第91話:英雄は甘さと優しさの違いを知る
セアフスシティにて
カタム領主がシュウノを呼び出して任務を説明していた
「シュウノ君。セアフスの冒険者殺しのオークの退治を成し遂げた君だ。君に出来そうな任務を与える。山羊男の手先の可能性の怪物がビジ村で出たらしい。調査に行け。」
「ビジ村はロジ・ジョットがレセプトに行く前に最初に立ち寄ったセアフスに近い村だ。そこで熊のような10mくらいの怪物がペットの密輸業者を惨殺したという話だ。人の顔と動物の顔の塊のような頭を持つ熊らしい。やってくれるね?」
シュウノはトレッチが狂わないか心配とカタム領主に相談した。
「トレッチさんが私から離れたら暴走しないか心配です…どうすれば…」
「まだ精神状態は治らんか?これをくれてやる。危険な道具だから気をつけろ…安眠嫌起という魔法道具の就寝グッズのマスクだ。つけると気持ちよく眠れるが起きるのが嫌悪感に駆られてずっと布団から出たくなくなる失敗作の魔法道具だ。あの狂犬が不安ならこれを騙し打ちでつけさせろ。」
「ありがとうございます…今から出発します。」
◆シュウノはビジ村へ向かう◆
シュウノはトレッチに会いに行き安眠嫌起を渡した…
「これで安心して寝れるんだって。カタム領主から貰ったよ。トレッチさんにあげるよ。俺はしばらく留守にするから待っててね。」
「忘れたの?シュウノがいない間はルナムとセイルは私が守るって。安眠グッズは必要ないわ。私を信じないと安眠マスクをあなたに被せて両目を釘で打つ…安眠マスクがはずれないようにね。」
「わかったよ…信じるからギノさんを襲わないでよ?お願いだよ?」
「うん。襲わない。シュウノが帰ってこないとギノを襲うから気を付けて。刻んで内臓をくりぬいてお刺身を乗せて活け作りにする。」
シュウノは冷や汗をかきながら後にした…
◆英雄はビジ村へ調査に向かう◆
シュウノは憲兵と一緒に馬車に乗りビジ村に移動を開始した
ガラガラと馬車がゆれ村が近づく…
「ついたらすぐに調査を開始します。シュウノ殿を頼りにしています。魔王を倒したシュウノ殿なら簡単ですよ。あなたは冒険者殺しの特殊オークも倒した。やはり一味違うお方ですよ。」
「持ち上げられたのは久しぶりですよ。私も皆さんより先に危険に立ち向かうように心がけますよ。」
敬語で憲兵たちに応対する様子は山羊男が現れる前のシュウノとは違った…
しかしビジ村に着くと想定外の事が起きていた…
静まり返り壊された建物がいくつか散見しており道端には血が水たまりのようにしみ込んでいる場所もあった…
「話は本当のようだな…人がいないのはなんでだ?家にいるのか?」
英雄がふと鐘を鳴らす塔に視線を移すと目を疑った…
「嘘だろ…山羊男…キャベツか?」
山羊男のキャベツが鐘の塔の上から下の様子を見ていたのだった
「キャベツ…ここにいるなんて…そんな…」
最も会いたくない敵の発見にシュウノは村に入った憲兵たちを呼び止めた
「皆さん、撤退しましょう。私がとどまり見張ります…奴がいます。塔を見てください。」
「嘘だろ?この村にいるなんて…どうする?」
「どうしようもないだろ?馬車に帰るぞ。」
「しかし奴が何をしているか調査くらいはしないとカタム領主に示しがつかん…」
どうするか憲兵たちが話をしている山羊男のキャベツは鐘をゴーンと鳴らした
「コンペヨ…出てこい…ここはもう意味が無い。別の場所に行くぞ…」
12mくらいに大きくなった熊のような怪物が家畜小屋から出てきた
熊の頭の部分には顔がなく代わりに19くらいの様々なペットの頭が生えていた
ところてんやキノコの塊のように顔が並んでおり人間の男の頭も一つあった
「メシ…エサ…マダ…サガス…もうやめてくれぇ。俺をこれ以上、付き合わせないでくれ…」
「ペットを助けるんだろう?お前にしかできないこともあるはずだ…」
「この村の違法なペットの繁殖業者は死んだ。次を探すぞ。獣畜がどれほど戦闘で耐えられるかも調べる必要がある。」
しかしシュウノの近くにいた憲兵はあることに気が付いた…
馬があわただしくブルルと身を震わせている
「おい…馬車の馬が怯えている。どうしたんだ?」
ビジ村の入り口近くの牛舎から家猫のような体格の牛が巨体を動かしながら飛び出した…
「モォオオオ」
馬車に近づいて歩いて寄って来た…牛のサイズの猫といえば虎と大差がない…
「ありゃなんだ…猫みたいな動きをする牛か?」
「皆さん、逃げてください!」
シュウノがアイテムコンプからパシュっと音を立てて心眼の剣を構えた
しかし憲兵たちはコモドオオトカゲのような体格の家猫たちが茂みから出て来て囲まれてしまった…
「にゃああ!」
「うあああ!囲まれた!ビジ村は化け物の巣になっている…」
「しまった!あの熊だけに集中しすぎた。」
次の瞬間、家猫トカゲたちが一斉に這いずり回り襲いかかって来た!
「待て…そいつらはペットの業者ではない…」
キャベツが望遠能力で憲兵たちを確認し獣畜を制止した…
山羊男は浮遊で飛んできてシュウノ達の前に立った
「外から調べに来たのか…ん?お前は…噴水広場であった男だな…シュウノだったか」
「事件を調べに来たということだな。好きに調べるといい…俺達は撤収する。住民は建物の中に怯えている。俺達は手を出していない…」
シュウノは噴水広場で会った時のような緊張感に襲われるが問いを投げかけた
「お前はここで何をしている?この人たちを見逃してくれ。」
「一度に二つ聞くな。俺は虐待や無意味な品種改良で命を殺す連中を調べた上でそいつらを餌にする方針を決めた。それでこいつらに力を与えて戦う機会を与えたのだ。奴らは自業自得のはずだ。お前は魔王を倒しても名声や金しか得ていない。命を救えないお前が俺達を批判はできないはずだ。」
「二つ目の返事だが見逃すも何もお前らは俺に何もしていない…お前らに興味はないからさっさと帰れ。だが俺に何かしたらすぐに殺す。」
英雄が怪物に心境を投げかけた
「噴水広場はすまなかった…俺はお前を笑っていた…怖がっているお前を弱そうな魔物と思って馬鹿にしていた。お前の虐待された境遇も上の人から聞いた。だからこれ以上、人間を殺さないでくれ。魔人を大勢殺したのはお前か?それで満足したのか?虚しいと思ったらもうやめてくれ…」
「虚しいとは全く思わない。お前が俺に謝る必要も同情する必要もない。お前が反省してもしなくても俺には何の救いにもならない。お前らは気にせずそのままでいればいいのだ。俺に改める必要はないしお前らの改善に興味はない。所詮、俺が脅威だから考えを変えただけだ。自分から改めた訳でもない。お前らの気持ちなど俺には必要ない。」
「じゃあお前のやることはいいのかよ?虐待した奴と同じかそれ以下だろ?」
シュウノが苦し紛れに問いかけるとキャベツはつまらなそうな表情で返した
「同じか違うかはどうでもいい。誰が終止符を打つかだ…人間は自力でできない。環境を破壊し生物を不必要に殺す。金という財産と生活力を手に入れるためだ。なら生存という権利を俺達も持つはずだ。家畜やペットが人間を殺しても罪はない。」
「魔人の話もしたな?奴らは略奪民族だ。絶滅しても全く同情しない。魔人は死んで当然と言う人間もいるくらいだ。お前が俺を咎めるのは負け惜しみだ。権力者にも逆らえないお前が俺に言う権利はない。」
「お前は魔王を殺したくせになぜ魔人の残りは生かした?これまでの英雄共もなぜか残党を残して負債を次の世代に残す。虐殺は頻繁にするくせに中途半端だ。同類に同情したのか?」
「俺が暴れていると言うならばお前らが普段、弱い側にやっていることもそれだ。所詮お前らは鏡が現れたら文句しか言えない弱者だ。自分の行為が返ってきたら耐えらないだけの被害者ぶる真の弱者だ。興味が無いから早く帰れ…」
あまりの苛烈な返答にシュウノは圧倒されてしまう
「違う…俺達は少なくとも戦えない人のために戦っている…」
「見返りがあるからだろう?お前など誰にとっても時間と資源の無駄だ。成功者として社会からサービスを受けて女と笑って楽しく生きていればいい。成功者とは社会のただ乗りをしている側が多いはずだ。成功者のほとんどは相続が多いと聞くがお前は手柄で成功者になったのか?」
「どの道、楽で恵まれた側だろう?金のシステムの複利をうまく扱い資産によって働かなくても金が入る循環を持つ連中だ。だから俺に構っても成功者にメリットはない。善や悪を語って暴力を俺に向けるならお前の身内もまとめて殺す。」
シュウノは何も言えなかった…が
「みんな内面が弱いんだ…だから悪さや無関心をする。お前はそれが理解できないんだ。」
「なんだと?悪になるなら内面が弱い奴をすべて殺せ。お前らは悪い奴を倒すのが好きだろ?所詮はわかりやすい魔王しか相手にできないごっこ遊びの連中がお前らだ。話す価値が無い…」
「お前の話は先がない。お前らの反省は無意味な自己満足だ。善人など何の力も意味もない。流れに流される日和見主義者の集団を社会と俺は考えている。お前らの勝手にしろ。相手が理解できないと考えるのは価値観と押しつけと独善だ。」
正論でねじ伏せられるような言葉攻めに英雄は反論した
「山羊男に人間は理解できないかもしれないがお前に殺されて泣く人もいる。お前が虐待されているなら痛みがわかるはずだ。この前のオークもお前の仕業だろ?奴は冒険者を大勢殺したぞ?」
そう英雄が山羊男の情に投げかけるが冷たく返された…
「泣けばいい…何の意味もない。俺が殺そうが救おうがお前らの基準で咎められない。なぜなら俺は家畜でお前らは食ったり暴力を与える側だ。痛みがわかったところでこの構図は変わらない。オークはお前らが大勢殺すからオークがお前らを大勢殺しても同じはずだ。俺はそこまでやれとは言っていない。」
「怯えた俺を笑っていたお前が何を言う?俺がお前に従いここで止めても俺を殺しに来る奴が世界中からくる。だから意味が無いしお前は娯楽の中で生きていろ。もう去るから追うな…追えば俺の敵と判断するぞ?」
「お前らの立場はもうない。自分の権利や価値観を主張するなら人間同士でやれ。お前がしているのは白蟻が家を荒らさないと一匹だけ言っているようなものだ。」
「植民地にされ奴隷にされて死んだ者は侵略者側の改善や償いなど反吐が出ると思うぞ?お前らは咎人のまま開き直り奪う側でへらへらしていればいい。それが人間という存在のはずだ。現代まで時間があったはずだ。だがお前らは改善できない…魔人と似ている。」
呼吸が荒くなるシュウノはキャベツに苛立ち始めた
「じゃあどうすればいいんだ?お前だけ神の立場か?」
「くだらない…お前らはすでに答えを出している。まともな善人がしているように犠牲を減らすように行動することだ…NGO(非政府組織の人道支援などの団体)という志がある人間の活動は知っているが多数派の人間はしない。エゴという本能があるからだ。だからお前らは欠陥を抱えた生物だ。」
「人間は悪というよりそうなる存在だ。パンダが竹を食い腹を壊しながら生きる欠陥があるように病的な想像力のなさと残酷さだ。鶏の小屋に入った野犬は食う以上に殺すらしいがお前らは野犬なのだ。もう人類の改善は諦めろ。そしてお前は内容が無い駄本のような存在だ。質問の意味がほぼ感じないのはお前の知性が乏しいからだ。」
震える声でシュウノはキャベツに言い返すが妙に正論でねじ伏せられる気分になる…
「愚かではなく欠陥だと?完璧になれってことか?お前は何様だ?」
「どうせお前は善人ではなく遊び人でつまらない無価値な存在に違いない。俺を笑って見捨てた奴が何かができるわけが無い。女と笑って金を持って無意味に暮らして老いて幸せに死ね。人間の幸せは金と異性と健康というつまらない自分だけの享楽みたいな無価値なものだろう?人間の幸せなど全く犠牲を避けるための役に立たないはずだ。俺にとってお前は捨てられた雑誌だ。」
キャベツは歩いて行った…
「殺してくれ…頼む…」
以前、ペットを生き延びさせようとキャベツに頼んだコンペヨの悲鳴がシュウノに届いた
キャベツの後をついていく獣畜を見て英雄が怒鳴った
「おい?この人はなんだ?なぜ怪物にした?お前の余興か?」
「コンペヨは人間が死ぬのはどうでもいいがペットが死ぬのは泣くという男らしい。それでペットを長生きさせろと俺に言うからしてやった。ペットは人間を食いたいと言っている。余興ではない。」
「獣畜とは有意義な命を救う戦士だ。害虫みたいなお前らの欲張りを駆除する存在だ。お前が魔王を倒してへらへら笑ってるよりマシだと思う。」
言いようのない不快感に駆られたシュウノはキャベツのやり方に怒りを向けた
「お前は他人の主張の隙をついてばかりだな…相手の非を責めて自分を有利にしている…」
「何が言いたい?先の話をしろ…」
「俺とその怪物を戦わせろ…その人を解放する。山羊男の都合で人間を駒にしているだろ?」
「情けない…俺がコンペヨとお前の戦いに介入して死にたくないと言うことだな?勝てる奴に勝って自分は生きたいのか?所詮は格下にしか相手に出来ないのが力を持つ者の宿命だ…そして獣畜は人間を嫌っている者がほとんだ。俺も無秩序にならない程度にしか命令していない。」
「お前にハンデがあるならいいだろう…それはお前が多少は負傷することだ。お前にメリットだけでも俺に不利だからな…」
タイマンをする上でのキャベツの条件に英雄が乗った時だった
「わかった。ハンデを教えろ…俺と一対一をさせてくれ。」
キャベツはフッと高速で蹴りを入れてシュウノの利き腕を折った…
ボキッ…
「ぐああああ!」
蹴られた勢いでゴロゴロと倒れ転がる
「噴水広場ではメイリアも骨を折ったからな。お前も味わえ。笑いながら戦うな…これがハンデだ。本気で蹴っていたら袋のようにお前は破れていた。俺には勝てない…さあ始めろ…ゴミのような駄本でも内容のある本より売れる場合がある。中身が無い読者は中身が無い本を好むからだ…俺は手を出さない…」
憲兵たちが獣畜を恐れながら憤る
「貴様は理由をつけて虐殺しているだけだ。人間の悪党と変わらんではないか!」
「言ったはずだ。同じか違うかは問題ではないと。悪党も善人も息を吸うしパンも食う。お前らは憲兵で給料がなければまとまらない。仕事と思い込んでいるが刷り込みによる信仰だ。暴力により法を犯した者を取り締まるというのは悪党の組織と紙一重だ。」
「社会に認められているかの差でしかない。その証拠に憲兵の不正はもみ消す場合もある。だからお前らが言っていることはただの正義感だ…力や組織力やルールを盾にして偉そうにしたいのが人間だ。」
痛みに悶えながらシュウノがキャベツを睨みつけた
「俺はお前に言う権利が無いかもしれない。だがお前の言い分を認めれば人間の生き方が許されない…抵抗は認めてもらう。」
「そうだ…力しか最後はない。俺が対話で済ませようとしても多くの場合は俺を殺そうとした。噴水広場も風見族も魔人共も悪党の奴隷市場も俺を山羊男という理由で殺そうとした。お前らは考える野犬だ。白蟻みたいに駆除されても文句は言えないはずだが白蟻も兵隊蟻はいる。お前が強いからそんな風に言えるだけだ。そしてより強い力には無力に死ぬ…」
「違う!例え死んでも俺は無駄とは思わない!犬死だと笑われてもいい。俺は戦う時は何かのために死ぬと思って戦う。無意味かどうかはやるまではわからないはずだ!お前は醜悪さを理由にして他人をコケにして無価値だと言っている。よく見ておけ!」




