79.白の詩篇(はくのしへん)
モニターの向こうのゴトウが、驚いたような表情で言った。
「画面の映像だけで、このような乗っ取りが可能だとは……想定しておりませんでした」
私は、アイリスとシャオが暴走しはじめるのではないかと、息を詰めて見守った。
だが、二人とも微動だにしなかった-。
ただ、同じ言葉を――淡々と、途切れることなく――唱え続けている。
「ゴトウさん、これはどういう意味かわかりますか?」
「私もラテン語は詳しくないので、少々お待ちください」
「ラテン語……? 第二世界のラテン語ですか?」
「はい。エマ博士は第二世界のラテン語系言語の地域出身です」
「ゴトウさん、第二世界の言語学にもお詳しいのですか?」
「いえ、それほどでもありません。聞きかじった程度の知識です」
ゴトウ技師は、持ち込んだとみられる大きなキャリーケースの中から古びた分厚い本を取り出した。
紙の辞書だった。――こちらに来てから、紙の本を見るのは初めてだった。
彼はページをめくりながら、別の紙に意味を一つずつ書き留めていく。
(あぁ……紙の辞書。懐かしい……こちらにも、まだあったんだ)
「フジワラさま、こちらが翻訳になります」
モニターに映し出されたのは、古めかしい言葉で綴られた詩のような文章だった。
Ut fama nostra floreat in aeternum.
Hic mundus candidus et purus noster est.
Ut deformis senescas et moriaris.
Mundus candidus indignos recusat.
我らの名声、永遠に咲き誇らんことを。
この白く清き世界は、我らのものなり。
醜く老い、そして滅ぶがよい。
白き世界は、価値なき者を拒む。
「ゴトウさん……これは?」
「エマ博士の出身地域の文化について、少し調べる必要がありそうですな」
ゴトウは、なにか心当たりがあるような表情で、静かにそう言った。




