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街に現れた山羊男

山羊男は方向もわからず相変わらず街を彷徨っていた。元いた薄汚い小屋を脱出し、街から外へ早く出たいが、街の中は山羊男にとって恐怖で囲まれた迷路のようなものだった。


「なんだ、あれは……?」

「おいおい、魔物か?ずいぶんヘンテコな格好だな」


住民たちは山羊男を指さし、嘲笑と不安が入り混じった視線を向ける。その好奇の注目が、山羊男の心を焦らせ委縮させていく。

山羊男が通ったタバコ屋がある小路で、飼い主との再会は唐突に訪れた。飼い主のおっさんであるギノが、咥えたタバコをポロリと落とした。


「あ、あの折れた角と……はいてた半ズボンは……」


山羊男はギノと目が合った瞬間、かつての恐怖が目に浮かぶ。


「めぇえっ!!」と小さな悲鳴を上げ、山羊男は狂乱のパニック状態で路地裏へと駆け出した。


逃げ込んだ先は、街の憩いの場の噴水広場だった。ギルドと酒場が近くに立ち並ぶそこには、先ほどまで談笑していたシュウノたちの姿があった。


細マッチョで半ズボンを履いた奇妙な出で立ちの山羊男に、シュウノ達の視線が釘付けになる。

「なんだ、あいつは。魔物か?」


「魔物にしては、あまり邪悪な気配を感じないですね……」

ティアニスが小首をかしげる。


「さっさと終わらせるか」

メイリアが柄に手を置き冷たく言い放つ。


イグナは少し待てとなだめる。

「怖がってそうだもう少し、様子を見よう」


そんな中、ピー太郎は呑気に写真機を構えた。

「あはは!珍しいですねぇ!」

乾いたシャッター音が広場に響く。


シュウノは鼻で笑った。

「やれやれ、ラスボスの後に半ズボン履いた山羊男かよ」


騒ぎを聞きつけた衛兵たちが6人、山羊男を取り囲む。

「おいおい、どっから出やがった?やけに弱そうじゃねぇか」


嘲笑いながら、衛兵が剣の刃先で山羊男を小突く。


「やめて……やめて……」


山羊男の口から、弱々しい声が漏れる。

しかし、衛兵がニヤニヤしながら、さらに強く突いたその瞬間――。


プツン、と何かが山羊男の中で理性が弾けるような音がした。


次の瞬間、広場は地獄の門が開かれたかのような光景になった。

山羊男が掴んで引っ張れば、紙のように引き裂かれ、殴りつければ粘土のように叩き潰される。

繊細なガラス細工を砕き散らすように怪力を帯びた腕を振るう。

空中にペンキをぶちまけたように飛び散った。

“生きていた衛兵”が周りからいなくなると返り血で汚れた山羊男は何かを含んで口を動かしている。


広場は賑やかな会話が途切れて、一瞬の静寂の後


「う、うわああああああ!」


一人が悲鳴を大声で叫び静寂が破られたのだった。


「化け物だ!」

「逃げろ!近づいたら死ぬぞ!」

「どけろ!邪魔だ、前をあけろ!」


広場は地獄のような惨劇を目の当たりにしてパニックに包まれた。

生存本能に駆られて我先にと押し合いへし合い、転んだ者は踏みつけられその場を離れようと阿鼻叫喚。

ピー太郎も「助けてー!」と叫んで真っ先に空へ飛び逃げ惑う。


「この化け物め!」


メイリアが呆気にとられたシュウノを置いて先陣を切る。

鋭い刃が山羊男を切り裂き『裂傷線』を発動!

つけた傷を視認して念じ平行に広げる必殺の異能である。


山羊男の傷がどんどん広がり真二つになると思われたその時だった。

山羊男の周りが蜃気楼のようにユラユラ一瞬歪んだと思うと傷口は肉をねばねばと接着し縫い合わせるように瞬時に何事も無かったかのように修復されていく。


「なっ!?」


驚く間もなく山羊男は剣を持っていた腕をつかみメイリアの腕をいとも簡単にへし折る。


「ぐあぁっ!」


痛みに苦しむ間もなく、うなじを掴んで少し距離がある酒場の壁へと力任せにボールのように投げつけた。

ドォン!と轟音と共に壁が崩れ、メイリアは激突して悲惨な姿になったのだった。


「お前の…仲間か… お前の仲間か!!」


その声は、惨劇を繰り返す怪物からは想像もつかないほど、山羊の鳴き声のように少し高い声だった。

山羊男は立ちすくんだシュウノを指差し、激怒に身を震わせて怒号を飛ばす。


「こっちに来い!!」


あまりの光景にティアニスはたまらずゲロを吐き、イグナは汗を浮かべて過呼吸を起こしながら杖を構えることしかできない。


シュウノは恐怖に震える声で呟いた。


「……お前ら、手を出すな…俺が行く……」


その時、頭上から数本の矢が降り注いだ。


「調子に乗るなよ、化け物が!」


加勢に来たのは、空を舞う鳥型亜人の戦士たちだった。

山羊男に矢が突き刺さっていいき、山羊男は痛みと安全圏からの攻撃でさらに怒り狂った。

山羊男の周囲の空間が蜃気楼のようにまた数秒だけ歪んだと思ったら、ふわふわと宙に浮き上がる山羊男。


シュウノは戦いの思考も少しは始まるが恐怖で身動きしようにも体がついていかない。


「こいつ、能力が増えてるのか?」


山羊男は突き刺さっていた矢を引き抜きながら飛行。


「山羊が空を飛ぶなんて、くだらねぇ」


鳥型亜人はアクロバティックな飛行で飛び慣れない山羊男に矢を当てるが、それがさらなる怒りの引き金となる。

山羊男の周りがまた歪んでおさまると、山羊男の近くに歪んだ空間の小石ほどの粒が出た。

山羊男はそれを見つめて鳥型亜人に弾丸のように射出。

「ヒュン」と鳥型亜人をかすめて驚いたが「どこを狙ってる?」と煽る。


「そんなもん当たらねぇよ!」


次の瞬間、山羊男の周囲に無数の粒が量産され続け、連射が始まった


「がっ……あ……!」


対空砲を振り回すようにそれは空の支配者たちを瞬く間にハチの巣に変えた。

空から、羽と血の雨が、シュウノたちの頭上に容赦なく降り注ぐ。


呆然とするシュウノたちをよそに、山羊男は勝てないと逃げ惑う生き残った鳥型亜人たちを追って、街の外へと飛び去っていった。


静まり返った広場には、ただ絶望と血の匂いだけが残されていた。

シュウノたちは、メイリアが激突して突き破った酒場へと、震える足で歩み寄るのだった


「生きていてくれ…」


魔王を討伐したはずの自分たちが、これほど無力に震えていることがひたすら悪夢だと打ちひしがれるのだった。

その認めたくない現実に、シュウノは乾いた喉で呟くしかなかった。


「俺たちの楽しい時間は終わった…」

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