定食屋VS元勇者魔王!~クラーケン揚げと白米の乱~
ジルヴァラク様のクラーケン料理の評価が終わり、店内にはなんとも言えない緊張感が漂っていました。胸を高鳴らせながら、私はエプロンの紐を締め直します。
――よし、次は私の番ですね。頑張らなきゃ!
そう思ったまさにその時、背後から実に堂々とした咳払いが聞こえてきました。
「……さて、いよいよ我の出番か……」
はい?
なんだかすごく嫌な予感がするんですが。
振り返るとそこには案の定、『見届け役』だったはずのバルゼオン様が、審査員席に座ろうとしているではありませんか!
「ちょ、ちょっと待ってください! 魔王様、今日はあくまで『見届け役』ですよ? 審査員席ではなくて、あちらでゆっくり召し上がってくださいね!?」
私の説得をまったく気にも留めず、バルゼオン様は堂々と真顔で言い放ちました。
「メルヴィよ、我を忘れては困るぞ。審査員にこれほどふさわしい魔王は他に居まい」
「その自信どこから出てくるんですか!? 」
審査員に必要なのは『公平な評価力』ですよ。
バルゼオン様、全力で私に忖度するでしょう!
「いやいやいや、魔王様! 本当に大丈夫ですから!! 今日は気楽に見届けるだけのお仕事なので……、ね?」
有利どころか下手すれば反則負けですよ、これ!
勝負に勝つどころか試合開始前に失格になります、勘弁してください!!
私は必死の説得を試みましたが、バルゼオン様は途端に目を丸くして、まるで予想もしなかった言葉を聞かされたようにしゅんとしてしまいました。
「なんと……メルヴィよ、我を仲間外れにするのか……?」
その切ない表情といったら、まるで捨てられた子犬みたいです。
魔王なのに、なんて卑怯な手を使うんですかこの方は!?
「い、いえ、そういう訳じゃなくてですね……!」
私が激しく動揺していると、それまで状況を掴めずにいたジルヴァラク様が、なぜか少し慌てた様子で口を開きました。
「あ……いや、メルヴィ殿。バルゼオン殿がそこまで望むなら、ぜひオレ様の料理を召し上がって頂き評価をお願いしたい!」
ジルヴァラク様、慌ててフォローしなくても大丈夫ですから!
これ、結果的に乱入を正式に認める流れになっちゃってますよ!?
するとバルゼオン様は、まるで迷子の子犬が飼い主を見つけたかのようにぱっと顔を輝かせました。
「ふむ! さすがはジルヴァラク。我の気持ちを理解してくれているのだな」
バルゼオン様は、実に嬉しそうに審査員席へ腰を下ろしました。
「ではさっそく料理を味わわせてもらおう」
自信満々でクラーケン揚げを口に運び始めるバルゼオン様を前に、私はがくりと肩を落としました。
――ああ、どうしようもない未来が見えますよ。
本当にどうしましょうこれ……。
ジルヴァラク様の料理『クラーケンの香草バター揚げ~溶け果実のソース』を手にしたバルゼオン様は、ゆっくりと料理をひと口頬張りました。全員の視線が集中し、私も思わず息を呑みます。
バルゼオン様はじっくり咀嚼し、うんうんと深く頷きました。
「なるほど、これは実に見事な味だ。クラーケンの肉は驚くほど柔らかく、食感も弾力があって素晴らしい。豊かな海の香りと果実の爽やかな酸味も絶妙に調和している」
おお、いつものまともな食レポ!
私は内心ほっとして胸を撫で下ろしました。
「衣の香ばしさとバターのコクが、実に奥深い味わい……まさに料理名の通り、口に入れた瞬間クラーケンが勢いよくバターを投げ始め――」
ちょっと待ってください!
今、なんて言いました!?
私は思わずバルゼオン様の横に駆け寄り、慌てて小声で訂正しました。
「違いますよ魔王様! 『クラーケンの香草バター揚げ』です! クラーケンはバターを投げません!!!」
「うむ、その通り。口の中で、クラーケンが高速でバターを投げている……」
そんな生物、口に入れるの絶対嫌ですよ!!!
何でよりパワーアップした表現になってるんですか!?
私が激しく内心でツッコミを繰り広げる間に、バルゼオン様は料理をきれいに完食してしまいました。そして、空になった皿を見つめ、深刻そうにひとつ頷きました。
「この料理には、一つだけ大きな欠点があるな……」
店内の空気がピンと張り詰めます。
みんなが固唾を飲んで見守る中、バルゼオン様は深刻そうにため息をつきました。
「これは……美味いが、残念ながら白米に合わない」
――えっ?
そこが最大の欠点???
全員が数秒沈黙しました。
いつからこの審査、ご飯のお供決定戦になったんですか!
クラーケンだって、そんな『おかず偏差値』で採点されるなんて絶対想定外ですよ!?
普通に料理勝負するつもりだったのに、なんで白米基準で減点されなきゃいけないんですか!
私は内心で呆れつつ、しかしどこか納得もしてしまう自分に複雑な感情を抱きながら、小さくため息を漏らすのでした。




