はじめに
まず、私自身の立場を明確にしておこう。
私は現役の国語講師にして、体罰容認論者である。
……などというと、たちまち「こいつは児童を虐待する講師だ」「今の世の中、体罰絶対禁止なのに、その体罰を容認するってどういうことだ!」などという極端な意見が、体罰絶対反対論者の方々から多数寄せられることと思う。
確かに、2020年に児童福祉法等の改正法が施行され、体罰は許されないものとして法定化された。従って、今現在体罰を行うことは、明確な法律違反であり、罰則の対象となる。
「ほら見ろ、だから体罰はいけないんだ!」
とおっしゃる方、少々待ってほしい。
法律とは、この世界の(慣行としての)ルールを定めたものであり、決してその内容が正しいことを保証するものではない。現に、体罰禁止を法律で定めている国は、世界196国家のうち、せいぜい60カ国程度に過ぎない(2022年時)。
そこで、改めて問いたい。なぜ、体罰はいけないのだろうか。
「体罰をはじめとする虐待は、子どもの健全な成長を阻害するからだ!科学的にもそのことは証明されている!」
と、少々教育問題に詳しい方なら、おそらくそう答えるだろう。
だが、ちょっと待ってほしい。
人間は生きる地域によって、時代によって、文化によって、その他さまざまな要因によって、一人一人違う。当然、子どもも一人一人違った個性を持った、かけがえのない存在である。このことに反対意見を述べる人は――まして「子どもの権利を守りたい」派の方々は――まずいないはずだ。
だが、もしそうだとしたら、その中には当然、「体罰が最も有効なしつけ・教育手段である」子どもだって、いておかしくはないのではないか?なぜ、こと体罰に関してだけ、「子どもには一律おしなべて体罰は悪影響しか与えない」などと十把一絡げの乱暴な論を適用するのだろうか?
私は今現在50代であるが、私の世代がいわゆる「子ども」であった頃には、体罰はかなり普通に行われていた。体罰が子どもに悪影響しか与えない、というのであれば、私の世代や、あるいはそれより上の世代は、皆おしなべて心身に悪影響が及んでいるはずである。当然、精神を病む人間の数、適応障害を起こす人間の数は、現在と比べ、格段に多くなければならないはずである。
ところが実際には、精神病を患い心を病む人間の数は、「子どもに優しく健全な教育」が行われてきたにもかかわらず、徐々に増加している。適応障害を起こす者に至っては、以前の5倍にまで増えているのである。
「以前は調査が不十分なせいで、患者数が少なく見積もられていただけだ!」
と、これも教育・福祉関連にある程度知識がある方なら、そう反論されるかもしれない。 しかし、である。
そもそも精神病とは「社会生活を営む中で大きな不都合があるかどうか」を基準に判断されることが多い。
確かに昭和以前の日本では、精神を病むことを恥ずかしいと考え、ひたすら隠そうとする傾向はあった。だが、それを考えに入れたとしても、平成、令和の世の中でさえ、減らなければならないはずの精神を病むものの数が増え続けているのは、どう考えてもおかしい。
「それだけ社会が厳しくなったんだ」
という意見も首をかしげざるを得ない。
以前に比べ「体罰など受けたことがない、健全で愛情たっぷりに成長した」子どもたちが成人となり、社会の成員となってきつつあるのだ。当然その社会は以前に比べ「健全で優しい」ものになってなければ、おかしいではないか。
現在の社会が以前に増して厳しい、生きにくいものとなり、精神を病み、適応障害を起こす人間が増えているのならば――実際にそうなっているのだが――その一因は、当然教育にもある。となれば、その教育やしつけに対し、年々大幅な制限を課してきた児童福祉法の関連の改正は、間違っていたということになりはしないだろうか。
この文章は、以上のような観点から、児童福祉法関連の「虐待」禁止条項が、実際のしつけ・教育の現場でどのような悪影響を及ぼしているのかを述べていくことを目的とするものである。
なお、意見反論等があれば、「感想」という形で述べていただければ幸いである。取り上げるに足ると判断したものについては、適宜この文章中で考察を試みていきたい。
ご意見、ご感想等いただけましたら幸いです。個人的なご相談がございましたら、「メッセージ」か、あるいはfacebookの「石井浩史」までご連絡お願いします。




