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定食屋VS魔王様!~イカフライ定食の誘惑~

西日の差し込む定食屋の店内は、ゆったりと黄金色に染まっています。いつもは穏やかで、どちらかといえば心安らぐはずのこの時間帯も、今日はまるで高難易度ダンジョンに踏み込んでしまったかのような緊張感に満ちていました。


どうしよう……。定食屋の定番料理で戦おうとしていたなんて、どうかしていました。


つい先ほどジルヴァラク様が披露した『クラーケンの香草バター揚げ~溶け果実ソースがけ~』などという豪華料理を見せつけられた私の心は、すでに半分以上挫けていました。


自慢じゃありませんが、私のレシピ帳にそんな凄い料理は載っていません。どこをめくっても『豚の生姜焼き』とか『鯖の味噌煮』とか『きんぴらごぼう』しか出てきませんからね!?


さっきまで他人事みたいに余裕をぶっこいていましたが、庶民派定食屋が海の王者クラーケンと正面衝突して勝てる可能性なんて、どれだけ希望的観測を積み上げても見えてきません。


私が緊張のあまり目を白黒させていると、審査員席に座っていたバルゼオン様がゆったりと立ち上がり、こちらへと歩み寄ってきました。


その風格たるや、無駄に格好いいです。


「……メルヴィよ、勝ち筋は見えたであろう?」


えっ?


この状況で勝ち筋なんてあるわけないです。

むしろ、今の私は真っ暗な迷宮を彷徨っているレベルなんですけど!?


「あの……魔王様。その、正直に申し上げて、勝ち筋なんてまだ全然……」


私が動揺を隠さずにそう答えると、バルゼオン様はなぜか満足そうな顔をして大きく頷きました。


「ふむ、だろうな。ならば我が教えてやろう。よく聞くが良い」


ひょっとしてこれは『魔王直伝! 必勝料理術!!』みたいな展開なんでしょうか。もしかしたら、奇跡的に役に立つことを言ってくれるかもしれません。


私の期待値が一気に跳ね上がったその瞬間、魔王様は実に重々しくこう言いました。


「タコは八本、イカは十本……」


「それ絶対に勝ち筋じゃないですよね!!!」


なんですかその突然始まった『魔王の豆知識コーナー』みたいなノリは!?


「メルヴィ、よく考えてみるが良い。戦闘では手数が多い方が強い。これは自然の摂理である」


「料理勝負に関係あります!?」


急な海鮮豆知識に私が困惑している最中、バルゼオン様はさらなる真理を告げるように静かに囁きました。


「よいな……自然の摂理に則り、次はイカを……イカを揚げて定食にするのだ……」


「完全に自分の食事をする気満々じゃないですか!!」


自然の摂理とか大層な言葉を使ってますけど、自分がイカフライ定食を食べたいだけですよね。審査員として失格じゃないですか!


仕方がないのでバルゼオン様を放置して、自分の料理準備に戻ろうとしたその瞬間――


「まさか、すでに別の料理を考えていたのか?」


「勿論ちゃんと考えてきましたよ」


当たり前のように答えると、バルゼオン様は慌てて私を引き止めました。


「待つがよいメルヴィよ……我の口は、今『イカフライ定食』仕様なのだ。サクサク衣のイカフライに、艶やかに輝く白米、そこに小鉢と味噌汁が揃わねば、我の空腹は永遠に満たされぬ。もはや我の心は、イカフライ定食に支配されているのだ……」


「魔王がイカフライ定食に支配されてどうするんですか! 抵抗してくださいよ!!!」


ラストダンジョンの魔王様って、もっと強くて怖くて威厳があるイメージだったんですけれど、こんな食生活で魔王業が務まるんでしょうか……。他人事ながら心配になって来ました。


「まさか、定食屋で定食が食べられないというのか……? これはもはや世界の終わりであるぞ……」


そんなことで世界終わらせないでくださいよ。

さっきからスケールが壮大すぎるんです!!


大体、定食がないくらいで世界が終わるなんて、どれだけ定食中心に世界が回ってるんですか!?


――けれど、あまりに落ち込んでいるバルゼオン様が気の毒に思えてきたので、私は仕方なく声をかけました。


「あの……今度ちゃんとイカフライ定食作りますから、今日は我慢してくださいね?」


するとバルゼオン様は、「ふむ……」と、まるで勇者を見逃したかのような渋い表情を作って小さく頷きました。


「……ならば、良し」


「なんで上から目線なんですか!?」


何ですかその、『特別に勇者の命を助けてやった』みたいな雰囲気は!

私は単に『次回イカフライ定食を作ります』って言っただけですからね。いつ勇者的な立場になったんですか!!!


何だか一気に脱力してしまいました。

これから料理勝負だというのに、勝負が始まる前からこの消耗具合は何なんでしょう。


私の緊張感、返して欲しいんですけど。


「……魔王様。お願いですから、ちょっとだけ真面目に料理勝負のことを考えてくれませんか……?」


私の悲痛な呟きをよそに、魔王様は満足げに自分の席に戻っていきました。西日が差し込む店内で、私はぐったりと肩を落とします。


料理勝負って、こんなに精神的に疲れるものなんですね……。


――こんな調子で、本当に勝負に勝てるんでしょうか、私……?

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