ビーダーマイヤー・トリコロール、変死事件に巻き込まれた逃避令嬢 その3~貴族令嬢は革命家の大学生にあこがれを抱く~
別荘に到着するとヨハンナは
「あがってお茶でも飲んでいかれませんか?」
と誘うと、アルフォンスは真剣な顔つきで首を横に振り
「初めて出会った見知らぬ男を家にあげるものじゃありません。
お詫びのつもりでお送りしただけですので僕は失礼します。」
と言うと、キャスケットを少し持ち上げ、会釈し、背を向けて立ち去った。
立派な、理想的な男性の振る舞いに、すっかり感心して舞い上がり、『理想的なアルフォンス』と結婚出来ればきっと幸せになれるのに!と夢想し、『残念なカール』と婚約したことを心の底から後悔した。
翌朝、馬のいななきと馬車のきしむ音で目が覚めると、玄関の方から甲高い男性の声で
「荷物を中に運び入れてくれ!
え?断るだってっ?!
チッ!じゃ、待ってろっ!
おーーーい!ヨハンナっ!
僕だっ!
馬車の料金を支払ってくれ!
そして荷物を運び入れてくれ!」
叫びながらカールが玄関から入ってくる気配がした。
ヨハンナは慌ててウールピケのスリーピースのオリエンタル風デイ・ドレスに着替えた。
裾や袖口のアラベスク風のコード刺繍がお気に入りだった。
髪は適当にまとめ、グルデン銀貨の入った巾着をつかんで玄関に向かった。
ヨハンナが御者に支払いを済ませ、三つのトランクを引きずるようにして家の中に運び入れると、カールは居間のソファにだらしなく寄りかかって座りヨハンナの買った白パンをかじってた。
ヨハンナを恨めしそうに睨みつけ
「お前が突然、失踪するから、仕事が進まなくてまた父さんに叱られたんだぞっっ!
どーーしてくれるんだっ!
早く戻れっっ!戻って働けっっ!!」
男爵家の子息とは思えないほど、だらしなく怠惰なカールの様子にあきれ果て、ヨハンナはため息をつきながら
「私は戻るつもりはありません。
そして、婚約者とはいえ、結婚前の男女が一つ屋根の下で暮らすのは不適当です。
宿を別にとってください。」
きっぱりと告げると、カールは苛立ったように、尖らせた口から唾とパンくずを飛ばし
「なんだとぉっっ!!
お前の親に居場所を聞いて、僕が直々に、わざわざ駆けつけてやったのに!
僕はここに泊まるからなっ!
汚いけど我慢してやるっ!
何ならお前のベッドで一緒に寝てやってもいいぞ!」
たるんだ頬に下卑た笑みを浮かべるのでヨハンナはゾッ!としてブルッ!と身震いし
「お断りよっ!それなら私が出ていくわっ!」
外套と帽子をつかんで外へ飛び出した。
街のほうへ向かって未舗装の道を速足で歩き続けた。
徐々に路が石畳で舗装され、商店や賃貸集合住宅が立ち並ぶグラーツの中心部までたどり着いた頃、後ろからカールのか細い声がヨハンナの耳に届いた。
「待てよっ!ハァハァッ!ちょっとっ!おいっ!ハァッ・・・・」
苦しそうに息を切らせ途切れ途切れにか細く呼びかける。
ちょうど通りかかった賃貸集合住宅の一階のカフェの隣の店から、三人の男が出てくるのと、カールがヨハンナの肩に手をかけるのとが同時だった。
ヨハンナが立ち止まり振り返ろうとすると、三人の男がヨハンナに近づき
「おっ可愛いお嬢さんだなぁ!」
「おうよっ!この辺じゃ見かけない上玉だぜっ!
あんた、オレたちと遊ばないか?」
ヨハンナは男たちの酒臭い息に辟易し、思わず眉をひそめ、カールが助けてくれることを祈って振り返ると、すでに背を向けて走り去る最中だった。
今度こそ、自分の選択が間違っていたことを、骨の髄まで思い知らされ絶望し、目前の危機をどう乗り切るかに意識を集中させた。
『大人しくついていくフリをして、隙をついて走って逃げる?
用足しに行くフリをして逃げる?』
あっ!と思いついて
「あの~~~私の婚約者は国家憲兵で、彼と待ち合わせしてるんですけど。」
遠慮がちに上目遣いで酒臭い男たちにこたえると、そのうちの一人がヨハンナの肩を抱きよせ、歩き始めようとした。
「はははっ!嘘だねっ?!
まさか、さっきの貴族のお坊ちゃんのことじゃないよな?
一緒に酒を飲むだけだ!いいだろっ?行こうぜっ!」
外套の肩に食い込む指の力が強くて、ヨハンナは怖くなって立ち止まり
「嫌です!お断りしますっ!」
と叫ぶと、
「なんだとぉっ!!」
男がヨハンナの腕を荒々しくつかみ、引っ張ろうとするのに踏ん張って抵抗していると、
「彼女から手を放せ。
オレが相手だ。」
男たちの後ろから低い落ち着いた男性の声が聞こえ、そこにアルフォンスが立っていた。
アルフォンスはヨハンナをつかむ男の腕を持ち上げて振り払い、男が後ろによろめくと、胸倉をつかんで前後に揺さぶった。
男は風になびく洗濯物のシャツのように簡単にゆらゆらと揺さぶられ、アルフォンスの腕力におびえたように弱々しく
「わ、わかった・・・・彼女には何もしない。許してくれっ!」
アルフォンスが胸倉から手を放すと、男たちは逃げるように立ち去った。
ヨハンナはホッとしたのと、アルフォンスが思った通りのたくましい勇敢な青年だったことに感激し、あらためて尊敬と憧れの念を抱いた。
自然と、アルフォンスの顔の一つ一つを心に刻みつけようと、食い入るようにジッと見つめ、
「あの・・・コーヒーでも・・・一緒に飲みませんか?」
あまりにも熱心に見つめられることに照れたアルフォンスが頭を掻きながら
「はぁ・・・では、少しだけ。このあと大学で授業がありますから。」
カフェでコーヒーを飲みながら、アルフォンスの話す
『英国では選挙法が改正され、一部の労働者にも参政権が与えられ民主化が進んでいる』
ことや
『1851年のロンドンで開催された万国博覧会は、王族だけでなく一般市民も入場料を払えば最新技術に触れられる「大衆の祭典」だった』
ことや
『将来は大学に残って、政治的な平等を具体化するために研究するつもりだ』
という話にウットリと聞き惚れながらザッハトルテを食べ、別れた。
アルフォンスとの楽しかった時間を思い出すだけで、ヨハンナはその日、一日中幸せな気持ちになった。
(その4へつづく)
次回、やっと事件が起きます!
大変お待たせしましております。(._.)




