第六十一話:温室の毒草令嬢と、笑顔のおかわり
生徒会スカウト秘話第三弾は、孤高の毒草令嬢・セリア!
裏庭の怪しい温室に迷い込んだ腹ペコ生徒会長アイラに差し出されたのは、表面が虹色に光る致死量の覚醒毒茶!?
「泡を吹いて倒れなさい」という目論見をぶち壊し、超ハイテンションでおかわりを要求するアイラに、優雅なお嬢様の仮面が崩壊する――!
毒茶から始まった奇妙な絆の物語、開幕です!
セリアが優雅な手つきで白磁のティーポットを傾け、全員のカップに淡い琥珀色の湯気立つ紅茶を注ぎ分ける。
「皆様、タクトさんとノアさんのお話で興奮なさったでしょう? どうぞ、神経を鎮める特製のカモミールブレンドですわ」
う甘く爽やかな香りにセナが「いい匂い〜!」と目を輝かせる一方、タクトとノアはカップを凝視したまま恐る恐る距離を取る。
「……なぁノア、これ飲んでも大丈夫だと思うか? 湯気の奥に紫色の燐光が見える気がするんだけど」
成分分析の試薬を持ってくればよかったです。セリア先輩の『特製』は、十回に一回の確率で神経遮断毒が混ざっていますから」
「あらあら、失礼な子たちですこと。わたくしが生徒会の可愛い後輩たちに毒を盛るわけがございませんでしょう? ……適度な痺れは集中力を高めますのよ?」
「やっぱり毒じゃねぇか!!」
学園長は湯呑み……ではなく、セリアの淹れたハーブティーを嬉しそうに両手で包み、一口すすって満足そうに髭を撫でる。
長机の引き出しから、1年前に認可された「旧裏庭温室・特別利用申請書」を取り出してテーブルに置く。
「フォッフォッフォ、相変わらず見事な調合じゃ。……タクト君、ノア君と来て、お次はセリア君じゃな。帝都の薬師名門『アルケミア家』から、その危険すぎる錬金術と探究心ゆえに放逐され、この学園へ流れ着いた当時のことはよく覚えておるぞい」
私は嬉しそうに言う。
「あ、セリアも家を追い出されてたんだ? 私とおんなじ家出組じゃん!」
リサは冷静にツッコミを入れる。
「会長のように衝動的な脱走と一緒にしてはいけません。……ですが、当時のセリア先輩の悪名は私も教務課で耳にしていました。『旧裏庭温室に住み着いた魔女』と」
「あ、それ有名だった! 旧温室の煙突からたまに七色の煙がモクモク上がって、裏山のアライグマが全員千鳥足でお昼寝してたって事件!」
「教頭が『死人が出る前に立ち退かせろ!』って泡吹いて怒鳴り込んでたらしいっすね」
セリアは伏し目がちに微笑み、自分のカップの縁を指先でなぞる。
誰にも理解されず、ただ恐れられ、遠巻きにされていた過去を思い返す静かな眼差し。
「ええ、皆様の仰る通りですわ。私の求める錬金術は、凡庸な薬師たちには劇薬と映るものばかり。実家からも『毒婦の忌み子』と疎まれ、私はただ、誰にも邪魔されない場所で一人、薬草の研究に没頭していただけでした」
「近づく者を追い払うため、温室の周囲には幻惑と脱力の霧を幾重にも張っていたはずでしたのに……」
私はまたもや胸を張ってドヤ顔する。
「そこへ、お腹を空かせた私がふらふらと入ってきちゃったわけね!」
「ええ。あの日、私の淹れた『一口で三日三晩眠れなくなる超濃縮覚醒毒茶』を、笑顔でおかわりされた時の衝撃は今でも忘れられませんわ」
アイラの満面の笑みと、呆れ果てる一同。
「フォッフォッフォ。己の才能を毒として恐れ、世界を拒絶しておったセリア君の扉を、アイラ君はどうやって開けたのか……。確か、書類仕事で脳みそがショートしかけた放課後じゃったな」
「そうそう! なんか裏庭からすっごく甘くていい匂いがして、吸い寄せられちゃったのよ!」
「あれは芳香ではなく、神経を麻痺させる毒気でしたのに……本当に、常識の通じないお方ですわ」
学園長室のランプの灯りが、1年前の春――夕暮れの怪しげな霧が漂う「旧裏庭温室」のガラス戸へと静かに場面が変化していく。
私は生徒会のブレザーの胸元を緩め、カバンを引きずりながら「お腹すいた……糖分……肉……」とゾンビのように裏庭の小道を歩く。
木々が生い茂る薄暗い小道の先から、ふわりと風に乗って、焦がしキャラメルと甘い花蜜を煮詰めたような濃厚で甘美な香りが漂ってくる。
目を半分閉じながら鼻をヒクつかせる。
「くんくん……んん? なになにこの匂い……! めちゃくちゃ甘くて美味しそうな匂いがする……!」
私はお腹の虫を『ぐぅぅぅ〜』と派手に鳴らし、ピクッと犬のように鼻を動かして香りの発生源へと顔を向ける。
「誰かが裏庭で隠れてパンケーキでも焼いてるの!? クッキー!? どっちでもいいから一口恵んでぇぇぇ!」
香りに誘われて草むらをかき分けた先に現れたのは、ガラスの大部分が太いツタと苔に覆われた巨大な旧温室。
手前には『特級危険・立ち入り禁止』『教務課:有害植物栽培につき近寄るな』と赤ペンキで殴り書きされたバリケード。
温室の換気天窓からは、淡い紫色の蒸気がモクモクと立ち上り、周囲の草花を不自然に蛍光発光させている。
常人なら吸い込んだ瞬間に足腰の力が抜けて昏倒するレベルの「魔力麻痺霧」が漂っているが、アイラは「わぁ、紫の煙! 演出凝ってるなぁ!」と笑顔でバリケードをひょいと飛び越える。
そして看板を一瞥もせず、温室の錆びたガラス扉に手をかける。
「ごめんくださーーい! 生徒会長の抜き打ち家庭科チェックでーす! 甘いもの分けてくださーーい!」
『ガラガラガラッ……!!』
扉を開けると、温室内は外気とは比べ物にならないほど濃厚な甘い香りと温気に満ちていた。
見たこともない巨大な毒花や、脈打つように青白く明滅する薬草がジャングルのように生い茂っている。
その中心――磨き上げられた実験用テーブルの前で、制服の上に純白のエプロンドレスを身に纏ったセリアが、硝子フラスコを揺らしていた。
優雅に銀のスプーンでフラスコ内の怪しい蛍光緑色の液体をかき混ぜていたセリアが、突然の侵入者に驚いて優雅に視線を向ける。
セリアは銀のスプーンを止め、扇子をパッと開いて口元を隠す。
「……あら? 幻惑と脱力の結界を幾重にも張り巡らせておいたはずですのに……迷い込んだ小鼠かしら?」
セリアは平然と足を踏み入れてくるアイラを冷徹に観察する。
(……おかしいわね。この温室に満ちているのは、吸気だけで大人の男性三人を即座に昏倒させる麻痺成分を含んだ調合蒸気。……なぜこの娘は、足元をふらつかせもせず立っていられるの……?)
「うわぁ! フラスコがいっぱい! ここって家庭科室じゃなくて理科室だったの!? ねぇねぇ、何か食べるものない!?」
私は胸元の生徒会長腕章を揺らしながら、無防備な笑顔でセリアの実験台を覗き込む。
セリアは一瞬だけ目を細めた後、ふふっと貴婦人のように妖しく艶やかな笑みを唇に浮かべる。
「ふふ、生徒会長様がこのような薄汚れた温室に何の御用ですの? ……お腹が空いて、喉が渇いていらっしゃるのね?」
「そうなの! 書類仕事で頭がパーンってなりそうで! 何か飲むもの一杯だけでいいから恵んでくれたら、この温室の不法占拠見逃してあげる!」
「あら、それは魅力的なお取引ですこと。……ちょうど、極度の疲労に『よく効く』、特製のハーブを煮出していたところですのよ」
自分の研究を「化け物の毒」と罵って逃げ去った実家や教員たちとは違い、警戒心ゼロで飛び込んできた獲物。セリアは棚の奥から、黒いラベルの貼られた最も危険な結晶瓶を取り出す。
奥の棚から取り出した紫色の液体を、白磁のティーポットへ静かに注ぎ込む。
(……身の程知らずな跳ねっ返りのお嬢様。私の調合した『超濃縮覚醒毒草液』を飲んで、三日三晩泡を吹いて眠りなさい。二度と私の聖域に立ち入れないように……)
「少々刺激が強くてよろしくて? すぐに淹れてさしあげますわ」
「ホント!? やったーー! 優しい! いただきまーす!」
セリアのティーポットから、怪しい七色の湯気がモクモクと立ち上り始める。
セリアは上品な手つきで銀のトングを扱い、白磁のティーカップにポットから液体をトポトポと注ぐ。
注がれた液体は、ドロッとした粘性を持ち、表面に七色の油膜のような燐光がギラギラと渦を巻いている。
立ち上る湯気は甘ったるい毒気を放ち、触れた実験用テーブルの木肌が一瞬でチリチリと白く変色する。
セリアは扇子で口元を隠し、内心で冷酷なカウントダウンを始めながらカップを差し出す。
「どうぞ、生徒会長様。冷めないうちに召し上がれ。……疲れも悩みも、すべて吹き飛びますことよ」
(ふふ、名門アルケミア家が禁忌に指定した『百鬼覚醒草』の原液を極限まで濃縮した毒茶。一口含めば魔力回路が過負荷を起こしてショート、即座に白目を剥いて気絶するはず……。二度と私の前に姿を現さないことね)
私は目を輝かせてカップを両手で受け取る。
「わぁぁぁ! すっごいきれい! 七色に光ってる! 飲むゼリーみたい!」
「ええ、とても……『刺激的』でしてよ」
アイラは毒気も熱さも意に介さず、カップに口をつけ、ゴクゴクゴクッ! と凄まじい勢いで喉を鳴らして飲み干す。
最後の一滴まで飲み干し、プハァッ! と息を吐いてカップをソーサーにコトッと置く。
その直後、アイラの動きがピタリと完全静止する。
瞳孔がカッと見開き、瞳の奥にバチバチと黄金の稲妻が走る。
セリアは優雅に微笑み、ハンカチを手に取ってアイラの倒れる瞬間を待つ。
優雅に一歩後退り、カウントする。
「……さあ、三、二、一……おやすみなさい、お転婆な会長――」
私は胸元を押さえ、ガタガタと全身を細かく震わせる。
「…………ッ!!」
「ふふ、倒れるなら床の薬品瓶を割らないようにしてくだ――」
セリアの言葉を遮るように、アイラが『ガバァッ!!』とパイプ椅子を蹴倒して飛び起きる。
アイラの全身から、黄金の超高密度魔力がボワッと陽炎のように噴出し、温室のガラス窓全体がビリビリと激しく共鳴して鳴動する。
アイラの赤髪が静電気を帯びたように逆立ち、視界のすべてがスローモーションに見えるほどの超絶覚醒状態へ突入。
「――キ、キタァァァァァァッッッ!!!!」
「……は?」
鼻息を荒くし、血走ったギラギラの目でセリアの両肩をガシッと掴む。
「なになにこれぇぇぇっ!? 体の奥から活火山が爆発したみたいにパワーが湧き上がってくるぅぅぅっ! 視界が超クリア! 脳みそが銀河の果てと交信してるみたい!!」
セリアの優雅な笑みが完全に凍りつき、目を見開いて絶句する。
「な……っ!? な、何を言って……!?」
「疲労がゼロ! お腹の空腹もゼロ! さっきまで頭痛かった書類仕事、今なら光の速度で三万枚くらい片付けられる気がする!!」
セリアは掴まれた肩の痛みに顔を歪め、ガタガタと震える。
「ば、馬鹿な……!? 致死量の覚醒毒草ですのよ!? 神経が焼き切れるはずの魔力負荷を、自分の規格外の魔力量で全部ねじ伏せて代謝したというのですか……!? なぜ……なぜ生きていますの!?」
私は空になった白磁のカップをセリアの鼻先へビシッと突きつける。
その顔面には、これ以上ないほど輝かしく狂気に満ちた満面の笑顔。
「最高! このお茶天才的においしい! 元気百倍どころじゃない、元気一万倍だよ!!」
「お、おいしい……? あれを、美味しいと……!?」
私は目をキラキラさせながらポットを指差す。
ねぇねぇ、まだポットに残ってるよね!? もう一杯ちょうだい! おかわりおかわりーーっ!!」
セリアは扇子を取り落とし、震える手で頭を抱える。
「お、おかわり……!? ひっ……バ、化け物……!?」
セリアは生まれて初めて「自分の毒がまったく通用しないどころか、ただの栄養剤として喜ばれた」という未知の恐怖と衝撃で、腰が抜けて実験台にもたれかかる。
毒を盛ったはずが、満面の笑顔でおかわりをせがまれるという地獄の逆転劇。
「毒婦」と恐れられてきた孤独な錬金術師の心が、アイラの規格外すぎるタフネスと無邪気さによって根本から揺さぶられる。
セリアは床に落ちた扇子を拾うことも忘れ、実験台に手をついて茫然とアイラを見上げる。
実家である名門アルケミア家で「不気味な劇薬ばかり作る異端児」と罵られ、放逐された記憶が脳裏をよぎる。
目の前で跳ね回る生徒会長は、恐れるどころか心底嬉しそうに白磁のカップを両手で差し出している。
「……貴女、本当に怖くありませんの……? 私の作る薬は、実の家族にすら気味悪がられ、忌み嫌われた劇薬ばかりですのよ。一歩間違えれば、命を落としていたかもしれなくてよ……?」
私はピタッと止まり、首を傾げてキョトンとする。
「え? なんで怖がるの? こんなに美味しくて、元気モリモリ湧いてくるのに!」
「で、ですから……それは常人が口にすれば即死級の猛毒でして――」
セリアの冷たい両手をキュッと握りしめる。
「毒か薬かなんて、どうでもいいよ! 大事なのは、セリアが一生懸命育てて淹れてくれたこのお茶で、私がすっごく救われたってこと!」
「だってこのお茶、ほんのり甘くて、すごく優しくて温かい味がしたもん!
セリアの目元がわずかに潤み、握られた手の温もりに胸の奥がじんわりと熱くなる。
私はニカッと八重歯を見せ、相変わらず手加減を知らない勢いでセリアを引き寄せる。
「ねえ!名前なんていうの?」
「セ、セリアですわ……」
「セリア! うちの生徒会室、すっごく広くて日当たりもいいの! そこで毎日、私にお茶淹れてくれない!?」
「……毎日、ですの? 私のお茶を?」
「うん! あんたが作った新しい薬もお茶も、ぜーっんぶ私が実験台になって美味しく飲んであげる! どんなヤバい毒草でも、私の規格外の胃袋なら絶対へっちゃらだからさ!」
セリアは耐えきれずにクスクスと吹き出し、目元を指先でぬぐう。
「……ふふ。毒薬の実験台に志願する生徒会長なんて、後にも先にも貴女だけですわね」
「……分かりましたわ。そこまで仰るのなら、謹んでお茶をお淹れいたしましょう。ふふ、後悔なさっても知りませんことよ?」
「やったーー! セリアちゃん確保ーー!!」
セリアの柔らかな笑顔とともに、場面は夜の学園長室へと戻る。
セリアは優雅にカップを口に運び、満足そうに目を細めている。
「……というわけで、私の淹れる毒茶とお菓子の居場所は、あの薄暗い温室から生徒会室へと移ったのですわ」
「フォッフォッフォ。己の才能を毒として忌み嫌い、孤独に沈んでおったセリア君を、『最高のお茶飲み友達』として太陽の下へ連れ出したわけじゃな」
タクトとノアは、当時のアイラの無茶振りに頭痛を覚えるように額を押さえる。
「美談でまとめてますけど、会長が『実験台になる』って言ったくせに、たまに俺たちに『これ一口飲んでみて!』って毒茶をパスしてくるの何なんすか!?」
「僕も一度、セリア先輩の試作茶を飲まされて、三日間タイピング速度が三倍になった代わりに感情が完全消失しました。あれは立派なバイオテロです」
「あらあら、タクトさんの凝り固まった肩の筋肉も、ノアさんの眼精疲労も、綺麗さっぱり治ったでしょう?」
「治り方の過程が狂ってんだよ!!」
賑やかな笑い声が広がる中、学園長がコトッと静かにカップを置く。
室内の空気がふっと落ち着き、学園長の穏やかで、しかし全てを見通すような双眸が、ソファーの端で静かに背筋を伸ばす副会長・リサへと注がれる。
リサはバインダーを抱えたまま、ピクリとも動かずにその視線を受け止める。
「盾のタクト君、頭脳のノア君、そして調合のセリア君……。はみ出し者の魔法使いたちが、こうしてアイラ君の元へ集った」
「……じゃが、最後にもう一人おるな。名門司法貴族の血を引き、誰よりも厳格に校則を守り……そして、誰よりも完璧に自らの『絶対零度』を隠し通しておった――リサ君、お前さんじゃ」
リサは眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、静かに伏し目がちに呟く。
「……私、ですか」
私は腕を組み、いたずらっぽく笑う。
「ふふん! リサの鉄壁のポーカーフェイスを暴くの、すっごく大変だったんだからね!」
「完璧な一般人の優等生」として振る舞い、誰にも心を許さず氷の結界を張り巡らせていたリサ。
彼女の隠された魔法と過去を、アイラはいかにして暴き、生徒会へと迎え入れたのか――
セリア過去編です!
セリアって生徒会役員ではあるけどお茶しか淹れてなかったんですよね実は。
だからお茶汲み係としてスカウトしました。
セリアは次シーズンでは卒業してOGとなってしまいますが、いつも地味にいい動きをしてるキャラでした。
セリアのおかげで生徒会役員メンバーのバランスが取れてたようなものです。
卒業したら一体生徒会はどうなってしまうのか、ドキドキしますが楽しみでもありますね。
最後は鉄壁の仮面、リサです。




