魔王様たちに秋刀魚の塩焼きを(秋の彩りを添えて)
炭火の上で、じゅうっと音を立てながら秋刀魚が焼けていきます。銀色の皮目はパリッと香ばしく、滴る脂はつやつやと輝き、香ばしい匂いが鼻をくすぐりました。まさに理想的な焼き上がり。
……にもかかわらず、私は心底ぐったりしていました。
雑貨屋さんの暴走で、勇者グッズの話題から勇者まんじゅうへ、そしてお嫁さん発言の黒歴史まで掘り返され、もはや心のHPはマイナスです。
「……なんでこう、毎回毎回巻き込まれるんでしょう」
深いため息をつきながら、私は七輪の火を軽く扇ぎ、秋刀魚を慎重に皿へと移しました。香ばしい匂いが風に乗って広がり、外の空気に混ざります。
焼き魚は裏切らない。
少なくとも魚は、人の過去を掘り返したりはしません……!
全ての秋刀魚を皿に載せ、私は気力を振り絞って店内に戻りました。
審査員席では二人の魔王様がじっと私を待っています。グリム様の威圧感たっぷりの視線とアモルテ様の謎の期待感を前に、私は深呼吸をして何とか自分の心を落ち着かせました。
するとグリム様がどこか気まずそうに、しかし精一杯優しげな顔で私に声をかけてくれました。
「ヒトよ。先ほどの話だが、俺は何も聞いていない。安心して料理に集中するがいい」
その穏やかな気遣いに、私の胸はちょっとだけじんわりしました。
グリム様……!
魔獣王としての威圧感が凄すぎて物騒に聞こえるのですが、実はすごくいい方なんですよね。心が弱っていると、こういうギャップにやられます。
一方でアモルテ様はと言うと、椅子にぐったりともたれかかりながら、なぜか顔を覆って絶望していました。
「あぁぁ……僕としたことが、こんな良質なラブイベントを見逃すなんて……! 一生の不覚だよぉ……」
「ラブ要素はゼロですからね! 私にとっては迷惑イベント以外の何者でもありません!!!」
私の可愛い幼少期の発言を、今になってこんな風に引っ張り出されるなんて聞いていませんよ!?
魔王様に嫁ぐだの何だの、子供の頃の無邪気な言葉ほど危険なものはないと痛感しました。
雑貨屋さんには、後でしっかりお礼(物理)をしなくてはいけませんね。これ以上誤解が広まる前に、早急な対処が必要です!
私は内心、思いっきり反論したい衝動に駆られましたが、なんとかぐっと堪えて調理台へと向かいました。
今、アモルテ様に反応したら確実に長引く……。
私は学習したのです!!!
そう、ここで私がキレてしまったら負けなのです。
気持ちを落ち着けて、最後の仕上げを完璧にすることだけ考えるんですよ、メルヴィ!
気合を入れ直して、まず新鮮な大根を手に取り、丁寧におろし金ですりおろしました。真っ白でふわりとした大根おろしが、器の中に優しく積もっていきます。
うん、これだけでも少し気持ちが和らぎますね。
料理は心を癒してくれます、本当に。
「……ん?」
一連の作業を、バルゼオン様はカウンターの向こうから熱心に見つめていました。まるで子供が、好きな食べ物を作る母親を眺めるような純真な瞳で。
「……魔王様、何であなたが一番楽しみにしているんですか」
思わず呟くと、バルゼオン様は満面の笑みを浮かべて即答しました。
「それはもちろん、メルヴィの料理だからだ」
思いっきりド直球の返答です。
そんな真顔で言われたら、私はどうリアクションすればいいんですか!?
顔が熱くなるので、少しは空気を読んでください!
ジルヴァラク様はなぜかその答えに感動したらしく、「なるほど。バルゼオン殿からメルヴィ殿への信頼、実に素晴らしい」と真剣に頷いていました。
違いますよ、これはただの料理勝負ですからね!
変な空気を作らないでください!!!
「……さて、仕上げに入ります」
まずは丁寧におろした真っ白な大根おろしを、小さく可愛らしい『不死山』の形に整えます。箸の先でちょっとずつ整えていくと、ちゃんと頂上が雪をかぶったような、素敵な山の形になりました。
次に取り出したのは新鮮なすだち。小さく丸い果実を丁寧に切って、可愛い月の形に仕上げます。鮮やかな緑と淡い黄色の断面が映えて、料理の季節感がぐっと増しました。
最後は塩茹でした鮮やかな橙色のにんじんです。こちらは慎重に包丁で形を整え、細やかな紅葉の葉っぱに切り出します。くるんと丸みをつけて、まるで秋風にひらりと舞ったような紅葉に仕上げました。
銀色の秋刀魚は、夜空を泳ぐ一尾の魚。
白い大根おろしは、雪をかぶった不死山。
橙色のにんじんは、鮮やかな紅葉。
緑のすだちは、静かに浮かぶ満月。
秋の夜景をそのまま閉じ込めたような、美しい一皿が完成しました。
「お待たせいたしました。これが私のおもてなし一品料理『秋刀魚の塩焼き・季節の彩り添え』です!」
満面の笑みで料理を差し出すと、アモルテ様はさっきまでの絶望が嘘みたいに、瞳を輝かせて料理を見つめました。
「わぁ美味しそう! 秋刀魚の塩焼きの『塩』って、もしかして僕に振り向いてほしいメルヴィちゃんの恋のスパイスってやつ?」
「特売で買った塩です」
どうしてこの魔王様は、何でもかんでも恋愛にしたがるんでしょう……。
繰り返しますが、これはただの塩です。
私が控えめに訂正している最中、グリム様が秋刀魚の香りを確かめ、静かに頷きました。
「ふむ、メル……ごほん! ヒトよ、これは美味そうだな。飾り付けも風流だ。この秋刀魚、骨まで豪快に喰らってやろう」
「ふふ、嬉しいです。グリム様に豪快に食べていただけるなら、秋刀魚もきっと喜ぶと思います。ぜひ、存分に味わってくださいね!」
骨まで残さず食べるという言葉に、作った側としてこれ以上の褒め言葉はありません。
旬の秋刀魚を選んで正解でした!
──なんだかんだ色々あって、ずいぶんと賑やかな前振りになりましたが、無事に審査へ移ることができそうで一安心です。
ここに辿り着くまで長かった気もしますが、魔王様たちが皆楽しそうなら、それで十分。
あとは料理の評価を待つばかりです!
ほっと胸をなでおろしたその瞬間、バルゼオン様がお皿をじっと見つめて深々と頷きました。
「……メルヴィよ、この秋刀魚、我が魔力を高める儀式の供物としてもちょうど良い具合だな。味も期待できそうだ」
「秋刀魚で魔力上がるとか初耳なんですけど!?」
塩をふって丁寧に焼き上げたはずの秋刀魚が、謎の儀式に巻き込まれている。
一体誰が予想したでしょう、この展開……。
まさか、秋の味覚が魔力アップアイテムとして評価される日が来ようとは、定食屋の仕事って奥が深いですね。
そんな私の驚きを完全スルーして、魔王様たちは静かに料理に手を伸ばしました。
まあ、いいです。料理を美味しく召し上がっていただければ、細かいことはもう気にしません!
静かな店内には秋刀魚の焼けた香ばしい匂いが漂い、小さな山と月と紅葉が、ささやかな秋の物語を演出していました。問題だらけの一日でしたけど、この一皿が出来上がったので私は充分満足です。
──どうかもうこれ以上、妙なトラブルが起こりませんように。
心の底から祈りつつ、私は静かに料理審査を見守るのでした。
◆
アイテム図鑑
『悠久宝物誌』
月銀樹の燻枝
【種別】儀式用品/魔力増幅アイテム
【属性】月/魔力強化
【サイズ】約15センチス
【評価】★★★★★(高位魔術師御用達の逸品)
【効果】使用後1時間、魔力回復速度が3倍に向上し、術式の詠唱効率が飛躍的に高まる。
その見た目は、炭火で焼き上げられた秋刀魚の塩焼きそのもの。パリッとした銀色の表皮には細かな塩の粒が煌めき、つややかな脂が滴り落ちそうなほどの完成度で、香りまでも食欲をそそる。しかし、その本質は決して魚料理ではない。
これは満月の夜にのみ採取できる希少樹『月銀樹』の枝を、儀式用の特殊な燻製法で仕上げた魔力増幅アイテムである。月銀樹は月光を浴びることで内部に極めて高純度の魔力を蓄える樹木であり、熟練した魔術師が適切な呪文を唱えつつ慎重に枝を切り出すことで、魔力を損なうことなく素材を得られるという。
儀式の際に魔法陣の中央で供物として焚き上げると、月光に似た優しい輝きが広がり、術者を包むように魔力を急速に回復・増幅させる。複雑で高度な魔術儀式には欠かせない逸品である。
【魔術師のコメント】
「毎度、この『月銀樹の燻枝』を使うたびに弟子たちが箸と皿を持って期待の眼差しを向けてくる。……さすがに気の毒なので、最近は本物の秋刀魚も一緒に焼くことにしている」




