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ラストダンジョン最寄りの村の定食屋ですが、魔王様が常連客になりました  作者: 松本雀


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七輪異変アラカルト!~雑貨屋の主人は呪文(専門用語)を唱えた!〜

 七輪から立ち昇る煙だけが私のささやかな救いでした。炭火でこんがりと焼けていく秋刀魚は、もうすぐ食べ頃。こんな絶望的な状況でも、美味しいものは美味しく焼き上がるんですね。世界の摂理は偉大です。うん。


「いやあ、メルヴィちゃんの彼氏がまさかバルゼオン様のコスプレさんだなんて、驚きだなぁ!」


「……だから……違いますって……」


 私の弱々しい否定などまったく耳に入らず、雑貨屋のご主人は満面の笑みでまだバルゼオン様と親睦を深めています。すっかり機嫌を取り戻した魔王様はというと、まるで地元の気のいいお兄さんみたいに楽しそうに雑貨屋さんと談笑しています。


 何ですか、この『ラストダンジョンの魔王、地域に溶け込む』という信じ難い状況は。もうツッコミも追いつきません。


 そんなふたりをぼんやり眺めていると、雑貨屋さんの視線が私のすぐ横で立ち尽くしているジルヴァラク様へと移りました。


「あれ? そう言えば、そちらのお兄さんも何かのコスプレかな? 銀髪がきれいだけど……その、何だっけ、最近流行ってる『聖剣乱舞』とか『ウマ騎士ブレイブダービー』みたいなやつ?」


「う、ウマ騎士ブレイブダービー……?」


 ジルヴァラク様が眉根を寄せて困惑しています。私も一瞬だけご主人の趣味かと困惑しましたが、まあこの際そんなことはどうでもいいのです。


 ご主人はじろじろとジルヴァラク様を観察していましたが、ふと何かに気づき「あっ!」と驚きの声をあげました。


「そ、そのバッジ……!」


 ご主人の指先が震えています。その指が差したのは、ジルヴァラク様の胸元に輝く、美しい銀のバッジでした。


「これがどうかしたのか?」


 ジルヴァラク様が戸惑ったように首を傾げます。雑貨屋のご主人はまるで初めて大スターに遭遇したように、目をきらきら輝かせました。


「メルヴィちゃん! こ、この人、本物の勇者様じゃん!!」


「あ……はぁ、まあそうですね……」


 厳密には、今は魔王になってしまった元勇者様なんですけどね。そんなこと、今この状況で言えるわけがありません。


「いやいや、これはすごいことだよ!? その勇者バッジ、ただのバッジじゃないんだよ!?」


「……そうなんですか?」


 私がぼんやり聞き返すと、ご主人は熱く語り出しました。


「いいかいメルヴィちゃん? 勇者バッジにはランクがあってね――」


「は、はい、それは知ってますけど……」


 ご主人は私の返事も聞かずに一気に説明を続けます。


「まず一番下がブロンズランクの『初志のノービス・クレスト』って言って、鉄剣と木の葉がモチーフの、見習い勇者用だよ!」


「そ、そうですか」


「で、もうふたつ上がるとシルバーランクの『光風のルミナ・シグナ』。銀翼が風車みたいに付いていて、討伐隊の副隊長レベルの勇者が持つバッジだよね!」


「ああ、はいはい、そうですねぇ」


 ご主人、完全に『勇者バッジ講座』を始めちゃったんですけど!?


「でもね、この星剣のエトワリス・グラディウスはそんな普通のバッジとは格が違うんだよ! 世界を救った、本物中の本物の勇者しか持てない特別なバッジなんだ!」


「……そうなんですか?」


 ご主人の熱弁に、ジルヴァラク様は戸惑ったように目を丸くして、バッジをじっと見つめました。


「これ、そんなに凄いバッジだったのか……?」


 いや、あなたが一番分かっててくださいよ。持ち主じゃないですか!


「凄いなんてもんじゃないよ!? このバッジ、『真の勇者の戴冠章』とも呼ばれてて、星鉄に聖光結晶、龍脈の砂が使われた伝説的なものなんだよ!? 国家間もギルドも自由に通れる特権があって、魔王と対等な外交権まで与えられる超・超・超名誉なバッジなんだ! 一目見るだけでも、僕らみたいな凡人には一生自慢できるんだからね!」


 ご主人は完全に舞い上がっています。私はと言えば、もはや何を言っても無駄だと悟り、ただ黙ってご主人の熱狂を見守るしかありません。


「メルヴィちゃん、そんなすごい勇者様とお知り合いなんて、一体どうしたの!?」


「ああ……ええと、その……ちょっとした縁で……」


 ジルヴァラク様は気まずそうに目を泳がせていました。ご主人の興奮はもう止まらず、ぐいぐいと近づきます。


「あの、勇者様! 握手、握手してもらっていいですか!? 家族に自慢したいんですよ!!!」


「あ……ええっと……」


 困惑するジルヴァラク様を見て、私はつい苦笑しました。


「あの、ご主人、勇者様はその……人見知りするタイプなので……」


「何言ってるんだよメルヴィちゃん! 世界を救った勇者様が人見知りなんてするわけないでしょ!」


 ご主人、まったく聞き入れてくれませんでしたぁぁぁ!


 すると魔王様が、感心したようにジルヴァラク様の肩をぽんぽん叩きます。


「ふむ……貴殿は実に偉大な勇者だったのだな。少々見直したぞ」


「いや、オレ様なんてバルゼオン殿に褒められるレベルでは……そんな……」


 ジルヴァラク様は妙に恥ずかしげに呟きました。

 英雄級の元勇者が、魔王に褒められて照れるとか、どういうシチュエーションなんですかこれは!?


「 ……っていうか、勇者様がいるってことは、もしかしてすごい事件でも起きてるのかい!?」


 ご主人は目を輝かせ、辺りを興味津々に見回し始めました。完全に冒険小説でも読んでいるかのようなノリです。


「あ、いや、その……実はですね、今はその……」


「今は?」


「その、えっと……」


 魔王料理勝負に来てます、などとは口が裂けても言えません。


「ま、まぁ、ただ秋刀魚を食べに来ただけですよ! 勇者様だって秋刀魚くらい食べますから!!!」


「勇者様が秋刀魚……渋いねぇ!」


 ご主人は妙なところに感心し、ジルヴァラク様の背中をばしばし叩いています。ジルヴァラク様は相変わらず戸惑った顔のまま、ぽつりと呟きました。


「……どう対応したら良いか、よく分からん」


 私も全く分かりません。でもお願いですから、深く考えるのはやめてください。私の精神がもう持ちません。


「ああ、今日は最高の日だよ! バルゼオン様のコスプレさんに本物の伝説の勇者様まで揃ってるなんて! メルヴィちゃんの店、すごすぎるよ!」


「そうですかねぇ……ははは……」


 私はもう乾いた笑いしか出ませんでした。七輪の炭火は、静かに私の心を慰めるようにパチパチと音を立てています。


 お願いです。秋刀魚よ、早く焼けてください。

 私にこの状況を乗り切る元気をください──。


 こうして私は、伝説の元勇者(魔王)と本物の魔王と、呑気すぎる雑貨屋さんに挟まれながら、ひたすら秋刀魚が焼き上がるのを待ち続けることしかできないのでした。

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