類の山で死にそうなの! 電算処理も、校内のセキュリティも、予算の暗号化も、あんたのその電脳魔法なら一秒で片付くでしょ!」
「この事務仕事ぜんぶやってくれたら、この部屋の機材も回線も、あんたの好きに使っていいように私が学則をねじ曲げてあげる!」
ノアは困惑して眉を寄せ、震える声で問いかける。
「……僕を、利用するんじゃないんですか……? 追手が来ても、知りませんよ……?」
私はニカッと八重歯を見せて豪快に笑う。
「追手が来たら、私がそいつらの顔面に踵落とし食らわせて全員ミンチにしてやるわよ! 私を誰だと思ってんの、生徒会長アイラよ!」
「だから来なさい、生徒会書記! あんたのその光、暗闇で腐らせるには綺麗すぎるわ!」
ノアは青白いモニターの光の中、アイラの差し出された手を見つめ、目を見張る。
「……めちゃくちゃな人だ……。でも……」
ノアは震える自分の手をアイラの手に重ねる。
(……暗号の海に沈んでいた僕を、力づくで引き上げたのは……太陽みたいに眩しい、手加減を知らない生徒会長だった)
回想が静かにフェードアウトし、現在の学園長室へと視線が戻る。
ノアは膝の上の端末を閉じて膝に置き、眼鏡を押し上げながら小さく息を吐く。
学園長は湯呑みをコトッと置き、優しく目を細める。
「フォッフォッフォ……。己の罪と追手に怯え、冷え切った地下に引きこもっておったノア君を、『生徒会書記』という陽の当たる場所へ力づくで引っ張り出したわけじゃな」
「やっぱり力づくじゃねぇか! 鉄扉蹴破るとか、俺のダイブより被害甚大だろ!」
「……あの日の後、旧サーバールームの損壊届をごまかすために、どれほど私が虚偽の申請書を書かされたか覚えていますか、アイラ?」
「あはは……! でも結果オーライでしょ! ノアが来てくれたおかげで、生徒会の書類仕事が一瞬で終わるようになったんだから!」
ノアは視線を窓の外の夜空へ逸らし、ぽつりと呟く。
「……ええ。おかげでこの一年、追手を恐れる暇もないほど、会長のやらかしの後始末と校舎破損ログの隠蔽で酷使されています」
「……ですが。誰にも見えない暗闇の底で消えるよりは、ずっと……悪くない居場所です」
「きゃーっ! ノアくんの特大デレ出ましたー! メモメモ!」
「セナ、そのスマホを電磁パルスで初期化しますよ」
和やかに笑い合う生徒会室の面々を見渡し、学園長が楽しそうに髭を撫でる。
そして、上品にカップを傾けていた薬草とお茶の達人――セリアへと、温かな視線が注がれる。
「盾のタクト君、頭脳のノア君。……ふむ、実に見事な一本釣りじゃ。さて、お次は……」
「甘いハーブの香りの奥に、帝都を揺るがす禁断の錬金術と毒薬を隠しておった――セリア君の番じゃな」
セリアは優雅に扇子を開き、口元を隠してふふっと微笑む。
「あらあら、私ですの? 私の場合は、タクトさんやノアさんのように乱暴な侵入ではございませんでしたけれど……」
「乱暴じゃなかったけど、命がけだったわよ! だってセリアの淹れたお茶、一口飲んだだけで視界が虹色になったんだもん!」
「それただの劇薬だろ!!」
上品な微笑みの裏に危険すぎる錬金術を秘めたセリアと、それを飲み干したアイラの破天荒な出会いの始まり。
ノアもね……書いてるうちに思い入れがはちゃめちゃに強くなったキャラその2です。
特に七章でフォーカスを当てた際に、愛着が一気に沸きました。
七章でのロジカルダイブ、過去の自分との対峙、あれ私大好きなシーンで……
あの際少しだけ触れた、結社から逃げ出したこと。あれに焦点を当てました。
多分サーバールームに篭ってたノアとあの時のロボットはまだ同じだったんじゃないでしょうか。
他人を信じられず、独り己の力を封印していたんでしょうね。
そんなノアもここまできて丸くなりましたよ本当に。タクトもそうだけど。
お次は生徒会最年長セリアです!




