第五十八話:黄金の封蝋と、学園長室の栗羊羹
防衛演習を完全防衛で乗り切った生徒会。しかしその翌日、学園の最高決定権を握る学園長から、直々の召喚状が突きつけられます。
ついに暴かれた魔法行使、覚悟を決めて処刑台のような学園長室の扉を開けた一同。
そこで待ち受けていたのは、帝都の深淵を見つめ続けてきた『最強の古狸』でした。
彼らが魔法使いであることも、地下の演算炉を守ってきたことも、すべて知っていたと穏やかに笑う学園長。
そして語られる、「日陰にいた彼らを見抜き、一つの居場所に集めた理由」――。
生徒会結成の原点へと繋がる、衝撃の種明かし回をお楽しみください
「ふぅ〜! 見てよこの新品のガラス! さすが公爵家の金力、仕事が早いわね! 昨日あんな大惨事だったなんて誰も思わないでしょ!」
私は生徒会長デスクに肘をつき、ピカピカに磨かれた窓を眺めて満足そうに息を吐く。
タクトはソファで腕甲を外して手首を回し、ノアは前日の演習ログのバックアップを淡々と整理中。
セナはソファに寝転がりながら、昨日スマホで撮った「運動部のお昼寝写真」や「ミノムシ状態のお兄様」を眺めてケラケラ笑っている。
「窓は直っても、俺の腕の筋肉痛は直ってないっすよ……。人間ピンボールの負荷、マジでエグかったんですからね」
「全校生徒連合の負傷者はゼロ、外壁修繕費も完済。形式上、昨日の演習処理は完璧にクローズしました」
「ふふ、何よりですわ。皆様、今日はゆっくり特製アッサムティーをお楽しみくださいな」
コン、コン、コン、と重厚で格式高いノック音が3回。
セナが「はーい、どうぞ〜」と呑気に声をかけると、開いた扉の前に立っていたのは、黒のモーニングコートを隙なく着こなした学園長の筆頭秘書。
普段の気さくな教員たちとは放つ威圧感がまるで違い、室内の空気が一瞬でピンと張り詰める。
使者は一礼し、銀のトレイに乗せられた一通の手紙を恭しく差し出す。
羊皮紙の封筒の中央には、桐花学園の最高決定権を象徴する『黄金の封蝋(学園長直印)』。
「生徒会長アイラ殿、並びに生徒会役員一同。……学園長閣下より、直々の召喚状でございます」
が、学園長……?
私はおずおずと受け取り、蝋を割って手紙を広げた瞬間、顔面からスーッと血の気が引いていく。
――えっ
私は震える声で読み上げる。
「『――生徒会役員一同。本状を受領次第、至急、学園長室へ出頭されたし』……!?」
タクトがそれを聞いて叫ぶ。
「げぇぇぇっ!? 至急出頭!? なんで!? ガラス代は払ったはずだろ!?」
リサは眼鏡の奥の瞳を鋭く細める。
「……いえ、問題は窓ではありません。昨日の演習における『度を越した超常現象』……つまり魔法酷使です」
「監視カメラの映像改ざん、生徒数百名の瞬間跳躍・凍結・幻覚……誤魔化しきれず、ついに学園の頂点へ直接上がった可能性があります」
「えっ、待って!? アタシの愛されパシリ生活、まさかの退学処分で強制終了ーーっ!?」
私は頭を抱えて机に突っ伏す。
「終わった……! ついにバレた! 全員退学、生徒会解散処分よーーっ!!」
ガタガタと震えながらブレザーを整え、処刑台へ向かう罪人のような重い足取りで生徒会室を出る6人。
最上階の奥深く、普段は決して開かれることのない重厚な『学園長室』の扉の前へ向かう。
重厚な彫刻が施された大扉の前に立ち、アイラが唾を飲み込む。
タクトは制服の襟元を正しつつ、青ざめた顔で胃を押さえる。
「……おい、マジで入るんすか……? 俺、いつでも逃げられるように足元の偏向ダッシュ準備しときますよ?」
リサはバインダーを胸元で抱きしめ、学則の想定問答を脳内で高速シミュレート中。
「愚かなことを言わないでください。ここで逃走すれば即座に懲戒免職、いえ除籍処分です。……言い訳なら私が『不可抗力の集団催眠現象』として法規的に抗弁します」
私はギュッと両拳を握りしめる。
「……大丈夫! もし退学って言われたら、私が土下座でも何でもして全員分の責任を被るから! 行くわよ……!」
意を決してアイラがノブに手をかけ、ギギィ……と重い音を立てて扉を開け放つ。
張り詰めた殺気や怒号を警戒して身構える一同。
しかし、室内に漂っていたのは、張り詰めた緊張感ではなく、香ばしいほうじ茶の湯気と、甘い和菓子の匂い。
部屋の中央、革張りソファの前のガラステーブルには、湯呑みと虎柄の皿に乗った分厚い羊羹が人数分。
ソファに深く腰掛け、白眉を下げて目を細めているのは、全校朝礼でいつも長話をして生徒を居眠りさせている、小さなおじいちゃん学園長だ。
「フォッフォッフォ……。よく来たのう、生徒会諸君。まあ突っ立っておらんと、そこに座りなさい。熱い茶と、老舗から取り寄せた栗羊羹があるぞい」
私は思わずポカンとしてしまう。
「……えっ? あ、あの……学園長先生……?」
セナも拍子抜けして目をパチクリ。
「あれぇ……? お説教の雷がドカーンって落ちてくるんじゃないの……?」
タクトは小声でリサに耳打ちする。
「……おいリサ先輩、これ絶対『死刑囚に食わせる最後の晩餐』的なやつだろ……」
リサは眼鏡を直しながら警戒を緩めず着席する。
「失礼いたします、学園長閣下。……本日は昨日の演習における施設破損、あるいは一般生徒に対する混乱についての査問でしょうか」
――ええいままよ!!
私はは出されたお茶にも手をつけず、ソファの前でペコッと勢いよく頭を下げる。
「学園長先生! 昨日の窓ガラス破損の件なら、兄……じゃなくて、外の篤志家から全額弁償金が出て即日修繕が終わってます! 私の責任です、他の役員のみんなには何の落ち度もありません!」
必死に仲間を庇う私を見つめ、学園長は湯呑みをコトッとテーブルに置く。
そして、悪戯っぽく片目を細め、静かに笑みを深める。
「フォッフォッフォ。窓のことなど、どうでもよいわい。……それよりアイラ君、昨日のタクト君の『多重偏向反発面』、あれは見事じゃったな」
学園長の口からサラリと飛び出した、隠していたはずの【魔法術式】の正確な名称。
「――えっ?」と息を呑み、アイラ、タクト、そして全員の身体が完全に凍りつく。
「――っ!?」と私は目を見開き、息を呑んで立ち尽くす。
タクトは制服の袖口に隠した魔導腕甲を反射的に引き、顔面蒼白で一歩後ずさる。
リサは眼鏡の奥の瞳を鋭く尖らせ、無意識に指先へ冷気のパルスを集中させかけるが、相手が学園の頂点であることを思い出して辛うじて自制する。
「な……な、なんのことっすか……? 偏向……? 俺のはただ、足元が滑るマットを敷いただけというか……」
「フォッフォッフォ、誤魔化さずともよい。相手の運動エネルギーを殺さず、斜めの偏向ベクトルで天井と壁へ逃がす高等防護術式じゃ。……並の魔導士なら反発の負荷で両腕の骨が砕けておるわい」
セナは冷汗を垂らしながら後頭部に手を当てて言う。
「あ、あれ〜? 校長センセー、なんの話か全然わかんないな〜? アタシたち普通のお勉強熱心な高校生だし〜?」
「セナ君、お前さんが撒いた『魔道ワイヤー』と、セリア君の『多幸感ハーブポーション』も見事じゃったぞ。……もっとも、廊下でお昼寝させられたラグビー部諸君を起こすのは骨が折れたがのう」
セリアは優雅な笑みをピタリと止め、扇子を静かに胸元へ寄せる。
「……そこまで正確に把握されていらしたのですか」
学園長は長机の引き出しから、古びた革表紙の極秘ファイルを一冊取り出し、机の上へコトッと置く。
そこに綴じられていたのは、アイラたちがこれまで秘密裏に解決してきた事件の、生々しい魔法観測データと報告書。
「体育祭での違法エナジードリンク事件に始まり、北方演習場での巨神機解体……果ては、旧校舎地下350メートルにある『原初の魔導核』の暴走冷却まで……。教頭や魔法省には適当な嘘八百を並べて誤魔化しておいたが、ぜーんぶ、わしの目の黒いうちに起きたことじゃよ」
ノアは端末の画面を見つめ、青ざめながら呟く。
「……地下演算炉のマスターログ……生徒会の介入記録が外部に漏れなかったのは、上位権限で隠蔽パッチが当てられていたから……。あれは、学園長の仕業だったんですか……」
「……最初から、私たちが魔法使いであることも、裏で火消しを行っていたことも全てご存知だったのですね」
――なら、なんで……!!
私はギュッと拳を握りしめ、おじいちゃん学園長の正面へと踏み出す。
「……全部知ってたなら、どうして黙ってたの? 私たちが校舎を壊したり、一般生徒の前で魔法を使うのを……どうして止めなかったのよ!?」
学園長は怒るでもなく、皺の刻まれた目元をさらに細め、温かい眼差しで私を見上げる。
「止める理由がどこにある? お前さんたちは一度たりとも、無関係な生徒を傷つけたことはない。己の保身のためではなく、ただこの学園の平和と、仲間たちの居場所を守るために戦ってきたのじゃろう」
「それにのう……この桐花学園は元より、帝都のしがらみや組織の理不尽に追われ、行き場を失った『規格外の子供たち』が、人知れず羽を休めるための止まり木として建てた場所なんじゃよ」
学園長の口から語られた、桐花学園の真の設立理由。
そして学園長は湯呑みを持ち直し、私へ向けて意味深な笑みを投げかける。
「だがのう……わしが集めたのは、あくまでバラバラの『種』に過ぎん。彼らの隠した資質を見抜き、一つの生徒会室へ引っ張り込んだのは……アイラ君、他ならぬお前さんじゃろ?」
アイラは人差し指で自分の鼻先を指し、ポカンとした顔で首を傾げる。
学園長は湯呑みを両手で包み、目を細めて懐かしそうに語る。
「えっ、私が……!? いやいや学園長先生、何言ってんのよ! 私、ただ普通に生徒会役員を募集して、面白そうなやつをスカウトしただけよ!?」
「フォッフォッフォ、そこじゃよ。タクト君は裏社会のしがらみを捨てて平穏を望み、ノア君は組織に追われて心を閉ざし、セリア君は危険な調合で周囲から孤立し、リサ君は名門の規律に縛られて一人で凍りついておった」
「わしはただ、そんな居場所のない規格外の子供たちに桐花の門戸を開いただけ。彼らは皆、自分の魔力と素性を隠し、誰とも関わらんよう完璧に気配を殺しておったんじゃ」
「並の魔導士では一生見抜けん綻びを見抜き、笑いながら首根っこを掴んで陽の当たる場所――あの生徒会室へ引っ張り込んだのは、アイラ君、お前さんの規格外な直感と踏み込みの強さじゃよ」
タクトがポリポリと頬を掻き、自嘲気味に息を吐く。
「……まったくですよ。俺なんて、高校三年間をいかに目立たず平穏にやり過ごすかだけを考えてたのに……あの日、いきなり空から降ってきたこの会長に全部台無しにされたんですから」
ノアは眼鏡の位置を直しながら、薄く口元を緩める。
「僕もです。旧校舎のサーバールームに引きこもっていたのに、ドアを蹴破られて回線管理を丸投げされました」
「ふふ、私の淹れた劇薬ハーブティーを『うわー元気出た!』と笑って飲み干したのは、後にも先にもアイラちゃんだけですわ」
リサはバインダーを抱きしめたまま、小さくため息をつく。
「……私に至っては、徹夜で揃えた全校生徒の予算書類を吹き飛ばされそうになり、自爆させられたのですよ」
セナはケラケラ笑いながら言う。
「あはは! 全員、アイラちゃんの一本釣りに引っかかった獲物じゃん!」
仲間たちから一斉に暴露され、私は顔を真っ赤にして両手をブンブンと振る。
「な、なによもう! みんなして恩を仇で返すような言い方して! ちゃんと最高の生徒会室を作ってあげたじゃない!」
「カッカッカ! そうじゃ、それこそがお前さんの類まれなる才能じゃよ。……さて、せっかくじゃ」
学園長は湯呑みをコトッと置き、穏やかな視線をタクトへと向ける。
「まずはタクト君。あの日、お前さんがいかにしてこのお転婆娘に『偏向障壁』を見抜かれ、生徒会室へと連行されたのか……、その話からじっくり聞かせてもらおうかのう」
タクトが「うげっ、俺からっすか……!?」と露骨に嫌そうな顔をし、アイラが「ふふん、観念しなさい!」と腕を組んで胸を張る。
ついにエピソード1完結編の第10章です!!!!
この章はとにかく私のやりたいこと、やりたかったこと、これまで秘密にしてたことをぜ〜〜〜〜〜〜〜〜〜んぶやります!!!!!!!!!!
力尽きないか心配。




