第11話:魔の山と魔王の娘
魔人たちが送還魔法で神木を送った先は魔族の拠点の魔の山だった。
岩肌の多い険しい山であり、山の中は蟻の巣のように洞窟が入り組んでいる。
その山頂に不気味な宮殿と広い庭があり魔法陣が敷かれた中心に神木は現れた。
「ふん、馬鹿な山羊男が神木をへし折ってくれたおかげで風見族から容易く奪えたわ。」
「神木を風見族が扱っていた間はどうしても阻まれ手を焼いたからな。」
そう言いながら宮殿の廊下から魔族の幹部の『イテミス』が大柄で屈強そのものの姿を現した。
神木を手中に収めたことをその目で確認し、配下に命じる。
「外側を慎重に削り“中身”を確認しろ」
「我らの始祖たる偉大なる龍族のその姿を目に入れようぞ。」
魔人たちはあらかじめ攫っていた人間の大工や工芸家たちに作業を命じるのだった
「いいか?生きて帰りたければきれいにやれよ?お前らもプロなら俺たちを失望させないように立派にやれよ?」
職人たちは死の恐怖で押し黙り無言でノミや金槌で“カチカチ”と音を立てながら表面を削っていく。
数時間の作業中にノミが幹と幹の層に奇妙な隙間へと突き抜ける
「……空洞か? いや、すぐ下に滑らかな表面……鱗がある。まさか……」
その言葉を聞きつけた魔人が、食い気味に駆け寄る。職人を突き飛ばすと、剥き出しになった神木の断面を凝視した。
「間違いない! 龍族だ! 早く表皮をすべて剥ぎ取れ!!」
魔人の歓声に応じ、作業が加速する。さらに数分が経ち、木の心材のような色合いの“龍”の顔が、完全に露わになった。
「素晴らしい!歴史の証明だ。伝承に聞く龍族の長達の『九源龍』の一柱でこの世に風の魔法をもたらしたという…『風魔龍』だ。」
「これこそが神木の力の正体だ。」
イテミスは歓喜のあまり不気味な笑みを絶やさない。
その様子を見て顔をしかめていた人物が一人いた。シュウノ達が魔王ノフィスを倒したあの日にいた娘だった。
「ずいぶんと朝から賑やかだな?」
イテミスの耳に声が届き笑みを浮かべて振り向く
「先代魔王の娘、『ルナム』よ。これを見て驚かんのか?龍を見るのは初めてだろう?」
「ロジャノのような人間の弱さを持つ龍人の紛い物とはまるで違う。正真正銘の本物だ。」
「ただの木ではないか?木彫りの熊とどう違う?父上は龍族の威光など使わずおぬし等を率いたであろう?」
「黙れ!!我々を創造した創魔龍の配下の一柱だぞ?伝承では風魔龍は風の魔法と風見族の先祖をこの世に創った話もあるが創魔龍の配下なら我々にも関係がある。」
「魔族に伝わる壁画と伝承か?この際それはもういい…。その『風魔龍』をどうする?」
ルナムは対話に疲れた表情で尋ねると
「我ら魔族は滅びゆく前に龍族が後継者として生み出したのだ。この『惑星アグルス』に現れた最強の種族である龍族を超えることこそ我らの悲願」
「まずは俺様が歴代最強の魔王となり龍族と同じ水準に到達し、人間どもからこの星を奪い返す。」
「父上が倒れた以上、今は弱った我らの勢力を立て直すのが先決だと思うが…?」
「下手に人間に戦いを挑めばこの山も落とされるであろう?」
「それにお前は魔王になるにも手柄がまだなかろう?まさか折れた木を盗んで魔王になるとは言うまいな?」
ルナムの言い分に耳が痛かったのか癇癪を起しかけて睨む
「ふん…手柄ならすぐに立てるわ。あの珍奇で品格に欠ける山羊男を殺し、先代魔王を倒した一団の死体もこの山の山頂に吊るしてカラスの餌にしてくれる。」
「その時のお前は我が妻としてその様子を特等席で眺めさせてやる。」
「確かに、お前は肉体や異能は父上より格上とは認めるが…肝心の器がないな。この私を妻にしたいならしばらく修行を勧めるぞ?」
その言葉に頭にきたのか
「ならば、お前の器が弱いか試してやる!しばらく苦境に耐えて見せよ!か弱い妻だと困るからな?」
「ルナムを人間用の独房にしばらく閉じ込めよ!」
魔人が少し、後ろめたそうにルナムを連れて行くのだった。イテミスから離れたら魔人が声をかける
「あの…無礼をお許しください」
「よいわ、逆らえばお前が危うかろう?」
ルナムは魔人の匂いを嗅ぐ素振りを見せ
「お主、イテミスに沿わぬ魔族の派閥の殴り込みに参加したであろう?あのたわけに付き合あされるお前たちが私以上に気の毒だ。」
「ちょっと、ルナム様……噂の“サイコメトリー”ですか?やめてくださいよ…一応、敵襲の場合のために、合鍵を置いておきますので隠し持っていてください。お気を悪くせずに…」
そういうとルナムを檻に入れて魔人は立ち去っていった。
「はぁ…魔族はいつも天才が消えた後はこれの繰り返しなのだろうな…父上のように自分以外を育てる気がある者がおらん。これでは人間と戦う前の話ではないか」
そう独り言を言うとルナムは牢屋に寝そべって無気力に動かなくなった。
***風魔龍の成れの果てとその力を望む者
職人たちが覆っていた木の削り出しを終えるとまるで雛が卵の中でふ化を待っているような姿勢で木になっている風魔龍が現れた
「巨木の中に、木になった龍がいたなんて…しかも、なんとなくまだ生きてる感じもする…」
「体長は20m以下位くらいか?大きいのは間違いないが、丸まってるから広がったらどのくらいだろう…」
そううろたえているとイテミスが作業を「ご苦労」と拍手を送り職人たちを風魔龍から下がるように命じる
「人間の優秀な職人の諸君らの働きの褒美として俺様の記念すべき真の支配者への就任式をお見せしよう。」
「その様子を見届けて人間どもにこのイテミス様の恐ろしさと強大さを伝えていただく。」
「その前にこの式典に避けては通れぬ風魔龍について教えてやろう。」
イテミスは説明したい欲求に駆られているらしく、うきうきと龍の秘密を話し出す
「この世界には魔法があるのは常識だがそれをもたらしたのは創魔龍という龍族の頂点たる神だ。その下に臣下の8体の龍達の王がいた。風魔龍はその一体よ。」
イテミスは風魔龍の顔を鎧を付けた腕で撫でている。
「魔族の伝承では5億年前に龍族は巨大隕石によって9体の龍以外は滅び、その9体も長く癒えぬ傷を負った。」
「創魔龍は龍族が滅ぶことに直面し絶望した。そこで自身の血肉で様々な実験を行い後継者を残すために魔法生物を数多くお創りになられた。その魔法生物達は独自に進化を遂げ分化を繰り返し高貴な魔族や下等な魔物のような者が現代に存在しているのだ。」
「しかし、創魔龍は自身に及ばない創造物達に失念し最後は自分が永遠の命を得ようと空の果てまで飛んで自らを細かくして空の果て(オゾン層のこと)の大気に溶けたという。それは魔源とよばれ太陽や星の自転や風などの刺激で増殖し量が多くなって溢れ漏れたり、結びつきで重くなったものは無色透明なまま降ってきている。」
「それが空気中に浮かぶ魔力よ。魔法使いが体から魔法を発生させて遠くまで飛ばしたり現象を維持できるのはそのおかげだ。火に対しての酸素といえばわかるな?」
職人たちは長い話に理解が追い付かないがイテミスを恐れて本題に入れと質問もできない
「残った8体は創魔龍が残した環境を存分に活用して研究し魔法にそれぞれ星の営みに似た特性を与えて我が物とした。それは風なり、炎なり、水なり、土なり…現代まで続く魔法の源流よ…」
「その中の風魔龍は風の自然災害の域に達したが長い寿命の中いつの日か病に蝕まれたという。」
「延命や治療手段で木になり回生を夢見たが龍としては長い時の中で死に植物のまま生き延びたという成れの果てが神木だ。神木は風を受ければ魔力に変換し蓄え魔力を加えれば思うがままに風を起こし、さらに扱うものに魔力を渡す。それはまさに龍だけが起こせる奇跡なのだ。風見族は何も知らず使うだけだったがな。」
「重要なのは風魔龍の肉体だけはまだ生きているということよ」
イテミスが伝承の話を締めくくり過去の話から今の話と切り替える。
「そしてこのイテミスは歴代魔族の魔人でも最強の肉体を持って生まれた、存在。」
「我こそは創魔龍が望んだ真の後継種の悲願の達成。」
そうしめくるとイテミスは両腕の鎧を外し木になった風魔龍に向ける。
次第に、イテミスの両腕は“ぶよぶよ“した透き通ったスライムのようになり風魔龍にまとわりついていき風魔龍は溶けだしていく。
「その理由がこれだ…我が異能は魔力を持つ肉体を吸収し我が身の一部とすること。『スキルツリー』と呼んでるがな。」
「風魔龍は我が力となる。―ふふふ…まだ途中なのにこの俺様の肉体が龍の力に恐れを抱いておるわ」
「どんなに落ち着いたつもりでも体の震えはごまかせぬものよ…しかし、その震えも越えた先にしか覇道の道は開けぬ。」
木の風魔龍が完全に消失しイテミスに吸収されてしまったのだった
「“ノフィス”は知の天才だった…しかしこのイテミスは武の頂である。」
職人たちはイテミスの周りから風が吹き出していることに怯え始めた。
元々、生えていた角も龍のような角に形が変わっていく
イテミスは指をトンボの目回しのように回すと手の上に小さな台風のような気流が発生した。
魔人の一人が「呪文や術式の準備も無しに指の動きで…異能なら話は別だがあれは魔術だ…」と驚愕している。
「すこし、試し撃ちがいるな。」
そう呟くと魔の山から手裏剣のように投げつけると魔の山の先から投げられた気流が留めなく巨大化していき台風になり「ゴォォオ」と音を立てながら進路にあるものをなぎ倒しながら進んでいくのだった。
「ふははは…これはまだ序章だ。ここからが俺様の栄光の階段への第一歩よ」
職人たちは「また魔王がでた…」と力なくノミを落とすのだった。




