定食屋VS元勇者魔王! 〜伝説の剣で揚げ物すな
「ではメルヴィ殿、料理勝負の先攻と後攻、どちらを選ぶ?」
ジルヴァラク様が威厳ある眼差しでこちらを見据えています。私は軽く考えたふりをしつつも、内心は即決でした。
「……後攻でお願いします」
もちろんですとも。魔王で元勇者なんて、相手の出方を見ずに挑めるわけがありませんからね。勝負には『後出しジャンケン』という言葉もあるくらいですし!
「よかろう! では、オレ様の腕前から見せてやろう」
そう言って堂々と厨房へ入るジルヴァラク様。
その動きは本当に鮮やかでした。ハーブを刻み、バターを溶かし、芳醇な香りが厨房いっぱいに広がります。調理の下準備、包丁さばき、ソースを仕上げる手際。
全てにおいて一流の料理人級です。あまりに見事すぎて、思わず感嘆の声が漏れてしまいました。
「本当にすごい……勇者様って、なんでもできちゃうんですねぇ」
私が呟くと、ジルヴァラク様はどこか寂しげな表情を浮かべました。
「……まあな! 勇者時代は、仲間からすべてを任されていたしな。戦闘・回復・マッピング・罠解除・食材調達・調理・野営の準備・洗濯・武器の手入れ・道具の補充・馬の世話・資金管理・依頼交渉。さらには仲間の人生相談や痴話喧嘩の仲裁まで、ぜんぶオレ様一人でやっていた」
「仕事量おかしくないですか!?」
聞いてるだけで倒れそうなほど多忙なんですけど!
もしかして魔王になった原因ってそれですか。職場環境が過酷すぎたせい?
なんだか急にジルヴァラク様が不憫に思えてきました。
私が『職業:勇者』のブラックさに絶望しかけたその時です。ジルヴァラク様は、腰につけた不思議な革袋に手を差し入れました。
「いざ、オレ様の万能収納袋より出でよ! 大海魔獣クラーケンの大脚!!」
ドォォォォン!
キッチンに、とんでもなく巨大な『生物』が横たわりました。
「いやぁぁぁぁ!! 生きてます、生きてますこれぇぇぇ!!」
目の前でタコの大脚がびちびちと激しく跳ねています。獲れたてピチピチどころの騒ぎではありません。これ、厨房で使う食材じゃないでしょう!!
「どうだ、新鮮なクラーケンの脚だろう? 今朝ほど海で商船を襲っていたのを討伐してきたばかりだ」
「新鮮とか以前に、討伐したやつそのまま持ってこないでくださいよ!!!」
私が厨房の端まで必死に逃げ込む中、ジルヴァラク様は涼しい顔で一本の剣を抜きました。
「よし、再度この剣を抜くとするか。極光剣ライトブリンガー……オレ様が、勇者時代に最も信頼した光輝の聖剣」
「いや、それ普通に武器ですよね? なんで迷いなく調理に使おうとしてるんですか!!」
ジルヴァラク様は構えを取り、剣を高らかに掲げます。
「輝け聖剣! オレ様流・超必殺!! 暁光断罪!!!」
すぱぁぁぁぁぁん!!
完璧な剣筋で美しく切り揃えられたクラーケンの脚が、ふわりとバター揚げの鍋へと落ちていきました。
本当に素晴らしいんですけど、用途が根本から間違ってません? それ完全に戦闘用の剣技ですよね!?
「クラーケンも倒せて料理も出来る剣とか、勇者時代に一体どんな使われ方をしていたんですか……?」
「ああ、この剣は万能だからな。勇者時代は料理にも掃除にも大活躍で──」
また不憫な話が出てきました……。
この元勇者様、剣一本でどれだけ働かされてたんですか!? もう同情で胸がいっぱいです!!!
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、バルゼオン様が突如真顔で立ち上がりました。
「メルヴィよ、伝説の剣なら我も何本か持っているが……いるか?」
「なんで持ってるんですか! そしてなぜ今私に勧めるんです!?」
「振るうたび色彩を奪い、周囲の生命を密かに灰へと変える力を持つ『灰燼剣グレイヴ・ノクス』、斬った相手の時間を奪い取り、自らの寿命に加える『刻奪剣クロノヴェスパー』、さらに魂を斬り裂き、記憶だけを永遠に彷徨わせる『忘魂剣ロスト・オブリヴィオン』……どれでも好きなものを貸そう」
「丁重にお断りします!! 定食屋にそんな世界規模の闇を持ち込まないでください!!」
魔王様はやけに得意気に、まるでお土産でも持ってきたように仰々しい剣を三本も並べました。
そんな私たちのやり取りを完全に無視して、ジルヴァラク様は見事な手さばきで揚げたてのクラーケンを盛り付けています。とっても美味しそうなのが、なんだか悔しい。
バルゼオン様が無邪気にテーブルに並べた剣(すべて破滅系)を見つめつつ、ふと私は大事なことを思い出しました。
「そういえば、審査員はバルゼオン様が?」
私が恐る恐る聞くと、ジルヴァラク様は首を横に振りました。
「いや、審査員は他の二名の魔王殿だ。バルゼオン殿はただの見届け役だが?」
え、じゃあさっきから熱心にフォークとナイフを構えて目をキラキラさせているあの魔王は何ですか!?
見届け役が完全に食べる気満々になってるんですけど!?
「バルゼオン様、食べる気ですよね?」
「いや、食べる気はない。ただ味見を少々……」
「それを世間では『食べる気満々』って言うんですよ!!!」
私はカウンター越しに満面の笑みでナイフを磨くバルゼオン様を眺めつつ、静かに頭を抱えました。
この料理勝負、どう考えても無事に終われる気がしません。
せめて、私が普通に料理できるように、伝説の剣だけは早めに片付けてもらえませんかね!
◆
とある冒険者料理人の食材ノート
《大海魔獣クラーケンの大脚》
【レアリティ】★★★★☆
伝説的な海の魔物クラーケンの触手部分を切り出した貴重な肉塊。繊維が細かく非常に柔らかいが、強力な魔力を帯びているため普通の包丁では上手く切れない。専用の道具と技術が必要。料理に成功すると、一定時間の攻撃速度アップやスタミナ消費減少など特殊な効果を得られる。
勇敢なる勇者や冒険者が命懸けで仕留める凶悪な海魔獣だが、それ以上に最初にこれを口に運ぼうと考えた人物の勇気は称賛されるべきだろう。
《冒険者メモ》:「そもそも最初にクラーケンを食べたやつって何考えてたんだ!?」
《蒼い海の恵脚》
【レアリティ】★★☆☆☆
比較的浅瀬に棲む小型クラーケンから採れる食材。初心者にも扱いやすく市場で流通していることも多い。噛み応えのある食感とマイルドな旨味で、サラダや串焼きなど幅広い料理に適する。調理した料理は体力回復効果に加え、一時的な耐寒・耐水属性強化などの効果をもたらす。
高級食材に憧れる新人冒険者たちは、宿屋や酒場でこれを注文し、「伝説のクラーケンを食べた」という小さな自慢を楽しんでいるようだ。
《冒険者メモ》:「冒険者の自慢の第一歩は、だいたいこの脚から始まる」




