〜雑貨屋の主人は昔を思い出した!魔王と定食屋は混乱した!〜
「そうだ、勇者様と言えば──」
雑貨屋のご主人が何かを思い出したように、唐突に手をポンと叩きました。
「メルヴィちゃんって昔、『大きくなったら勇者様のお嫁さんになる!』って言ってたよねぇ」
「ぶふぅっ!!?」
あまりの衝撃に、私は七輪を扇いでいたうちわを取り落としそうになりました。
いやいやいや、ご主人! 今さら一体何を暴露し始めるんですか。しかも本人の目の前で!!!
ちらりと横を見ると、バルゼオン様が石像と化していました。立ったまま完全停止状態です。先ほどまで嬉しそうに秋刀魚を眺めていた赤い瞳から、光が完全に消え失せています。
反対側では、ジルヴァラク様がさりげなく半歩ほど後ずさっていました。村おこし辺りから関係ないのに色々巻き込んでしまっていますね。本当に申し訳ない……。
「……勇者の、お嫁さん?」
バルゼオン様がぽつりと呟きました。声は低く、まるで地底の底から湧いてくる呪詛のようでした。
「ちょっ……ちょっと待ってください! それ何年前の話ですか!? 子供の頃の話でしょう!!!」
「でもメルヴィちゃん、あの時は結構本気だったよねぇ。『絶対勇者様のお嫁さんになるんだもん!』って、村中に宣言して──」
「雑貨屋さん!! お願いですから今は黙っててください!!」
私の全力の制止にも、雑貨屋さんはちっとも悪びれることなく笑顔です。こんな笑顔のまま私を地獄に叩き落とすとは、なんという悪魔的所業でしょう。
「いやぁでもさ、将来性を考えたらやっぱり勇者かなぁって思うじゃない? 英雄職だし、将来安泰だしさぁ」
「なぜそこで現実的な話をするんですか! しかも将来性って何!? 雑貨屋さんの基準どうなってるんですかぁぁぁ!!」
今の私は必死以外の何ものでもありません!
バルゼオン様はそれを聞いて、腕を組んだまま再び眉間に深い皺を寄せました。威圧感が通常時の数倍に膨れ上がっていて、七輪の火よりも熱い視線でジルヴァラク様を睨んでいます。
「……ジルヴァラク、ひとつ聞きたい」
「な、なんだろうか?」
「勇者になる方法を教えよ」
──なぜそうなる!?
「ちょ、ちょっと魔王様! 何を言い出してるんですか!?」
私は慌てて叫びましたが、バルゼオン様は真剣そのものの表情でジルヴァラク様に迫ります。
「お前なら知っているだろう?」
「待ってくれバルゼオン殿! 簡単に教えられるようなことではないし、そんな殺気を放ちながら聞く話でもないぞ!?」
「なに、簡単でなくても構わん。メルヴィが将来性を勇者に求めるというなら、我も勇者に転職しておくべきではないか」
「違いますって! 私はそんなこと一言も言ってません!! 誤解ですよ、誤解!!!」
私の頭の中には、すでに完全にキレたグラフが鮮明に浮かんでいました。
『人間の女ァァァ!!! 魔王様を勇者などに堕落させた罪を死で贖えェェェェェェ!!!!!!』
間違いないです、これは私が死にます。
絶対死にます!!!
七輪どころか村ごと灰になる勢い!!!!
「さぁ、教えるのだ。勇者になってみせようではないか」
「いや、その……バルゼオン殿が勇者というのは、色々と問題があるかと……」
「問題などない。あれば排除するだけだ」
怖い!
あなたのその思想が一番怖いんですけど!?
私はもう半泣きになりながら、炭火の火加減だけを真剣に見つめます。どうしてこんなことになったのでしょう。
「あ、でもさぁ──」
雑貨屋さんが、急に何かを思い出したように言いました。
私はこれ以上、何も思い出さないで欲しいと心の底から願ったのですが、私の願いが雑貨屋さんに届いた試しなどありません。
「あの後メルヴィちゃん、『やっぱり滅多に来ない勇者様より、いつも近くに居る魔王様のほうがいいなぁ』って言ってたよねぇ? ほら『わたし、バルゼオン様のお嫁──』」
「ストーーーーーーーーーーーーーップ!!!!!!」
思わず絶叫しました。
絶叫以外の選択肢があるなら教えて欲しい。
バルゼオン様の赤い瞳が、先ほどまでとは比べものにならないほどキラキラと輝き始めていました。
何ですか、その『我、勇者に勝った』みたいな嬉しそうな顔は。魔王としての威厳どこ行ったんですか!
「なるほど、それならば良い。勇者になる必要はないな」
「良くないですよ! 全く良くありません!! ご主人の記憶もバルゼオン様の解釈も、すべて間違ってます!!!」
私は完全にパニックに陥り、両手で顔を覆いました。ジルヴァラク様は目を逸らして無言で顔を伏せ、雑貨屋のご主人は相変わらず楽しそうに笑っています。
「いやぁ、メルヴィちゃんと魔王様のコスプレさんは仲良しで何よりだね!」
「いや! だから!! 仲良しとかお嫁さんとか、全部違うんですよ!!!!」
七輪の炭火の上では秋刀魚が美味しそうな煙を立てていますが、私の頭からは別の意味で煙が立ち上っている気がします。
「あらら。メルヴィちゃん、ずいぶん疲れてるねぇ。……あのさ、道具屋さんに『おファイトいっぱつ!』っていう栄養剤あるんだけど……あれ夜に使うとすごくいいよ?」
「ぶ ん 殴 り ま す よ !!!!!!」
私が全力でマジギレすると、ご主人はあっけらかんと笑って首を傾げます。
「あれっ、もしかして変な意味に受け取っちゃった? 純粋に疲労回復用の栄養剤なんだけどなぁ~~」
「だったら最初から普通にそう言ってくださいよ!!!!」
私は七輪をちらりと横目で見ながら、にっこり微笑んで宣言します。
「……ご主人? 次に変なこと言ったら、本っ当に七輪で殴りますからね……???」
「あはは、メルヴィちゃん! またまた冗談を──」
「冗談じゃないです。本気の本気です」
「……アッ、すみませんでした……」
ご主人が深く頭を下げ、完全に口を噤んだのを確認すると、少しだけ肩の力が抜けました。
神様、私は今日も何とか生きています。
ですが、このままでは精神力が持ちません。
どうか魔王様と雑貨屋さんに少しだけ常識というものを授けてください。
秋刀魚は、じゅうじゅうと美味しそうな音を立てていました。
この秋刀魚に罪はありませんが、やはり雑貨屋さんの後頭部を七輪で殴りたいという衝動を止められない私でした。
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【アイテム辞典】
おファイトいっぱつ!
【カテゴリ】栄養剤/ドリンクアイテム
【価格】600ゴールド
【評価】★★★★☆(初心者からベテランまで愛飲のロングセラー)
【効果】30分間、元気100倍&攻撃力2倍アップ
道具屋や宿屋でお馴染み、鮮やかな赤色が目を引く栄養ドリンク。瓶の蓋を開ければ、鼻をくすぐる甘酸っぱい果実の香りと、微かに薬草の刺激的な匂いが広がる。口に含んだ瞬間、軽いピリピリとした爽やかな刺激が舌を駆け巡り、一気に飲み干すと全身を燃やすような強烈な活力感が湧き上がってくるのだ。
服用すれば、つい先ほどまでの疲労や倦怠感など嘘のように消え去り、武器を持つ腕には二倍の力強さが宿るため、危険な討伐クエストや、ここ一番の戦闘シーンで冒険者がこぞって愛用する人気商品である。
一方で、日が暮れてから宿屋や道具屋で購入しようとすると、店主や女将が妙に意味ありげな笑みを浮かべ、「あら、まぁ……今夜は頑張ってね?」などと小声で囁かれることもしばしば。実際、夜に飲用すると体が不思議なほど熱を帯び、心なしか落ち着かない気分になるという報告も多く、購入する際は周囲の目に少しばかり注意した方がいいかもしれない。
【冒険者のコメント】
「ドラゴン討伐に挑む前は、必ずこれを飲むことにしてる。飲むときに『おファイトいっぱぁぁぁつ!』って叫ぶのがポイントな。これをやると勇気も倍増するんだぜ?」(ベテラン冒険者・男性)




