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『猫のお話⑨「かき氷屋さんやってみた!」 』 

梅雨が明けた途端、夏は容赦なく本格化した。


今年の夏は異常だった。朝の7時を過ぎた頃からすでに気温は30度を超え、日中は35度、時には38度近くまで跳ね上がる。地面のアスファルトは熱を帯びてゆらゆらと揺らめき、まるで油を引いた鉄板のよう。足を着いた瞬間、じゅっと肉球が焼けるような痛みが走るほどだ。


野良猫たちは、いつもの元気を完全に失っていた。


普段は軽やかに塀を飛び移り、木に登り、狭い路地を駆け回る彼らだが、今はただ日陰のコンクリートにへたり込み、口を半開きにして荒い息を吐いている。

舌をだらりと垂らし、目は虚ろ。毛並みも埃と汗でべったりと張り付き、いつものツヤはどこにもない。


一匹の若い野良猫が、道路の向こう側にあるわずかな木陰へ渡ろうと試みた。

しかし、数歩進んだだけで——

「あちっ……! 肉球が焼けるぅ……熱っ、熱すぎる……!」

飛び上がるように後ずさり、慌てて元の影に戻ってきた。

アスファルトは昼の太陽を吸い込んで、まるで火の海だ。肉球の柔らかい部分が真っ赤に腫れ、ヒリヒリと痛む。歩くたびに「じゅっ……じゅっ……」と地面が音を立てている気がする。


木陰でも、建物の影でも、駄目だった。

夜のうちに蓄えた熱が昼間になって放射され、地面はいつまでも熱を持ち続けている。風は吹いても熱風で、むしろ体温を上げるだけ。ゴミ置き場の陰、駐輪場の下、わずかな植え込み……どこに行っても「少しマシ」なだけで、涼しくはなかった。


水溜まりの水は昼過ぎにはぬるま湯を超えて、ほとんどお湯。

地蔵尊の前にある水飲み場までは数百メートルあるが、そこまで行く体力と勇気も残っていない。喉がカラカラに渇き、舌が張り付くような感覚に、猫たちはただ小さく鳴くことしかできなかった。


そんな中、野良猫たちは次々と「親分」の元へ集まってきた。

路地裏のいつもの溜まり場、太郎が住む家の近くの塀の上や植え込みの影に、十匹近くの猫がぐったりと集結していた。


「親分……もう限界だよ。本当に茹で上がっちまう……」

「朝から何も食えてねえ。動くだけで汗が止まらねえんだ」

「飼い猫の親分はいいよなあ……家の中って、クーラーとかいう冷たい風が出るんだろ? 俺、噂で聞いたぞ」

「ちょっとだけでいいから、その冷たい風に当たらせてくれよ……一時間、いや三十分だけでも……」

「俺なんか、昨日から肉球の皮が剥けてきてる。歩くのも痛いんだ……」

猫たちは、太郎のふわふわでサラサラした毛並み、たぷたぷに太ったお腹、首輪の跡、どれもこれも羨ましくて仕方ない様子でチラチラと見つめながら、弱々しくおねだりを繰り返した。

中には、覚悟を決めたようにこう言う猫もいた。

「……親分。たまには、家の中に入れてくれないかな。本気で死ぬかもしれない、この夏……」

太郎は、みんなの窮状を目の当たりにして、重く息を吐いた。


確かに、今年の夏は特別に苛烈だ。

外で生きる猫たちにとって、これはまさに生き地獄だった。


「わかった。何かいい案を考えてくる」


家に帰ると、リビングの床の真ん中で、のり子が大の字になってぐったりと寝そべっていた。

普段は元気いっぱいに駆け回るのり子が、今はまるで干からびた魚のように力なく横たわっている。

Tシャツは汗で胸のあたりがびっしょり濡れ、髪の毛は額に張り付き、口を半開きにして「はあ……はあ……」と小さく荒い息を繰り返していた。扇風機の弱い風が当たっているはずなのに、床のフローリングまで熱を帯びて、のり子の体温をさらに上げているようだった。


「あー……太郎、おかえり〜……」

のり子は顔だけを少し持ち上げ、弱々しい声で言った。

「もう……死んじゃいそうだよ……この暑さ……床が熱くて、どこにいても逃げ場がない……」

太郎が心配そうに近づいて、ふわふわの体をのり子の横にくっつけると、

「うわっ、気持ちいいけど……熱いよ〜! 太郎まで熱くなってるじゃん……」

と言いながらも、のり子は優しく手を伸ばして太郎の頭をなでなでしてくれた。指先が少し汗ばんでいるのが伝わってきた。


そこへ、玄関の方からお父さんとお母さんの声が聞こえてきた。

「ただいまー! のり子、いいもの買ってきたぞ!」

二人は大きな買い物袋を提げてリビングに入ってくると、のり子の前にドンと大きな箱を置いた。箱の表面には、色とりどりのシロップがかかったかき氷のイラストが大きく描かれている。

「これで今年の夏はかき氷食べ放題だ! 本格かき氷機だって。冷凍庫の氷で何度でも作れるらしいぞ」


その瞬間——

のり子の死んだ魚のような顔が、一瞬でパッと輝いた。

「え……マジで!? かき氷機!?」

彼女は死んでいたはずの体をバネのように跳ね起こし、箱に飛びついた。目がキラキラと輝き、さっきまでのぐったりした様子が嘘のように消え去っている。

「やったぁぁぁ!! 超やばい! 今年の夏、生き延びれる!!」

のり子は箱を抱きしめるようにして大はしゃぎし、足をばたばたさせて喜びを全身で表現した。

「早く開けたい! 今すぐ作っていい!? お父さん、お母さん、ありがとう〜!!」

お父さんが笑いながら「冷凍庫の氷で試してみろ」と言うと、のり子は箱を勢いよく開け、中から銀色の立派なかき氷機を取り出した。すぐに冷凍庫へダッシュし、大量の氷をトレイに詰め込んで機械にセット。ハンドルを両手で握り、興奮した顔でぐるぐるぐるぐると回し始めた。


ゴリゴリゴリゴリゴリ……!!


重低音の大きな音とともに、真っ白でふわふわの雪のようなかき氷が、どんどん溢れ出てくる。

のり子はそれを小さな器に山盛りにし、シロップも何も掛けないまま、スプーンですくって口に入れた。

「おいしぃぃぃ〜!! 冷たっ! 頭キーンってなる〜! 最高……生き返る……!」

のり子は頰を緩め、目を細めて何度も何度もかき氷を口に運んでいる。汗でぐったりしていた体が、みるみる元気を取り戻していくのがわかった。


その様子を、太郎は目を丸くしてじっと見つめていた。

(こんな猛暑なのに、人間は雪を作り出せるなんて……やっぱり人間はすごいな)

そして、太郎の頭の中に、あるひらめきが強く走った。


「これだ!」


太郎は大急ぎで神社の裏庭に戻った。


そこでは、野良猫たちがぐったりと地面にへばりついて寝そべっていた。

アスファルトの熱がまだ残る路地裏の影で、十匹近い猫たちが力なく体を伸ばし、腹を地面にぺったりとくっつけていた。

舌をだらりと出して荒い息を繰り返し、耳も垂れ下がり、目は半分閉じている。

さっきまで太郎に暑さを訴えていた元気はすっかり消え、ただ「もう動きたくない……」という空気が漂っていた。


そんな中、太郎が大きく声を張り上げた。

「おい、お前たち! 雪を食わせてやるから、俺についてこい!」


一瞬、辺りが静まり返った。


「……は?」


最初に反応したのは、弟分のしまねこだった。彼は首を傾げ、半分溶けた脳みそで必死に言葉を理解しようとしているような顔をした。


「雪……? 夏に雪が降るわけないじゃん……親分、何言ってんだよ」

すると、他の猫たちも次々に身を起こし、呆れたような、哀れむような視線を太郎に向けた。

「マジかよ……暑さでとうとう親分の頭がおかしくなっちゃったよ……」

「可哀想に、飼い猫の生活がよっぽど快適すぎて、現実が見えなくなったんだな」

「雪って、あの冷たくて白いやつだろ? 今38度超えてんだぞ? 幻覚でも見てるんじゃねーの?」

「飼い猫だからって威張ってんじゃねーよ〜。俺たちをからかうのも大概にしろよ」

野良猫たちは口々に文句を言い、半信半疑のままクスクスと笑い出した。


誰一人として本気にはしていなかった。


この容赦ない猛暑に「雪を食わせる」などという言葉は、まるで「今日は月に行こう」と言い出したような、完全に現実離れした戯言に聞こえたのだ。

中には心配そうな顔で「親分、大丈夫か……? 熱中症かも……」と小声で呟く猫もいた。

しかし、太郎が「本気だ。嘘じゃない。ついてこい」と真剣な目で繰り返すと、猫たちは顔を見合わせた。


「……まあ、親分がそこまで言うなら」

「どうせここにいても死ぬだけだし……」

「一応、ついてってみるか……」

野良猫たちは、のそのそと重い体を起こし、ふらふらと立ち上がった。

足取りはまだおぼつかず、肉球が地面に触れるたびに「熱っ……」と小さく声を漏らしながらも、ゾロゾロと太郎の後ろについて歩き始めた。

道中も、疑いの声は止まなかった。

「ほんとに雪なんかあるのかよ……親分、俺たちを家の中に入れて涼ませてくれる口実じゃねーの?」

「雪って言ったって、せいぜい冷たい水とかじゃね? 期待しすぎるとガッカリするぞ」

「親分ん家、ちょっとだけでもいいから影に入れてくれよな〜。もう肉球が火傷しそう……」

「夏に雪とか、夢でも見てるんだろ……俺、信じてねーからな」

彼らはチクチクとおねだりを続けながらも、どこか期待と不安が入り混じった目で太郎の後ろ姿を見つめていた。

この異常な猛暑の中で、「雪」という言葉はあまりにも魅力的すぎて、完全に信じられないままでも、わずかな希望にすがるように足を動かしていた。


のり子の家の庭に着くと、ちょうど庭先の小さなテーブルで、のり子がかき氷機に向かってハンドルを回しているところだった。ゴリゴリゴリ……という軽快な音が、猛暑の庭に響いている。


突然、十匹近い野良猫たち太郎の後に続いてゾロゾロと庭に入ってきたのを見て、のり子は目を丸くして固まった。


「た、太郎!? どうしたのこの子たちみんな!? ええっ、すごい数……!」


太郎はのり子のそばに近づき、テーブルに飛びあがると、こぼれ落ちたかき氷のかけらをペロッと口に運んだ。


瞬間、全身がぶるっと震えた。

「つめてぇ……! これが……雪……!」


その反応を見た野良猫たちが、興味津々で一気に近づいてきた。最初は半信半疑だった顔が、みるみるうちに驚きと興奮に変わっていく。

「うわっ……ほんとに冷たい! マジで雪じゃんこれ……!」

「冷たっ! 口の中で溶ける……溶けるよこれ!」

「うめぇええええ!! こんな冷たいもの、夏に食べられるなんて……!」

「親分、飼い猫って最強すぎるだろ! 俺たち今まで何を生きてきたんだ……!」

「気持ちいい〜! 肉球の火傷まで冷えてきそう……!」


猫たちは大興奮。


庭は一瞬で猫だらけの賑やかなかき氷屋さんへと変わった。

のり子が作ったばかりのふわふわのかき氷を、小皿に少しずつ分けて与えていくと、猫たちの反応は次々に爆発した。


一匹の茶トラは一口食べた瞬間、その場でコロコロと嬉しそうに転がり回り、幸せそうに喉をゴロゴロ鳴らしている。

若い三毛猫は「もう一口! もう一口ちょうだい!」とせがみながら、のり子の足元をぐるぐる回る。

太めのキジ猫は目を細めて「極楽だ……ここは極楽浄土だ……」とつぶやきながら、ゆっくり味わっている。

一番弱っていた灰色の猫は、かき氷を食べながら目尻に涙を浮かべて「今年の夏……生きられるわ……本当に生きられる……」と震える声で呟いた。


のり子は最初こそ驚いていたが、猫たちのあまりの喜びっぷりにだんだん楽しくなってきた。

笑顔でハンドルを回しながら、まるで本物のかき氷屋さんのお姉さんのように声を張り上げた。


「はいはい! 次のお客様〜! 冷たいのたっぷり入れてあげるね!


さあいらっしゃい、いらっしゃい! 猫のお客様大歓迎!」


庭はすっかり猫の楽園と化していた。


かき氷を待つ猫たちが列を作り、食べ終わった猫がまた並び、幸せそうな鳴き声があちこちから聞こえてくる。

のり子は汗だくになりながらも、楽しそうにハンドルを回し続けていた。


すると、一匹のやんちゃな三毛猫が、何かをくわえてのり子の足元にドンと置いた。


それはまだピクピクと少し動いているトカゲの尻尾だった。

三毛猫はとても満足そうな顔で、鳴いた。


「にゃー!(これ、お礼だぜ! 今日の雪、最高だった!)」


のり子は「ひゃあああっ!?」と大声を上げて飛び上がり、慌てて後ずさった。


「お父さーん! お母さーん! 猫がトカゲの尻尾持ってきたよ!? まだ生きてるよこれ!」

庭を覗いたお父さんとお母さんは、笑いながら言った。

「ははは、猫らしいお礼だな。ちゃんと感謝されてるじゃないか」


太郎ものり子の足に体をスリスリと擦りつけ、ニャーニャー言いながら感謝の気持ちを精一杯伝えた。


のり子もびっくりしながらも、優しく笑って太郎の頭をなでた。

「もう、今日は大繁盛のかき氷屋さんだね!

さあ、次は誰? まだまだ作れるよ〜!」


結局、冷凍庫の氷がなくなるまで、のり子はハンドルを回し続けた。


「もう手が痛いよ〜……腕がプルプルする……」とぼやきながらも、顔は終始楽しそうで、猫たちと同じくらい嬉しそうだった。


野良猫たちはみんな大満足の顔で、

「親分、ありがとな」

「今年は乗り切れそうだ」

「また来ていいか?」

と言いながら、順番に庭から帰っていった。


太郎は最後にのり子に向かって「にゃーん」と優しく長く鳴き、精一杯のお礼を伝えた。


その後、太郎の縄張りでは、夏でも雪が降るとか、

太郎の飼い主の女の子は、夏に雪をつくれる魔法使いだとか、うわさが流れた。


おしまい

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