第五十九話:日陰の抜け忍と、命がけの強制連行
学園長室で紐解かれる、生徒会結成秘話!
最初の一人は、日陰で目立たず生きようとしていた元抜け忍・タクト。
渡り廊下から笑顔で飛び降りてきたアイラと、反射的に展開してしまった偏向トランポリン!
「私の背中を守る相棒になりなさい!」と腕を引かれた、あの日あの時の強制連行劇――タクト編、開幕です!
タクトはソファの革に沈み込むように背中を丸め、出された栗羊羹には一切手をつけず、両腕を組んで天井のシャンデリアへ視線を泳がせる。
制服の袖口を無意識に引っ張り、両腕の魔導腕甲の存在を隠そうとする昔からの癖が出る。
学園長は湯呑みを両手で包み、細めた目元に深い笑い皺を刻みながら、長机の引き出しから古びた一枚の「入学願書」を取り出してテーブルへ滑らせる。
「……勘弁してくださいよ学園長。1年前の黒歴史を全員の前で蒸し返されるとか、何の公開処刑っすか」
「フォッフォッフォ、黒歴史とは人聞きが悪い。……帝都の裏社会、防衛暗殺一族の抜け忍として追手を撒き、この桐花へ転がり込んできた日のことは今でも鮮明に覚えておるぞい」
セナは羊羹を楊枝でパクつきながらケラケラ笑う。
「へぇ〜! タクトくんって抜け忍だったんだ! アタシと同じ裏社会ドロップアウト組じゃん! 親近感湧く〜!」
「お前の裏社会はパパラッチと情報屋だろ! 俺のはガチで命のやり取りする方の暗殺防衛部隊だよ! 一緒にすんな!」
リサが眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、当時のタクトの様子を手帳をめくるように冷静に振り返る。
「確かに、1年前の貴方は徹底していましたね。入学式から1ヶ月間、誰とも視線を合わせず、話しかけられても『あ、はい』『別に』の二語で会話を強制終了させる、徹底した『日陰の無気力生徒』でした」
ノアも端末の画面から視線を上げ、感情の薄い声で淡々と当時のデータを補足する。
「学内ネットワークのアクセスログも完璧でした。校内掲示板への書き込みゼロ、交友関係ゼロ、部活動の見学すら一切なし。存在感を消すことに関してだけは、特級のスキルでしたね」
「そりゃそうですよ! 一族のしがらみから命がけで逃げ出して、やっと手に入れた表社会の切符なんですから! 目立たず、関わらず、誰の争いにも巻き込まれず、空気のように3年間をやり過ごして卒業する……それが俺の完璧な高校生活防衛計画だったんですから!」
熱弁を振るうタクトの隣で、私は我が物顔でふんぞり返り、腕を組んで胸を張る。
「ふふん! そんな完璧な計画を、私が初っ端から盛大にぶっ壊してあげたわけね!」
タクトは即座にジト目で睨みつける。
「威張るな! アンタが空から降ってきたせいで、俺の胃痛と過労死寸前の生徒会生活が始まったんだっつーの!!」
セリアは優雅に微笑みながら言う。
「あらあら、ふふ。でもタクトさん、あの時のアイラちゃんがいなければ、貴方は今でも一人きりで、誰にも心を開かずに日陰に隠れていたのではありませんこと?」
「う……っ、それは、まあ……そうですけど……」
痛いところを突かれて言葉に詰まったタクトを見て、学園長が楽しそうに喉を鳴らして笑う。
「フォッフォッフォ。己を殺し、ただの影として生きようとしていたタクト君を、このお転婆娘がどうやって見抜いたのか……。確か、1年前の春、桜の舞う中央大階段での出来事じゃったな」
学園長がテーブルの上の願書を指先でトントンと叩き、窓の外の夕景へと目を細める。
私は学園長に同意するように言う。
「そうそう! あの歩き方、普通じゃなかったんだもん!」
タクトは頭を抱えて深いため息をつく。
「……あーもう、好きに喋ってくださいよ……」
学園長室の暖炉のパチパチという音が、1年前の春の喧騒――生徒たちの笑い声が響く満開の桜の校舎へと変化していく。
昼休みの購買パンを求めて階段を駆け下りる生徒たちの喧騒が聞こえる。
私は3階の踊り場の手すりに寄りかかり、腕を組んで行き交う生徒を観察している。まだ役員が集まっておらず、腕章をつけたブレザー姿で小さくため息をつく。
私は階段を行き交う生徒たちを眺めながらぼんやりと思想を巡らせる。
(うーん……魔力持ちはたまにいるけど、どいつもこいつもプライドが高そうだったり、魔法省の息がかかってたり……生徒会に引き込むには面倒くさそうなやつばっかり……)
その視界の下、階段の壁際をすり抜けるように下りていく、前髪を長めに垂らした猫背の男子生徒――タクトの姿が目に入る。
(……ん? なにあいつ。絵に描いたような『話しかけるなオーラ』出してるけど……)
上から焼きそばパンを抱えた体格の良い運動部生徒が、足を滑らせてバランスを崩し、タクトの背後めがけて前のめりに倒れ込んでくる。
周囲の生徒が「うわっ、危ない!」と声をあげる中、タクトは振り返りもせず、驚いた声を上げることもない。
タクトは猫背のまま、ほんの数センチだけ左肩を後ろへ引き、右足の爪先に重心を乗せる。
その瞬間、タクトの背中の空間が一瞬だけ「陽炎のように歪み」、光の屈折が生じる。
突っ込んできた運動部生徒の体が、まるで滑り台に触れたかのようにツルリと斜めへ軌道を逸らされ、タクトの横の壁に手をついてセーフで着地する。
「お、おっと危ねぇぇ! ……あれ? なんで俺、今あいつに当たらなかったんだ……?」
タクトは前髪の奥の瞳を伏せたまま、ボソリと平坦な声で言う。
「……足元、気をつけてくださいね」
「あ、ああ……悪い悪い! 避けてくれてサンキュー!」
タクトは心の中で深く息を吐く。
「……ふぅ。魔力励起は極小のコンマ1秒、可視光の歪みも最小限。相手の運動エネルギーを壁側へ受け流しただけ。よし、誰も怪我してないし、ただのラッキーに見えたはずだ。完璧なモブムーブだな」
一般生徒たちには「運動部が自力で踏みとどまり、タクトが運良く避けた」ようにしか見えなかった。
だが、踊り場から見下ろしていた私の瞳が、カッと鋭く見開かれる。
アイラは手すりを強く握りしめ、前屈みになってタクトの歩行姿勢を凝視する。
(……嘘でしょ? 今の、ただ避けたんじゃない。大気の魔力を薄膜状に展開して、相手の質量ベクトルを斜めに滑らせた……『偏向防御』だ……!)
(それに……あの歩き方。だらしなく猫背で歩いてるように見えて、首筋、腰、足首の軸が寸分もブレてない。どの角度からナイフや魔法が飛んできても、コンマ1秒で迎撃できる『本物の重心(体幹)』の置き方をしてる……!)
(あいつ……ただの無気力な新入生なんかじゃない。とんでもない修羅場をくぐってきたプロだわ……!)
階段を下りきり、何事もなかったかのように中庭の通路へ消えていこうとするタクトの後ろ姿。
_______逃すか!
唇の端を吊り上げ、獲物を見つけた肉食獣のような邪悪で爛漫な笑顔を浮かべる。
(見ーつけた! 完璧に気配を殺した凄腕の盾役! あんなに便利な子、生徒会に引きずり込まないでどうするのよ!)
(でも、あの慎重さじゃ普通にスカウトしても絶対に『興味ありません』で逃げられるわね……。よし、言い逃れできない状況を作って現行犯逮捕しなきゃ!)
木々の葉擦れの音と、遠くで聞こえる部活動の掛け声。
タクトは前髪を目元まで下ろし、猫背のまま誰とも視線を交わさず、中庭の植え込みの影を縫うように歩く。
制服のブレザーの袖口に手を滑り込ませ、裏社会の癖で周囲の索敵を怠らない。
(よし、HR終了から10分。生徒の大半は正門通りか部活棟へ流れた。この中庭の植え込みルートを通れば、誰とも遭遇せずに裏門から下校できる)
(昼休みに階段でちょっと魔力を使ったが、誰にも気づかれてないはずだ。目立たず、騒がず、関わらず……今日も完璧なモブの一日が終わ――)
タクトの独白を遮るように、頭上――本校舎と別館を繋ぐ「2階渡り廊下」の欄干から、甲高く響き渡る聞き覚えのある声。
「おーーーい! 階段の猫背くーーーんっ!!」
見上げたタクトの視界に飛び込んできたのは、スカートを風になびかせ、両手を大きく広げて渡り廊下の手すりの上に立つ生徒会長・アイラの姿。
「……は? ……えっ、生徒会長……!?」
私は夕日を背にニカッと八重歯を見せて笑うなり、躊躇なく空中へ向けて前方へダイブする。
「捕まえたーーーっ!! とぉぉぉぉっ!!」
「ぎゃあああああああっ!? なんで飛び降りてきてんだよバカ野郎ーーーッ!?」
2階の高さから真っ逆さまに落下してくるアイラ。
タクトの脳内で「避ければこの女は地面に激突して骨折か即死」「助ければ自分の魔法が完全に露見する」という葛藤が一瞬で駆け巡る。
しかし、何年も身体に叩き込まれてきた『防衛暗殺一族』の反射神経が、思考よりも先に両腕を跳ね上げていた。
タクトが両腕をクロスさせた瞬間、袖口の魔導腕甲から鮮やかな藍色の魔力光が奔流となって噴出する。
アイラの落下地点、地上2メートルの空中に、幾何学的な紋様を描く二層の『傾斜偏向反発膜』が斜め45度に展開される。
「くそっ、体が勝手に……! 死ぬなよクソアマッ! 『多重偏向反発膜《トランポリン・偏向緩衝》』励起ッ!!」
『ボヨヨヨ〜〜〜〜ンッッッ!!』
「わっほーいっ!!」
落下したアイラの体が、目に見えないゴム膜の上でふわりとトランポリンのように大きく弾み、運動エネルギーが綺麗に上空へ相殺される。
私はクルリと空中で一回転し、中庭の芝生の上へ猫のように両足でスタッと綺麗に着地する。
芝生に着地したアイラは、ブレザーの埃をパパッと払い、何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべる。
一方のタクトは、両腕の魔導腕甲から魔力の燐光を立ち上らせたまま、息を切らしてその場にへたり込みそうになっている。
「ぜぇ……ぜぇ……な、なにやってんだアンタぁぁぁっ!? 一歩間違えたら死んでたぞ!? ていうか頭おかしいのか!?」
私はニヤリと唇を吊り上げ、八重歯を光らせる。
「死ぬわけないじゃん。あんたが絶対に私を助けるって、確信してたもん!」
「は……!? なんでそんな……」
私は邪悪なまでに勝ち誇ったドヤ顔で、タクトの鼻先へビシッと人差し指を突きつける。
「――ほーらね! 階段での不自然な身のこなし、やっぱり『偏向魔法』だった! 現行犯逮捕完了ーっ!!」
タクトは青ざめて両腕の光を見つめ、絶望に目を見開く。
「……しまっ……!? 罠かよ……!!」
タクトが脱兎のごとく踵を返して逃げようとするが、私はその手首をガシッと力づくで掴み取る。
タクトは掴まれた手首を強引に振り払おうとするが、アイラの手は見た目からは想像もつかないほど強く食い込んで離れない。
タクトの前髪の隙間から覗く双眸が、先ほどまでの無気力なモブのそれから、裏社会で生き抜いてきた者特有の冷え切った暗殺者の目つきへと一瞬だけ変貌する。
距離を取ろうと、低く鋭い声でアイラを威圧する。
「……離せよ。正体を見たなら放っておいてくれ」
「俺は裏社会の防衛部隊の抜け忍だ。誰かの便利な盾になるのも、誰かの命令で命を削るのも、もう真っ平ごめんなんだよ。他を当たってくれ」
「命令? 誰が命令なんてするもんですか!」
「……は?」
私は怯むどころか、逆にタクトの手首をさらに強く引き寄せ、鼻先が触れそうなほどの至近距離でまっすぐにタクトの目を見据える。
夕日を反射するアイラの瞳には、同情や利用しようとする打算は一切なく、ただカラッとした確信と熱意だけが宿っている。
「道具の盾になれなんて一言も言ってないでしょ! 私が探してるのはね、私の背中を預けられる最高の『相棒』なの!」
「相棒……? 何言ってんだ、俺は防御魔法しか使えないんだぞ」
「それで十分! 私が前でドカンと大暴れして校舎をぶっ壊すから、あんたは後ろで『会長、加減してください!』って胃を押さえながら私の背中を守りなさい! それが生徒会庶務よ!」
「めちゃくちゃな理屈すぎるだろ……! ていうか最初から校舎壊す前提かよ!」
私はニカッと八重歯を見せて笑い、タクトの腕を引っ張ってズカズカ歩き出す。
「はいスカウト成立ー! 今日からあんたは生徒会の備品兼、私の相棒! 拒否権は一切ありませーん!」
「うわあああ待て引っ張るな! 離せ! 俺の平穏なモブ高校生活計画がああああ!!」
回想のタクトの絶叫から、現在の学園長室へと戻る。
ソファで項垂れて顔を覆うタクトと、ふんぞり返って誇らしげに胸を張るアイラ。
「……で、そのまま生徒会室へ連行されて、気づいたら今に至るわけっすよ。俺の平穏はあの日完全に消滅しました」
学園長はお茶をズズッとすすり、深く頷きながら目を細める。
「フォッフォッフォ……。組織の道具として命を削ることに絶望しておったタクト君を、『背中を預け合う相棒』として笑って陽の下へ引っ張り出したわけじゃな」
タクトはポリポリと首筋を掻き、視線を逸らしながら小さく呟く。
「……まあ。命令されるだけの道具じゃなく、対等に愚痴を言い合える場所に引っ張り出してもらったことだけは……感謝してなくもないですけどね」
私はパッと目を輝かせて言う。
「あ、今『感謝してる』って言った! 言ったよね!? ほらリサ、ノア、聞いた!?」
「はい、明確に証言として記録しました」
「議事録に残すな!!」
一同の笑い声が響く中、学園長がガラステーブルの湯呑みをコトッと置き、視線を静かにノアへと向ける。
ノアは端末のキーボードを打つ手をピタリと止め、眼鏡の位置を直しながらわずかに身構える。
「タクト君の次は……そうじゃな。旧校舎の奥深く、薄暗いサーバールームで心を閉ざしておった天才電脳魔導士――ノア君じゃな」
ノアは視線を伏せ、淡々と呟く。
「……僕ですか。僕の場合は、タクトのように人間が降ってきたわけではありませんが……物理的な被害としては、タクト以上に手荒な侵入でしたね」
手荒とは失礼な!
「だってノア、呼んでも全然ドア開けてくれなかったんだもん!」
「うわ、アイラちゃんまさか……!?」
ノアの引きつった表情と、悪びれないアイラの笑顔。
暴かれる第二のスカウト劇――
思い入れがありすぎて書くのにえらい時間がかかりました。
そういえばタクトの魔導腕甲っていつから出したんだっけとか、遡ってみたら30話に突然出てきてて、それまではどうだったんだよ!!ってなったので後ほど修正が入ると思われます、懺悔。
本当に思い入れが強いキャラで、番外編にも登場回数が多いレベルで思い入れが強いです。
現在のタクトは実は前髪をアップにしてピンで留めてるのですが、それと対象に過去編では前髪を長くしてみました。Twitterにあげたっけ?忘れました(カス)
実はここまでタクトだけ出身が不明のままにしてきました、意図的ではなかったのですが出すタイミングを無くして……
タクトに関しては台詞回しが変わったり一人称や二人称が変わったりと本当に手こずったキャラですが、その分思い入れも強いです。どうしても書き続けてると解釈変わるんだよね……
魔導腕甲がいい例で、これかっこいいやん!ってプロットから採用したら「え、お前それ前使ってなかったやん……」と絶望しました。このあと直します、懺悔(2回目)
次回はタクトと同じくらい思い入れの強いノア編です。
つーかこの2人はBLにしたせいで思い入れが強いんだよな(遠い目)




