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ビーダーマイヤー・トリコロール、変死事件に巻き込まれた逃避令嬢  作者: RiePnyoNaro


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ビーダーマイヤー・トリコロール、変死事件に巻き込まれた逃避令嬢 その4~前代未聞の変死体が発見される~

ヨハンナは十年前(1848年)の革命について語った父の話を思い出し、そして


「もしブルックナーさんが自由と平等を訴える集会を頻繁に開催するようになったり、ビラを配って『労働者の権利』『普通選挙の導入』『封建的特権の廃止』を訴えたりして、デモ行進に参加したりする、社会主義運動にのめりこんだりしたら?

指導者になったりしたら、どうしよう?」


と不安になった。


国家憲兵(ジャンダルムリ)につかまって一生牢屋から出られない!なんてことになったら?心配でたまらない!」


と恋人でも婚約者でもないのに、こんな心配をする自分を、バカみたいと嘲笑した。


でもヨハンナは考えずにはいられなかった。


カールとの裕福かもしれないが屈辱的で理不尽な苦痛しかない将来と、アルフォンスとの貧しくても社会をよりよく変革するという理想に燃え希望に満ちた将来とを比べると、どうしても後者の方が魅力的に思えた。


アルフォンスの父親はグラーツ大学の職員で平民の身分だった。


母親がデザインし仕立てたドレスが評判になり、飛ぶように売れたおかげで、大学の入学資金ができたことや、厳格な父親に幼いころから厳しいしつけと高度な教育を受けたおかげで、優秀な成績で入学できたことを、アルフォンスは誇りにしていた。


ヨハンナはアルフォンスが語った身の上話を思い出し、より頼もしく、より尊敬の念を抱き、理想の伴侶と考え始めた。



**************


レオポルト・アントン・フォン・グリュンタールは、ウィーン大学の学生で、無造作に整えられたライトブラウンの髪が目を覆い隠すほど伸びた、物憂げな青年だった。


 「読みたい論文があるから」


と、わざわざウィーンからグラーツにある知り合いの伯爵家の私設図書館を訪れていたレオポルトは、天上の高い、ゴシック聖堂のように暗い、インクと(かび)の匂いが充満する図書館で、ひとりがけのベルベッド張りのソファに身を沈めて、過去に発表された研究分野関連の論文集に没頭していた。


オリエンタルな漆黒の短い髪と、漆黒の瞳を輝かせたフランツ・バウアーが息を切らせて駆け寄り


「聞いたか?

今朝グラーツの郊外の屋敷で、便槽(ゼンクグルーベ)の中にうずくまった男の遺体が発見されたんだって!」


レオポルトが論文集から目を離し、フランツを見て眉を上げ


「詳しく聞かせてくれ」


フランツは興奮で頬を染め、レオポルトの隣のソファに腰かけた。


「カフェでコーヒーを飲んでると、そばのテーブルで憲兵たちが話してたんだ。

面白そうだからキプフェル(クロワッサンのようなお菓子)をおごって詳しく聞かせてもらったんだ。」


レオポルトは論文集に、(つた)模様細工の美しい銀製の(しおり)を挟んで閉じ、テーブルに置き、ひじ掛けに肘をついて腰の前で両手を組んだ。


フランツが順番に話そうと集中した顔つきになり


「ええっと、確か、屋敷の(あるじ)はヨハンナという軍人貴族の娘で、旅行で1週間前からグラーツ郊外にある別荘を訪れていた。

今朝、用足しに便所(レティラーデ)へ行くと、穴の中にいつもと違う気配を感じ、のぞき込むと黒い目のようなものが光った。

あわてて、腰掛ける木箱を移動させ、地面にあいた穴の中をよく見ると、人のように見えたので慌てて街に出て憲兵を呼んだとのことだ。」


レオポルトが信じられないという風に首を横に振り、


便槽(ゼンクグルーベ)?あの排泄物がたまるところ?

なぜそんなところに人がいたんだ?

男の遺体ってことは死んでたんだな?」


フランツは頷き


「憲兵が穴に手をつっこんで引き上げようとしたが、深くて届かず、肩幅がギリギリ入るぐらいの狭いの穴なので、内部を塗り固めてある木と漆喰(しっくい)を壊し周囲の土を崩して穴を広げてから男の遺体を取り出したそうだ。

不思議なことに夜は氷点下になる寒さだというのに、その男は上半身は裸で、フロックコート・ウェストコート・シャツを畳んだものを腕にしっかりと抱えていたらしい。

靴は履いたままだった。

凹字形の便槽(ゼンクグルーベ)の、底の部分に仰向けに横たわり排泄物が落ちる穴のある上方向を見つめていた。

男はひざを抱えるように折って横たわっていた。」


レオポルトが顎に指を添え、少し考えこみ


「つまり、誰かがその男を殺して、便槽(ゼンクグルーベ)に押し込み逃げたということか?

でもなぜその場所で?

ヨハンナとその男の関係は?」


フランツが首をひねり


「ええっと、ヨハンナは怖くてその男の死体を直接見ることができなかったが、死んだ男が胸に抱え込んでいたフロックコートとウェストコートは失踪中の婚約者の男爵子息カール・フォン・ヴァイセンホフのものだったそうだ。」


レオポルトが眉を上げ、興味を示し


「ヨハンナは婚約者と別荘に来ていたのか?

いつから失踪していたんだ?

その死体は婚約者ということか?」


フランツが矢継ぎ早の質問に、なだめるように手をヒラヒラさせ


「時系列順に言うよ。

まず一週間前、ヨハンナ・フォン・グルーバーが一人でウィーンからグラーツへやってきた。

二日後、婚約者のカール・フォン・ヴァイセンホフがヨハンナを追いかけてやってきた。

そしてカールは別の宿に宿泊し、二日前まではヨハンナの別荘を毎日訪れていたが、昨日は姿を見せなかったそうだ。

便槽(ゼンクグルーベ)の男が抱いていたフロックコートとウェストコートが二日前までカールが着ていたものだとヨハンナは証言している。

つまりカールは二日前に失踪し、今朝、便槽(ゼンクグルーベ)で死体で発見されたわけだな。」


レオポルトはフム!と唸ると


「男爵子息であるカールはグラーツに『敵』がいたのか?

政治的に敵対する貴族だとか?

商売(がたき)だとか?

殺されて便槽(ゼンクグルーベ)に押し込まれるなんて、よほど強い恨みをかったと見える。」


フランツは肩をすくめ


「さぁ?そこまでは知らない。

だが、確かに、殺された上に臭くて汚い排泄物まみれにされる、なんて想像しうる中でも最も屈辱的で醜悪な殺され方だな。

死体になってまで冒涜され(ひど)い汚辱を受けるだなんて。」

(その5へつづく)



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