80.呪文の幾何学
私は、謎の呪文を唱え続けるアイリスとシャオを前に、なすすべもなく立ち尽くしていた。
すると、シャオがふいに詠唱を止めた。
「ぅ!負けないぞー!!」
リー博士の声が、室内に響いた。
「あっ、うまくいった?さやかちゃん、いる?」
「リー博士!はい、さやかです!」
「アイリスちゃんは、まだやってるのね。ちょっと待って」
その瞬間、私のスマホが震えた。
画面を見ると、リー博士から幾何学模様の画像が届いていた。
「その画像を、アイリスちゃんの視線の先にかざしてみて」
「わかりました」
私は指示どおり、スマホの画面をアイリスの目の前にかざした。
アイリスはぴたりと動きを止め、次の瞬間、穏やかな声で言った。
「さやかさま、申し訳ございません。制御を失っておりました」
「こちらの不注意よ。あなたの責任じゃないわ」
「エマ博士、AIを使って呪いを発動させるなんて、斬新すぎるわー!さすが天才」
リー博士は、いつもの調子で明るく言った。
「呪い……ですか?」
私は、あの詩のような文を、美しい文学の一節だとばかり思っていた。
「えー違うの? 私に「お前は価値が無い、老いて醜くなれ」って言ってるのかと思ったけど」
「いえ、そうかもしれません。エマ博士は、リー博士の若さと才能、それに……美貌に嫉妬していた気がします」
「美貌だなんてー!やだー!フフフ」
リー博士は照れながらも、まんざらでもなさそうに笑った。
その笑顔は、今なお年齢を感じさせないほど若々しかった。
「さっきのソースコード、無害化したものをモリス博士に見てもらいましょう」
リー博士がそう提案した。
すぐに、モニターにモリスAIの黒い画面とゴトウ技師の姿が映し出される。
「モリス博士、エマ博士が犬の置物に仕込んでいた情報を共有いたします。博士のご意見をお願いします」
『あぁ、承知した』
画面に、白いアスタリスクがひとつ、またひとつと増えていった。
モリスAIが“思考モード”へ移行した合図だった。




